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インスタから始まる恋があってもいいよね

作者: 瑠璃/風花
掲載日:2026/10/02

それは高校の教室での出来事。


「ね、その本はミステリ?」

「……え?」


 私、美園理沙が昼休みに本を読んでいると、突然クラスメイトの浅野くんに声をかけられた。いつもなら誰も声をかけてこないのに。

 本にはカバーがしてある。当てずっぽうにしては合ってるな?


「……そうだけど、なぜそう思ったの?」


 不思議に思って聞き返すと、彼は内緒話ができるくらい近づいて、小声で言った。


「アリサ」


 声を上げそうになって口を手で覆う。それは私がインスタで使っているハンドルネームだった。私の反応を見るなり、浅野くんは小さく笑った。


「夜にDMしていい?」


 私は目を丸くしたまま、頷いた。なんで……? リアバレした……どうしたらいいんだろう。脅されちゃう? いや浅野くんはそんな子じゃないはず。頭の中をぐるぐる回る。


 インスタでは、私はアリサとして読んでいる本のことを投稿したり、自作の短編小説の朗読をしている。

 朗読はライブでしかやってなくて、視聴者は三人程度、アーカイブは残していない。感想も本の写真を上げるくらいで身バレの要素はほとんどない。ライブ、聴いてた?


 相互フォロワーには数人、高校生がいるけれど、その中の誰かかな? そわそわしながら夜を待つしかなかった。


『こんばんは。DM失礼します。浅野颯馬です』


 ポコンという音とともに届いたメッセージはとても丁寧なものだった。ハンドルネームは【Soh】で、あっと思った。ソウマだから……


『こんばんは。アリサです。いつも美味しそうな料理、見てました』

『うん、ありがとう』


 そういえば【Soh】のインスタは、夕御飯やお弁当の写真が主で、料理男子とか男子高校生ってタグがついていた。全然気づかなかったよ。

 いつから繋がってたんだろう、けっこう前で思い出せない。

 私の本の感想にもコメントをくれていた。


『あした、お弁当食べてみる?』


 え? 明日?


『急だね。お昼はいつも一人で食べてるよ』

『知ってる。良かったら一緒に食べよう。嫌だったら、お弁当だけ渡すけど』

 

 何を言われるのかと身構えていたから、少し気が楽になった。


『一緒に食べてもいいよ』


 周りから何か言われるかなと思ったけど、誰とも食べてないから良いかなと思い直した。


『どうして分かったの? 顔も出してないし、わかりやすい物とか写してないのに』

『おすすめアカウントって割と近所の人が出るからさ、声聴いて確信したんだ』


 あ……! 言われてみれば近所のお店のおすすめが多く表示されるの不思議だった。浅野くんはなんと小学校から一緒の同級生で、つまりは割と家も近くだったんだ。


『しくみは俺も知らないから、最初はわからなかったし、小説の投稿が面白くてコメントしたのも本当だよ』

『ありがとう。でも恥ずかしいから他の人に言わないでほしい』

『わかったよ。他の人は気づいてないと思うよ』


 他の人にまで気づかれる前に、アカウント消した方がいいのかな。そう思っていると念押しのメッセージが来た。


『二人の秘密な』


 そんなふうに言われるとドキッとすると焦ったものの、それからは食べられないものはないかとか、好き嫌いの質問を受けただけだった。


 翌日の【Soh】の投稿は朝にあって、お弁当が二つ並んでいた。おにぎりに野菜の肉巻き、ウインナーに卵焼き、おひたしとプチトマト。彩りも豊かで美味しそう。


 二つということを、ツッコむコメントがいくつもついていた。

 いつも見ていた料理を食べるだけ、そう思うのに意識してしまう私がいる。昼休みが早く来てほしいような、来なくていいような複雑な気持ち。落ち着かなくて午前の授業は上の空だった。


