ロザリーの日常4
「先生とはどう?」
母親が唐突に聞いてきた。
村中で、私がトリス先生と付き合っていると噂になっているからだろう。
まあ、毎日、料理作りに通っていたら、そう見られても仕方がない。
「あんたも、もういい年なんだし、望みがないなら、いい男性紹介するけれど?」
母が、急にこんなことを言い出したのは、私がもう少しで19歳になるからだろう。
噂を聞いて、娘も結婚間近だと安心していただろうに、私が母や友人に話すのは、トリス先生の料理の失敗談で、いつまでも進展報告がなければ、そりゃ気になるわ。
「先生とはなんでもないわよ」
ここで、私が照れたら、母も安心するんだろうが、残念ながら、手を握ったこともない。
現実は料理を作っているだけで、出会った頃から、何の進展もない。
「じゃあ、隣の村の人との話を進めていいわね?」
ちょっと、待て。
「好きな人は……いる」
「まあ。それなら、そうと早く言ってくれればいいのに。トリス先生のところに毎日通っているから、母さんトリス先生とお付き合いしているのかと思っちゃった。先生が料理できないからって、いつまでも先生の世話を焼いていたら、彼氏に浮気されちゃうわよ。変な噂が立ったら、先生にも迷惑でしょ」
好きな人はいるって言ったけれど、彼氏がいるとは一言も言っていない。
先生、顔は整っているけれど、鍬を持ったことなさそうな細い腕だから、今現在競争率は高くない。
私が、毎日通っているから、他の女子が遠慮してるのかもしれないが……。
「彼氏じゃない」
「私の娘なんだから、押してみたら案外いけるかもよ」
「前に、知り合いが押しまくったら、その人にウザがられてた」
何回も告白なんかしたら、『友達』から『知り合い』に降格してしまう。
「料理を作ってあげるとか」
「試した。おいしいって」
今も毎日試している。
「『毎日、料理作らせてください』って言ったら、いいじゃない」
「自分もこれくらいできるようになれば、君に頼らなくて済むねって言われた」
今のままじゃ、百年経っても無理そうだけれど。
「病気の時にかいがいしく看病するとか」
「した。振られた後に」
トリス先生は看病した翌々日にはすっかり元気になっていた。
笑顔で「ありがとう」って言われたのは嬉しいけれど、その後は悔しいぐらいいつもどおりの対応だった。
母はため息混じりに言う。
「やっぱり、トリス先生だったのね」
ああ、ばれた。4ヶ月ほど前に、一度、帰りが遅れたことがあった。その時の理由が先生が倒れたからだと言うことも、母は知っている。
「じゃあ、こうしましょ。今回はお見合いしないで、半年がんばって、なんの進展もなかったら、ちゃんとお見合いをする。いいわね?」
「……はい」
☆
もう一度、告白しようとこの数日考えていたが、前に告白した時の様子を思い出すと二の足を踏む。
今日の先生の様子を見ても、顔の血色はまずまず。いきなり倒れることはないだろう。
今日中に言ってしまわないとなぁ……。
「今日で十八が終わってしまう」
私は、包丁を握り締めながら、ため息を漏らす。
「明日、誕生日?おめでとう」
先生は、聞き流して欲しい私の独り言をしっかり聞き取り、私にお祝いの言葉をかける。
「ぜんぜんおめでたくない。十九になった途端、両親は早く結婚しなさいっていうに決まっている」
もう、言われ始めているけれど!
先生は人の気も知らないで(いや、知ってて)
「いい相手が見つかることを願っているよ」
なんて言って来る。
「あんたねぇ」
「妙齢の女性が他人を『あんた』呼ばわりしたら駄目だよ」
年齢を気にしている私に『妙齢』と言わないで!
