お姫様とスケルトン
ミクパパ視点
「パパご本読んで!」
愛娘に渡された『お姫様とスケルトン』という題名の絵本。
に……逃げられないのはわかっている。
ママに読んでもらいなさいって言えないのが痛い。
母親のほうはちょっと体調崩して、絶賛お母さん業を休業中だ。
母娘揃って、ホラーが大好きなんて……
「病院でホラーの読み聞かせするな」って注意しても、「いいじゃない。個室だし、病院で幽霊見たことないし」と超のんきに返されるし……
俺が、ホラーすっげえ嫌いなのを知っていて「それとも、アンタが読んでくれる?」なんて、にこやかにこっちに振りやがって!
☆
むかしむかし
お姫様はある青年と恋に落ちました。
その青年は身分が低く、シロツメクサの指輪しかお姫様に渡すことはできませんでした。
「この指輪はすぐに色あせて枯れてしまうけれど君への思いは消えない」
お姫様もお返しに青年にシロツメクサの指輪を作ろうとしましたが、なかなかできません。
今まで、一度も花を編んだどころか摘んだこともなかったのですから。
お姫様は青年に指輪の作り方を教えてもらっていびつながらもシロツメクサの指輪を作りました。
「作り直します」
お姫様は自分が作った指輪を見てため息をつきます。
青年はお姫様が作った不細工な指輪を喜んで左手の薬指に嵌めました。
「世界で一番の宝だよ」
そうささやいて。
二人が仲睦まじく指輪を交換し合っている姿を木々の陰から見ている影がありました。
太陽が西の大地を赤く染める頃になって、お姫様は馬に乗ってお城に帰りました。
お姫様の姿が見えなくなる頃には、太陽は大地の端っこに最後の輝きをこぼれさせているところで、青年のいる辺りはすっかり星空が広がっていました。
村へ帰ろうと青年が一歩を踏み出したその時、木の陰に隠れていた男が青年の前に立ちはだかりました。
「誰だ?」
青年は男に問いかけます。
「姫を諦めろ」
青年の問いに、男は答えず暗く冷たい目を向けて命令します。
「俺は姫が好きだ。姫様も俺を好きだ。諦める理由がない」
青年の強い言葉に、男はぎりっと奥歯を噛み締めましたが、すぐに「ふふ」と笑いました。
「最後の慈悲だったのにな……闇に住まう神々よ。この者の血肉を削ぎ、永遠にこの世界をさ迷う呪いを与えよ!」
男の呪いの言葉に夜闇と同じ色の獣が幾匹も青年に飛び掛ります。闇の獣たちに噛み付かれるたびに、青年の肉は削げ、骨があらわになっていきます。
肉をすべて食べられた青年の骨は大地に転がりました。
青年の遺骸をしばらく眺めていた男は、青年の指先の骨がぴくりと動いたのを確認して、その場を去りました。
一方、お城に戻ったお姫様は部屋の窓から夜空を眺めていました。
今夜は新月で月は見えませんが、星はとても綺麗です。
「姫、一年ぶりですね」
青年を骨に変えた男が、お姫様の部屋に入ってきます。
「お久しぶりです。隣の国の王子様」
なんと、青年を骨に変えたのは隣の国の王子様だったのです。
何も知らないお姫様は夜中に現れた王子様を不思議に思いながらも、王子様にやわらかな笑顔を向けてしまいます。
一年ぶりに現れた隣の国の王子様はお姫様の側まで来て、恭しくお辞儀をすると、姫様に言いました。
「姫、私たちの結婚が決定しました。今から我が城にお連れいたします」
お姫様は真っ青な顔で、青年の名を呟きます。
その声を聞いて、王子様はお姫様の指にはまっているシロツメクサの指輪をするりと抜きました。
―あの青年は来ない。来てもあなたはきっと気づかない―
心の中でそう囁きながら……。
王子様は、窓から、シロツメクサの指輪を落としてしまいました。
「すぐに枯れてしまう花よりもこのルビーのほうがあなたの指にはふさわしい」
美しい指先に冷たい指輪をはめて隣の国の王子様は今度は声に出して囁きました。
☆
「――このルビーのほうがあなたの指に……。ん?……寝たか」
すっかり寝入ってしまった娘に布団をかぶせる。
娘は、話の内容をどこまで聞いていたんだ?
できれば、青年が動く骸骨になるシーンは再読したくないな。
――本を閉じて、明かりを消した途端
「ぎゃぁあ!」
闇の中に髑髏がぼんやり光り出した。蛍光塗料か。
まさか、表紙だけじゃなく、中のお骨も全部光ったりしないだろうな?
