食卓の騎士クーネルとアンデスチーズフォンデュ
食卓に現れる気分民族・ジャナイ族と、
それに淡々と対処する騎士クーネルの話です。
軽く読める短編です。
食卓には往々にしてピンチが訪れる。何の前触れもなく。
ジャナイ族--食卓を中心として稀によく現れる、気分次第で時々心を失くす民族だ。
奴ら、普段は日常に紛れ込み、鳴りを潜めているのだが、時折顕在化する。
一旦顕在化してしまうと、その鎮圧には交渉を用いた高度な政治的判断を求められる。
「肉? 何か気分ジャナイなあ」
「魚? 魚って感じジャナイし」
「チューハイ? 昨日もそーだったジャナイ? 炭酸だけに」
最後のはジャナイ族の元老発言で間違いない。ひとこと余計だからわかる。
とはいえ、彼らの“気分ジャナイ”は、しばしば国家予算の編成すら左右する。
無視できない程に。
いっそ外国に頼ってしまうか。有難いことに連絡1本で届けてくれる友好国は多い。
…いや、しかしそれは最終手段だ。連中に足元を見られることにもなりかねん。
呼ぶのだ、それしかない。
彼を呼ぼう。食卓の騎士クーネルを。
「騎士クーネル・フトル、要請に従い参上仕りました」
「よくぞ来てくれた、騎士クーネル。変わりない様で何よりだ」
「お心遣い、痛み入ります、王よ。…ジャナイ族の一件でしょうか?」
「察しがいいな、さすがだ。それでな、…」
王は手ずから、現在の状況をクーネルに伝える。
クーネルは腕組みし、目を閉じて聞いている。微動だにしない。
己の中に真理を求める古の哲学者の様に。
御前でのその姿を今更咎める者はいない。
それが彼のスタイルであることを、周囲の誰よりも王自身が認めているからだ。
やがて、
「チーズフォンデュ」
何だと?
「チーズフォンデュでいきましょう」
確かに肉や魚がメインではない。酒もチューハイではない方がいいだろう。
しかし、しかし食卓に炎をもたらす、それは禁忌の…。
「危険だ、危険すぎる。幼子のいるやもしれぬ場所で炎など…」
皆まで言わせなかった。
クーネルは左手をゆっくりと胸の高さにまで上げ、穏やかに遮り応じる。
「ご安心召され。一切の危険はありませぬ。
全く危なくないというわけではないですが、まあ鍋と同程度、
そう申しておきましょう。
あとはこのクーネルにお任せあれ」
「そんなことができるはずな…」
周囲から声があがる。
「あとはクーネルが、と申し上げた」
クーネルは周囲を睨めつける。その眼光が孕むものは、気迫というよりは殺気に近い。
文官にどうこうできる場では、もうなくなっていた。
「わかった。よろしく頼む。
ではこの一件は騎士クーネル・フトルに一任した。
クーネルの為すことは、我が為すことと思え。
皆、能く佐ける様に。以上だ」
”男子厨房に入るべからず”などという価値観は、この国には存在しない。
この件の間、”マカオ”という名の料理見習いが、クーネルの従者に付く。
歳は14。しかし、年齢よりも大人びて見える。
この厨房も例に漏れず、上下関係の厳しい職場だからだろう。
クーネルとマカオの間で、ひととおりの儀礼的な挨拶を済ます。
見目も良く、礼儀も備わっている。
何らかの訳アリとは思うが、クーネルはそれをおくびにも出さない。
よくあること、それだけだ。痛くも無い腹を探られたい者はいない。
そんなことよりも、だ。
「料理名は”アンデスチーズフォンデュ”だ。
まずは、我らでシミュレーションを行う。
準備、手順の実施、評価、改善。さあ準備をしていこう。
これから言う食材を用意せよ。人数分だ」
マカオは帳面とペンを用意している。メモの用意は士気の高さを示す。
前日のこと、その70%を忘却してしまうのがヒトだ。
「パン、ジャガイモ、ブロッコリー、…」
一般的な野菜が続く。
「チーズ、白ワイン、ニンニク、キルシュ」
チーズソースの材料である。
「そしてコーンスターチ」
「え?」
「コーンスターチだ」
「それは…それは邪道ではありませんか。白い粉など…」
「ふむ、お前はやってみたことがあるのか。
手軽に試せるだろう、犯罪にも該当しない。誰にもかける迷惑は無い。
お前はやってみたことがあるのか?」
「いえ、ありません」
「これは必要なのだ、アンデスチーズフォンデュには、な。
お前はまだ若い。知らぬのなら、知れ、そして考え、己の中に解を置け。
己の知らぬ知恵を、邪の道と謗ることこそを恥じよ。」
<チーズソース>
・チーズ
