トリス先生の日常4
私が、ロザリーの告白を聞いてから、4ヵ月後――
彼女はまだ、私の所に変わらず通っていてくれる。――毎日。
もう一人いた料理当番の女の子は先日めでたく結婚し、後任は去年、私が受け持った生徒の中から希望者を募っているという。
一番年上がロザリーの妹さんで、もうすぐで13になる。
一年料理を習ってて、13歳の女の子に負けてしまうなんて。
「今日で18が終わってしまう・・・」
ロザリーが包丁を握りながら、ため息をつく。
「明日、誕生日?おめでとう」
私はロザリーの料理の手伝いをしながら、祝福の言葉を彼女に贈る。
「ぜんぜんおめでたくない。19になった途端、両親は早く結婚しなさいっていうに決まっている」
「いい相手が見つかることを願っているよ」
4ヶ月前の告白以来、ロザリーはその話を蒸し返すことはなかった。
もしかしたら、もう良い人を見つけているのかもしれない。
「あんたねぇ」
「妙齢の女性が他人を『あんた』呼ばわりしたら駄目だよ」
「あんたがまともな料理を作るところを見るまで、私は結婚できません!」
また、その話か。
もう一人の子が結婚した時、一度「もう来なくていいよ」と言ったのだが、「先生のまともな料理を見るまでは」って言って通い続けている。
その頃から、料理の指導時間も5分から15分に変わった。
「えー。ちょっとはましに――」
料理の実演を見ているうちに、見よう見まねでジャガを剥けるようになったじゃないか。
包丁の使い方も覚えてきている。
「みじん切りができるようになったことは、褒めてもいいわ」
ため息をつきつつも、ちゃんと褒めてくれる。いい娘だ。
「ありがとう」
みじん切り、どうしても端っこの部分が切りにくいんだよな。
「でもね。みじん切りした材料を“全部”擂粉木とすり鉢ですり潰して、鍋に投下したら駄目でしょうが!」
どうやら、薬を作る感覚で、全部混ぜてしまったのが気に食わなかったらしい。
「私も年だし、いつまでも先生の相手をしていられないわ。半年待ちましょう」
そうだな。こんなところでいつまでも料理指導を続けているわけにはいかないだろう。
が、半年?
「私と結婚したくなかったら、半年以内に料理をきっちり覚えるのよ」
なんで、そんな話になる?大体、私に告白するの諦めたんじゃないのか?
「それ、なんの脅し?いくら私でも選ぶ権利ぐらいある」
「・・・誰も選ばないくせに」と言う声が耳に届いたが聞こえなかったことにする。
ロザリーは私の前に手のひらを突き出して言う。
「それだったら、あんまりにも先生に不利だから、紙ちょうだい」
「かみ?」
髪って、なんかの呪いか?呪いは駄目だよ呪いは。
「先生、前に料理のレシピ本がないって嘆いていたでしょ?」
「それなら、君が料理する時に隣でメモ取っているけれど」
「先生、メモ取っている間、私の手元見るのおろそかになっているでしょう?」
そういえば、その場でメモを取るのに必死で、気づいたら彼女は別の作業をしていた、なんてことがあった。
「一応レシピは一人分で書くけれど、二人分を作ってください」
「何で、二人分?」
「一人分だと、細かいサジ加減で、味ががらりと変わってしまうのと、あと、私が味見するため」
「食べるの?」
自分で言うのもなんだが、あまりおいしいものを作ったためしがない。
とても、他人様に食べさせるようなものではないと思うけれど。
「先生に味の評価任せていたら、『まっ、これでいいか』になっちゃうでしょ。さすがに私だって、死ぬほどまずい料理を食べたくないから、横でしっかり監視するけれど」
死ぬほどはまずくはないと思うんだけれどなぁ。
というか、そんな話には同意できない。
「ちなみに、この条件を呑まないと毎日先生に求婚するわよ」
たまには、誰かとおしゃべりしながら食事を摂るのもいいが、私は、基本、食事は静かに食べたい方だ。(そうなった原因は前に食事当番をしてくれていた女の子二人にあると思う)
ご飯食べている横で、求婚の言葉を延々しゃべられ続けるのは苦痛だ。
「じゃあ、この条件を呑んだら、告白や求婚の話は一切なしだからな」
半年の間に彼女を好いてくれる男性が現れることを祈りながら、私はその条件を呑んだ。
明るくて面倒見のいい娘だから、村の男性が誰も声をかけてないとは思えないんだけれどなぁ。
「いいわよ。先生真面目なんだから、必死さが加わればちゃんと料理できるようになるわよ。ぷくくくっ」
私が盛大に顔をしかめているのが、よっぽど面白かったのだろう。ロザリーは口を片手で隠しながら笑う。
「15分じゃあ、絶対追いつかないから30分にしましょう」
「さすがに昼食休憩30分削るのは・・・」
今まで、調理の練習時間が徐々に増えても、昼食時間を延ばさなかった。
「午後の授業の時間30分遅らせたら大丈夫でしょう」
まあ、そうするしかないか。今日の午後の授業で、生徒に伝えれば、今日か明日の午前中には村の他の子ども達にも伝わるだろうし。
私は頷き、
「条件一つ追加してもいいか?」
「何でも聞いてあげるわよ」
勝利を勝ち取った笑みを浮かべるロザリーに私は爆弾を投げる。
「明日、ロザリーの誕生日会をやろう。ここで、子どもたちも一緒に」
豪華な食べ物は出せないが、確かロザリーはお菓子作りも得意だったはず。
旗色が悪くなった彼女は一瞬、息を呑み、すぐ反論の言葉を見つける。
「そんな急に集まるわけないでしょう」
「心配しなくても村の子どもたちには今日中に伝わるよ」
「絶対嫌!どうせ、『ロザリーおばちゃん誕生日おめでとう』って言われるのが関の山よ」
「私も手伝うからさ」
そう言って、私はロザリーに無理やり誕生日会を了承させた。
翌日行われた誕生日会は、私の作った料理だけ見事に売れ残った。