☆
今夜もあの絵本を読まなければならない。
絵本が光る仕掛けを娘に教えてやると、早速、ベッドサイドの明かりを点けたり消したりし始めた。
俺は直視しないように、本から目を背ける。
やっぱり中身まで仕掛けが施されていて、絵本の中の髑髏がうすぼんやり光っているのを目の端で捕らえてしまって、背筋に寒気が走る。
絵がコミカルなのが、唯一の救いだ。
「こら、明かりをカチカチしない」
「はーい」
「で、昨夜のお話はどこまで覚えてる?」
「えぇーっと、“せいねん”がお姫様を見送るところまで」
やっぱり、肉剥ぎシーン再読か……。
☆
骨だけになってしまった青年は夜の闇にまぎれてお姫様のお城に行きます。
お姫様のお部屋の下の庭にシロツメクサの指輪が落ちていました。
スケルトンとなった青年の目からは流れるはずのない一滴の涙が拾い上げた花の指輪に落ちました。
するとどうでしょう。
突然の風に花びらがすべて飛び、暗闇の中で白く光る道しるべになりました。
花びらを一つ一つ拾い集めてスケルトンは夜の道を進みます。
夜が明ける頃には花びらは光を失いました。
スケルトンは人に見つからないよう物陰に隠れ、次の夜が来るのをじっと待ちます。
☆
「なんで、スケルトンさんはかくれるの?」
「骸骨が動いていたらみんなびっくりするだろ?」
「わたしは、スケルトンさんに会ったら、あくしゅしてもらうのに」
ああ……。昔、夢の中でスケルトンの軍団にサイン貰いに行った誰かさんのことを思い出して頭を抑えた。
「……続き読むぞ」
☆
やがて、夜になると花は再び光り出し、スケルトンは光に導かれ、隣の国のお城にたどり着きました。
お城のお庭ではお姫様と隣の国の王子様が立っていました。
「お姫様、いつになったら私の愛を受け入れてくれるのですか?」
二人はお姫様の国から夜通し馬で駆けて、朝には城にたどり着きました。
今日一日は休みを取って、明日には王子様とお姫様の結婚式が執り行われます。
「わたしには、愛している人がいます。それはあなたではありません」
王子様は「あの青年は……いつまで経っても現れない」と優しくてどこか冷たい笑みで話しました。
「なぜ、あなたがあの青年のことを知っているのです。あの青年に何かしたのですか?」
その時、恐ろしい化け物、スケルトンが庭に入ってきました。
お姫様はあまりの恐ろしさに、悲鳴をあげます。
スケルトンは、自分が青年だと何とか伝えようとしますが、声は出ず、カチカチと歯の音が鳴るだけです。
がたがたと震えるお姫様は、スケルトンの指に自分が青年に贈った不揃いなシロツメクサの指輪が嵌っていることに気づきました。
「あの指輪は……」
王子様は、今度こそスケルトンをこの世から消し去ろうと呪文を唱えます。
王子の手に地獄の真っ赤な炎が生まれます。
お姫様は走ってスケルトンに近づいて、スケルトンの手を握りました。
「姫!」
お姫様に、炎を当てるわけにはいきません。王子様は地獄の炎をかき消しました。
「あなたは……?」
お姫様の問いかけにも、スケルトンはやはり顎を悲しげにカタカタ打ち鳴らすだけです。
近くで、確認してみるとやはりシロツメクサの指輪はお姫様が青年に贈ったものに間違いありません。
お姫様は意を決して、そっと指輪に口付けます。
お姫様がスケルトンの指に嵌っているシロツメクサの指輪に口づけるとシロツメクサは一片一片の花びらになり、ばらのお庭に生えているシロツメクサの花も風に巻き上げ、スケルトンを包みました。
シロツメクサの光が消え、花びらの包みを裂くように闇の獣が抜け出し、王子に襲い掛かります。
すべての花びらが散った後にはスケルトンから人間に戻った青年が立っていました。
二人の愛にはじかれた呪いは王子様に跳ね返って、王子様は身体の肉が腐ってしまいました。
「これが、私の姿……」
王子様は、腐って肉がぐずぐずぼたぼた落ちている自分の両腕をじっと見つめ……
自分の姿に悲鳴を上げ、お城から逃げていってしまいました。
「あなたからいただいた大事な指輪を失くしてしまいました」
「僕も失くしてしまいました。でも何度でもお姫様に指輪を贈ります。お姫様も僕に指輪を作ってください」
お姫様は青年の手を繋いでお城を去りました。
そして王子様は恐ろしい姿のまま独り深い森の中をさまようことになりました。
それから―
お姫様は農民の青年と結婚して、たくさんの子どもに恵まれました。
昔のように美しい指先ではなくなったけれど農民のお嫁さんになったお姫様の左手の薬指にはいつもシロツメクサの指輪がはまっていました。
荒れてしまった手をじーと見つめて一番下の子が言いました。
「お母様の手いつも綺麗だね」
「枯れたら何度でも指輪を作ってはめてくれるお父様がいるからよ。わたしも何度も何度もお父様に指輪を贈るの」
永遠の呪いがかけられたゾンビは、お姫さまや農民が亡くなったあとも、その子どもや孫が大切な人にシロツメクサの指輪を贈る姿を森の木の陰から見ていました。……ずっと ……ずっと
☆
スケルトンどころか、ゾンビまで出てきた!
遠い昔に見たゾンビに襲われる夢を思い出して、一気に吐き気がこみ上げてきた。
いかん、いかん。深呼吸して別のことを考えるんだ。
農民の妻になったのなら、シロツメクサの指輪なんか家事や農作業の邪魔にならないのかとか考えたが、娘は別の感想を抱いたようだった。
「王子様かわいそう」ぽつりと娘が呟く。
「うん?」
娘は眉をぎゅっと寄せて、下を向いた。
「みんな仲良くすれば、みんな幸せになれたのに……」
ゾンビ王子がお姫様を諦めて、彼女の幸せを祝福していたら、幸せになれたかはわからない。
でも、物語の登場人物のことを想って涙をこぼす娘の頭をそっと撫でてやった。
「ゾンビ王子が幸せになる未来をミクが考えてあげればいいよ」
※追記※
俺は娘が寝入ると、昨夜の愚は繰り返さないように、本をしっかり本棚に仕舞ってから部屋の明かりを消した。
(電気を消した後、うっかり本棚を見て背表紙に書かれている題名が光っていたのには驚いた)
◇登場人物◇
ミク……『美空』と書いて「ミク」。母親の影響でホラー好きに。
パパ……ミクのパパ。こちらは、ミクと違ってホラーが大の苦手。
お姫様……村の青年と恋に落ちるが、隣の国の王子様にさらわれてしまう。
スケルトン……元は村の青年。隣の国の王子様の呪いを受けてスケルトンになる。
ゾンビ……本名シャムロック・ラハード。元はお姫様の隣の国の王子様。