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死霊王子と花の指輪  作者: くらげ
第四章 トリス先生たちの日常
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ロザリーの日常3

 トリス先生の前で泣いてしまった。


 先生の前で泣きたくなくて我慢したのに、私が泣くのをしっかり確かめてから、先生は寝室に行った。


 しばらく、机に突っ伏して声を殺して泣いていたら、玄関の扉を叩く音が聞こえた。

 扉を開けると男の子が立っていた。

「先生?大丈夫?」


 先生は、扉の開け閉めの音を子どもたちが気にしないように、また子どもたちの敷居を少しでも低くするために、授業中は玄関の扉を開け放ったままにしている。

 この時間に玄関の扉が閉まっているというだけで、先生に何かあったのではないかと子どもでも推測できることだ。


 私は、最初に現れた、ハンスさんの家の男の子に言う。

「先生、“また”倒れちゃったのよ。悪いけれど、他の子たちにも伝えといて」

「え~。また?熱とかはない?」

 しまった。おでこの熱ぐらい測っとくんだった。

「大丈夫よ。先生いろんなお薬持っているから、すぐ元気になるわよ」

 たぶん、睡眠不足と栄養不足のはずだから、薬飲まなくても、しっかり食べて寝れば、大丈夫だと思うけれど、他の病気だったら、どうしよう。


 薬を探しに行こうにも、症状もわからないし、薬を保管している部屋は、危険な薬もあるからって、子どもたちが間違って入らないように常に鍵をかけている。


 そんなことを考えている間に子どもは「先生、早く元気になれよ!」と家の中に向かって言う。

 私は『しー』っと人差し指を立てると、子どもも口を閉じた。


 今日の生徒の人数は三人と聞いていたが、前日に予告して来る子どものほうが少ない。

 子どもたちは、ここに勉強に来ると言うより、暇なときに遊びに来ているのだ。


 紙か石版に事情を書いて、帰ってしまうこともできるが――


「ねえ、君。私、先生の具合を見てから帰らないといけないから、悪いけれど、私の家に寄って帰りが遅くなること伝えてくれる?」

 いつもなら、今頃は、先生の家を出て自分の家に着いているころあいだ。


「わかったよ。でも、ロザリーは大丈夫なのかよ?」

「え?」

 ハンスさんの子どもは眉をきゅっと寄せて、目元を指差す。

「目が赤くなっている」

「え・・・と。玄関開けるなり、先生が倒れていたから、びっくりしたのよ」

「ふーん。じゃ、さようなら」

 しどろもどろの言い訳にハンスさんの子どもは疑わしげな目を向けたが、手を振って帰っていった。

 私も、ハンスさんの子どもの背に手を振り返す。

 本当は別の理由で泣いていたことに気づかれたかもしれない。


 先生が台所に置いたままの食器を洗うと仕事がなくなってしまった。


 様子を見に行きたいけれど、勝手に寝室に入るのもはばかれる。

 扉を開けた途端、目覚めて怒られるんじゃないかと思うと怖い。


 告白しただけで、あんな青い顔をされるとは思っていなかった。

 体調が悪い先生をさっさと寝かしつけずに話し込んでしまった私が悪いんだけれど。


 ☆


 初めて、彼に会ったとき、私は彼の食事の好みを聞くだけで、ろくに話をしなかった。

 私が、彼と初めてまともに話したのは彼の食事当番に割り振られて三回目のことだ。


 先生は次の授業の準備で忙しい時は、お昼を食べないことあるから、一応、ご飯を全部食べきるまで監視するようにと当番の二人から注意を受けている。


 妹から文字を習い始めた私は、『先生が世界のいろいろな話を集めた本を持っている』と妹から聞いていて、腕試しに読んでみようと本棚からそれらしい紐綴ひもとじの本を取り出し開けたが・・・。


 題名すら読めなかった。


「これが犬の『い』でこれがバラの『ば』これがバラの『ら』の部分」

 トリスと名乗るその男は、食事を摂る手を止めて、机の反対側から手を伸ばし文字を一つ一つ指差していく。


「こっちが光の『ひ』で最後が『め』」


「『いばら姫』。どんな話なんですか?」

「ある国に王女様が誕生しました。王様は魔女を祝宴に呼ぼうとしますが、スプーンが一本足りません。そのため、招待状が送られたのは、国に13人いる魔女のうちの12人だけでした。祝宴に招かれた魔女たちは王女様に次々と祝福を与えますが・・・」