 浅野くんは小学生の頃からおとなしめの優しい顔立ちで、目立たないけど密かに人気があった。そんな浅野くんと高校生になってから話すようになるとは。


 昼休み、浅野くんが私の席に来る。


「写真は見たかもしれないけど、どうぞ!」


 バンダナ柄のランチクロスに包まれたまま、お弁当が渡される。そっと広げると真新しくて可愛い桜色のお弁当箱だった。


「あの……このお弁当箱」

「ん? 開けてみて」


 はぐらかされた? 聞かない方がいいのかな。


「美味しかったら、また食べてくれると嬉しい」

「え?」

「これでも声かけるの時間がかかったんだ」


 浅野くんの方を見ると耳が赤くなっていた。声をかける前にお弁当箱は買ってあったんだと理解したけど、口に出すのはやめて、いただきますと手を合わせた。


「肉巻き、断面が綺麗だし美味しいけど朝から作ったの?」

「朝は焼いただけだよ」

「卵はだし巻きなのね」

「昨日、甘いおかずはあまり食べないと言ってたから」

「すごいね! どれも美味しい」


 すっかり食べ終わると、さり気なくお弁当箱は回収された。


「家だと一人で食べることが多くて、インスタを始めたんだけど、実際に人と食べるのはいいな」

「私で良ければ、また一緒に食べよう」


 つい、自然と答えてしまった。


「あぁ、でも毎日とか作ってこなくてもいいよ」

「わかった。作ってくる日はDMする」


 なんだか急に距離が近くなってドキドキするけど、インスタでは顔も知らないままコメントし合ってたんだよね。目の前に【Soh】がいる。とても不思議な気分だ。


「あのね、気になるって言ってた本、もう読んだ?」

「ううん、まだ」


 私は机から1冊、ブルーのカバーが掛かった文庫本を出すと、浅野くんに渡した。

 彼は驚いた顔をしながら受け取った本のタイトルを見ると、とても嬉しそうに笑った。


「ありがとう。勉強の休憩に読むよ」


 あっ! 私達は受験生だった。


「受験勉強したくないなぁ」

「美園さんがそれを言うイメージはなかった。やっぱり文学部?」

「うーん、いまだに迷い中。最後は就職しなきゃいけないしね」

「俺は決めてるけど、あともう少し頑張らないとなんだよね」


 浅野くんは確か理系だ。高校によって違うのかもしれないけれど、うちは普段のクラスが文理で分かれていない。


「地元を離れるの?」

「いや、通えるところを目指してる」

「そっか、私も」


 卒業しても遊べるかも、というのは飲み込んだ。まだ言うには早いと思ったから。


「本、ありがとう。読んだら感想言うよ」

「うん」


 ちょうど話が途切れたところでチャイムが鳴って、私達は別々の教室に向かうことになった。理科の時間は、選択が物理か生物で教室が違う。さっきの楽しかった時間を思い出しながら授業を受けた。


 いつもは、小説のネタをメモってるから、授業をサボり気味なのは変わらないけれど。もしかしたら、大学も同じ学校になれる?


 期待を込めて、シャーペンをくるりと回し、目標をノートに書き込んだ。



  ◇ ◇ ◇


 俺が、片想いの美園さんのインスタを見つけたのは、ほぼ偶然だった。


 お店の宣伝が多くて、いつもはしっかり見ない「おすすめユーザー欄」で、ある日珍しく個人の読書アカウントを見つけた。

 

 もしかして結構近所の人だったりして。そう思いながら投稿を見てみると、バラエティに富んだ本の写真が並んでいた。

 ひとこと感想がなんか可愛い。少女マンガみたいな表紙のライトノベルもあって女の子だなぁと思った。


 そうして眺めると、時々自作ですとか、朗読ライブしてますとあった。朗読ライブって何だろうと思って、なんとなくフォローした。


 次の日、俺の料理の投稿に「美味しそうですね」と彼女からコメントがあった。誰かもわからない女の子のコメントで温かい気持ちになった。


 俺のインスタは料理ばかりなので、同じような料理男子や主婦の人のフォロワーが多い。若い女の子はおそらく初めてで、ちょっと気持ちが上がる。


 そうこうしているうちにアリサの朗読ライブの日になり、彼女がまさに好きな子だったと俺は気づくのだ。直接ほとんど話したことはないけれど、小学生の時から見てきた。聴き間違うはずもない。

 

 声質もだけど、美園さんはお母さんの影響で少しだけ関西っぽいイントネーションが交じるのだ。


 このチャンスを逃しちゃいけない。なんと言って話しかけよう。いつか、きっと、絶対。


 一緒に食べる妄想が先走り、お弁当箱を買ってしまってから、話しかけるまで三ヶ月もかかったのは内緒だ。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます


ありそうでなさそうなドラマはいかがでしたか? 顔が見えないところで距離が縮まる話が、とても好きです


よければ感想や評価の★をいただけると、励みになります。

ありがとうございます


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