トリス先生の日常5
半年の期限が来た。
明日に最終試験がある。
アイリスが私の額にキスしたのをロザリーに目撃されてしまった。
ロザリーはなにか大変な誤解をしているようだったが、説明しようとすれば、アイリスとの出会いから説明しないとといけない。
見たことを言いふらしはしないと思うが、万が一、漏れてしまうと困る。
私は噂が広まっても、この村を出て行けばすむが、ハンスとアイリスに迷惑をかけることだけは避けないといけない。結局口止めだけをして、詳しい説明は一切しなかった。
明日出す料理には、無難なものしか出さないが、料理の良し悪しを決定するのは、ロザリー一人だ。
公正を期するために、他の人にも審査員を頼もうかと思ったが・・・。
緊張のあまり、ひどいもの作って、審査員の皆様を腹痛にするわけにはいかない。
あんなことがなければ、アイリスに頼んでも良かったんだが・・・。
ロザリーはあれ以来何も言ってこないから、私のことを諦めてくれているかどうかもわからない。
――あなたは他の扉があることも知っている――
他の扉は、バラの庭園に、呪いの狼に、エリエールに繋がっているかもしれない。
――あなたの幸福を祈っているわ――
これ以上はないくらい、幸せだ。
子どもたちに勉強を教えて、好きな薬作りを好きなだけできて・・・これ以上は必要ない。
――今のままがいい。
「なんにしても、明日だな」
☆
今日は、料理にどれだけ、時間をかけてもいいように午後の授業は休講にしている。
玉ねぎとニンジンのコンソメスープ、ジャガイモとブロッコリーのサラダ、そして焼き魚。
ほかに、もう一品ぐらい追加したかったが、間違いなく作れるのがこれくらいだったのだ。
手抜きと言わないで欲しい。玉ねぎはぽろぽろ涙出るのも我慢したし、ジャガイモはちゃんと皮を剥いて、小さな芽も丁寧に取った。ブロッコリーもちゃんと茹でてある。焼き魚も料理を習い始めの頃は、生焼けか焦がしすぎになっていたが、今日は綺麗な焦げ目になっている。魚の横には香草を添えている。
ロザリーが一つ一つ食べていくのを緊張しながら見つめ、自分の分を食べ始める。
塩加減などの好みがあるが、味はそんなにずれた味にはなっていないはずだ。
食事は静かなほうがいいが、今日の張り詰めたような静かさは、できれば二度と味わいたくない。
スプーンを置いた彼女が、スープ皿を見つめながら言う。
「少し、量が少ないけれど、料理を始めた頃より、数百倍マシ」
彼女は顔を上げるとにっこり微笑んで、
「よくがんばったわね。合格よ」
と言った。
「やった!」
おいしくても、『まずい』と嘘をつくこともできたはずなのに、私の料理をちゃんと見てくれて、素直に褒めてくれたことが嬉しかった。