スーパーのシュレッドチーズで良し。
安いチーズでいい。ブレンド種類の多いやつが良い。
目安は150g/人。
・白ワイン
適当。ちょっとくらい多くなっても大丈夫だ。
・キルシュ
香りづけのためにちょい。なくてもいい。
・ニンニク
ほんのちょい。なくてもいい。
・コーンスターチ
目的は粘性。白ワインが多少多くなってもカバーできる。
・スーパーに常備の”あの半透明袋”を1枚用意する。
野菜や水物を買ったときのをとっておけばいい。
穴や裂け目があるものはダメだ。地獄を見たくなければ、な。
1)ホットプレート鍋に湯煎用のお湯を張っておく。
チーズソースの鍋を入れても大丈夫な状態にしておく。
要は、湯煎にすることで、直火を使わないということだ。
食卓に火を置かない、故に安全。
2)半透明袋にチーズ、ニンニク、コーンスターチを入れる。
膨らませた状態でシェイク、チーズにコーンスターチを纏わせる。
目的は、コーンスターチをダマにさせないため。
3)鍋に1)と白ワイン(気持ち少な目で)を投入、点火して煮溶かす。
ホイッパーで練る様にまぜる。焦がさない、ダマにしない様、ひたすら混ぜる。
これならパンに乗るという位が目安。固ければ白ワインで伸ばす。
柔ければ、チーズか、水で溶いたコーンスターチ(非推奨)で調整。
白ワインで伸ばすのが調整としてはいい。
きっちり火を通して粘性を確保するのだ。
4)キルシュがあれば投入。ひたすら混ぜる。
5)チーズソースの鍋を、お湯を張ったホットプレート鍋で湯煎する。
チーズソースの鍋底は100℃以上になってるので、沸騰に注意だ。
<野菜、パン>
適当な硬さにチンでよし。
ミニトマトにはチン不要だ。
<運用>
ホットプレート鍋の温度を調整しながらフォンデュすべし。
家族なら二度付けを許可しよう。
余ったチーズはフライパンで焼いても良し。
「以上だ」
マカオが帳面から顔を上げる。恐る恐る尋ねる。
「あの、分量は…」
「それをお前と決めるのだ。
チーズフォンデュのレシピなど、どこにでもあるだろう。
そこから始めればいい。
失敗を恐れるな。失敗から何らの学びも得られなかったときこそを恐れよ。
計画、実行、評価、改善。それらを循環させ続けることを考えよ。
そして未来を拓け、お前の、な」
「クーネル様は、その、どうして怒鳴らずに教えてくださるのでしょうか」
「ふむ…」
クーネルは少し考えて言った。
「後進に、自分の失敗やノウハウを伝えるのは当たり前だ。
なぜなら、後進には私と同じところで悩んでほしくないからだ。
私が悩んだ、その更に先で悩んでほしい。そうあるべきだ。
その義務が後進にはある。後進とは、マカオ、お前のことだぞ」
「ありがとうございます。光栄です。
ところでこの料理の名前なのですが、なぜアンデスなのでしょうか。
発祥の地に由来した名前なのでしょうか」
「食卓に火を置かない、即ち安全です。故にアンデスチーズフォンデュ。
”安全です”から”アンデス”への変化、これは故事に由来する。
…お前もいずれ学ぶことだろう」
言い終え、ふいと視線を外すクーネル。
差し込む西日のせいかマカオには、クーネルの頬が赤みを帯びて見えていた。
後日、ジャナイ族へのもてなしは、盛況のうちに幕を閉じた。
彼らには目新しいスタイルの料理と、族長妻子をはじめとした子供達への安全性の確保、そして子供向けには白ワインの代わりに牛乳を使うといった細やかな配慮を行った。
そして料理名に付いた”アンデス”、その語源にジャナイ族の元老達は妙に関心しきりであった。
尚、この年、マカオは騎士クーネルの正式な従者となった。
国を救った料理として、アンデスチーズフォンデュはこの国に浸透していった。
--WiKiより抜粋
・アンデスチーズフォンデュ
テーブルに火を置かない安全、故に安全ですチーズフォンデュ。
ホットプレート鍋にお湯を張り、チーズフォンデュソースを入れた
鍋を浮かべて湯煎にすることで、直火を使わずにソースの柔らかさ
をキープする。
またの名を、チーズポンチョ、略してチーポン。
かつて、騎士クーネルが友を招いて供した際に、その友が命名した。
近年の調査では、フォンデュをポンチョと言い間違えたのではないか
との説が濃厚である。
火を使わないチーズフォンデュは、実際に便利です。
クーネルとマカオの関係は、またどこかで書くかもしれません。
読んでくださり、ありがとうございました。