「あんたがまともな料理を作るところを見るまで、私は結婚できません!」
怒りに任せて、うっかり言ってしまった。
「えー。ちょっとはましに――」
なっていないと反論しそうになって、思いとどまる。先生は言っていたじゃないか。
『叱ってばかりだと子どもはへそを曲げてしまう。その子のいいところを見つけてたまには褒めないと』って。
「みじん切りができるようになったことは、褒めてもいいわ」
うちの妹だって、野菜の端を綺麗に切るの、苦労していたじゃないか。
「ありがとう」
先生が短く礼を返す。
でも、先生の料理を見ているとどうしても、一言言いたくなる。
「でもね。みじん切りした材料を“全部”擂粉木とすり鉢ですり潰して、鍋に投下したら駄目でしょうが!」
先生は、反論したそうな目をしている。どうせお腹の中に入れば全部同じだと思っているんでしょうよ。
母が言っていた半年の期限が頭をちらつく。
「私も年だし、いつまでも先生の相手をしていられないわ。半年待ちましょう」
半年以内に、先生の料理の腕を本当に何とかしないといけない。
先生が目をぱちくりさせる。
「私と結婚したくなかったら、半年以内に料理をきっちり覚えるのよ」
自分でも横暴と思うが、危機感を持たせないと先生はいつまで経っても料理を覚えられそうにない。
先生が私を好きになってくれようが、くれまいが、私がここへ食事当番として通える期限は半年と決まっている。
「それ、なんの脅し?いくら私でも選ぶ権利ぐらいある」
「・・・誰も選ばないくせに」
先生の言葉に私は思わず呟くが、先生には聞こえなかったようだ。
私はため息を尽きたいのを抑えて、笑顔で手を差し出す。
「それだったら、あんまりにも先生に不利だから、紙ちょうだい」
「かみ?」
「先生、前に料理のレシピ本がないって嘆いていたでしょ?」
「それなら、君が料理する時に隣でメモ取っているけれど」
それは知っている。先生はできる努力は惜しまない人だ。が――
「先生、メモ取っている間、私の手元見るのおろそかになっているでしょう?一応レシピは一人分で書くけれど、二人分を作ってください」
「何で、二人分?」
「一人分だと、細かいサジ加減で、味ががらりと変わってしまうのと、あと、私が味見するため」
私が家で家族五人分(父・母・私・妹二人)の料理を作る時より、先生に作っている時のほうが味に気を使う。ちょっと調味料の量を間違えるとすぐに味に出てしまうからだ。
「食べるの?」
「先生に味の評価任せていたら、『まっ、これでいいか』になっちゃうでしょ。さすがに私だって、死ぬほどまずい料理を食べたくないから、横でしっかり監視するけれど」
先生は不服そうだ。
「ちなみに、この条件を呑まないと毎日先生に求婚するわよ」
勢いで出た言葉とはいえ、泣きたくなった。
それは、つまり今後半年間――
「じゃあ、この条件を呑んだら、告白や求婚の話は一切なしだからな」
自分から、告白する機会を手放すことになるからだ。
でも、自分から提案したんだ。泣いてなんかいられない。何が何でも、条件呑ませないと。
「いいわよ。先生真面目なんだから、必死さが加わればちゃんと料理できるようになるわよ。ぷくくくっ」
だが、先生が作るとなれば、たとえ毎日一品ずつでも、時間がかかってしまう。
「15分じゃあ、絶対追いつかないから30分にしましょう」
「さすがに昼食休憩30分削るのは……」
そうよねぇ。料理を覚えても、昼ごはんを食べる時間がないと意味がない。
「午後の授業の時間30分遅らせたら大丈夫でしょう」
急に変えたら、子どもたちも戸惑うから、実際に午後の授業時間を変えるのは二、三日後でもいいわよね。
私の言葉に先生は頷いた。
「条件一つ追加してもいいか?」
とりあえず、条件を呑んでくれてよかった。
「何でも聞いてあげるわよ」
私はほっとしながら、先生に頷き返した。
「明日、ロザリーの誕生日会をやろう。ここで、子どもたちも一緒に」
は? ちょっと。この年で、子どもたちに囲まれて、祝われるなんてどんな拷問?
必死に反論を探す。
「そんな急に集まるわけないでしょう」
「心配しなくても村の子どもたちには今日中に伝わるよ」
子どもたちが言いそうな言葉が思い浮かぶ。
「絶対嫌!どうせ、『ロザリーおばちゃん誕生日おめでとう』って言われるのが関の山よ」
「私も手伝うからさ」
その上、パーティーの食事、私が作らないといけないの?
翌日行われた誕生日会は、子どもたちが持ち寄った(親が持たせた)食べ物で、かなり豪華になった。
そして一斉に『ロザリーおばちゃん、おめでとう』と言った子どもたちを私は小突いた。
(もちろん、軽くだけれど)