 そこで、トリスさんは口を閉じた。


「続きは?」

「先を全部知ったら面白くないだろ?」

 つまりは、続きが知りたければ勉強をしろと。同じ手を使って、子どもたちも集めたんだろう。

 トリスさんの言葉に私は顔をしかめ、紐で綴った本をぺらぺらめくる。

「本当にたくさん物語を知っているんですね」


「昔、知り合いの女の子に絵本で読み聞かせたんだ。そのには、『知ってる』って怒られたな。絵を描けたらもっとわかりやすくなるんだけれど、絵は苦手でね」

 本だけでも珍しいのに、絵がついた本なんてどんなのだろう。


「お昼の時間なら、教えられるから。食事しながらの指導だから、じっくりは教えられないけれど、がんばってみる?」

 ここで、私が文字なんて覚えてられないと言ったら、トリスさんはあっさり答えを――物語の結末を教えてくれるのだろうが・・・。


 私は『先生』に大きく頷いた。


 ☆


 物思いにふけっていた私は先生の叫び声で、我に帰った。

 今、『エリエール』って。女の人の名前?

 私の知り合いに「エリエール」なんて名前の女性はいない。

 村の人じゃない・・・?


 そこで思考が途切れる。先生が再度、悲鳴をあげたからだ。

「やめろ!」


 強盗に、刃物で刺されたような声だ。

 あまりの声のすさまじさに、私は腰を浮かした状態で固まってしまう。


 すぐに扉が開く音がして、先生が手洗いに駆け込む姿が見えた。

 続いて、嘔吐の音。


「悲鳴をあげてたけれど、大丈夫?」

 台所に来た先生に私はやっと声をかける。


「帰ってなかったのか」

 そう、普段ならもうとっくに帰っている時間だ。

 先生の声には怒りや戸惑いとか言う感情はすっぽり抜けていた。

 問いかけでさえなかったかもしれない。本当にただ『言った』だけのように聞こえた。

 いつもなら『先生が倒れたからでしょ!』と怒鳴って反論するが、先生の顔を見ているとそんないつもの掛け合いにも耐えられなさそうだ。


「・・・ちょっと怖い夢を見てね。すまないね。せっかくご飯作ってくれたのに」

 全部、吐いてしまっただろうに、まだ青い顔をしている。


 また、吐いてしまうかもしれないが何か食べさせないと。

「おかゆでいいですか?」


「もうそろそろ日が傾き始めている。勝手に何か作るから」

 そんな気力が今の先生にあるとは思えない。


「そう言って、また何も食べない気でしょ?」

 先生は、返事もせずにのそのそどこかに向かう。寝直すのだろうか?


 とりあえず、倒れたりしないように耳を澄ます。

 消化促進と安眠・・・カモミールかなぁ。ほんの少量だけ、紅茶に混ぜる。


 先生は、薬を取りに行っていたようだ。食卓に戻った時には、袖をめくり腕の傷口に薬を塗りつけていた。

「ここに置いておきますけれど、残してもらってかまいません」

 おかゆと紅茶を出すが、先生はおかゆをじっと睨むと目を逸らし、また薬を塗るのに集中する。

 紅茶のほうはまるっきり目に入っていない様子だ。


「そんなところだったら、薬塗りにくいでしょ」

 改めて、見るとひどい。爪で同じところを引っかいている。皮が笹剥けて血が滲んでいる。


「どんな怖い夢見たらこんなことなるんですか?」

 先生は、青い顔をしたまま答えてくれない。

 主原因は睡眠不足と栄養失調だと思うが、もしかしたら・・・私が告白して、先生を困らせたからかもしれないと思うとそれ以上深く訊くことはできない。


 手当てを終えると「次こそ、ちゃんと寝てくださいよ。また来ます」と言い残して、家路についた。


 他の二人は、何回も告白したらしいけれど、あんな姿を見たら・・・望みが薄いなどという以前に、告白したら、先生が消えてしまうような気がした。


「もう、チャンスないのかなぁ」


 家に帰った後、先生の熱を測ることをすっかり忘れていたのを思い出した。

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