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7/12

心の揺らぎ、始まりました。

朝の光がカーテンの隙間から差し込む前に、私は目を覚ました。

聖域たる自室。黒いシーツに包まれ、枕元に置いた水晶玉(ただのガラス玉)が薄く輝いている。

昨日のことが、まだ胸に残っている。

図書室で、あんな……下賤な姿を晒してしまったこと。

アリスに支えられてトイレに駆け込んだこと。

そして、みおが「見てないよ」と言ってくれた、あの優しい声。

……忘れられない。

私はベッドから起き上がり、部屋の中央に立った。

毎朝の儀式。闇の姫としての日課だ。

深呼吸を三回。

両手を広げ、指先を震わせながら、低く呟く。

「我は漆黒の血を引く者、エレナ・クロウリー。永遠の闇に身を委ね、光の残滓を焼き払う力を今、ここに呼び覚ます。我が瞳は深淵を映し、我が心は影を統べる。今日もまた、闇の意志に従い、この学園を支配せん!」

自信満々に言い終えると、胸の奥が熱くなる。

これが私。

これこそが、私の真の姿だ。

誰も、私の本質を否定できない。

……はずなのに。

鏡の前に立ち、髪を整える。

長い黒髪を梳きながら、ふと昨日のみおの顔が浮かぶ。

「無事でよかった」

あの言葉が、なぜか耳に残る。

私は慌てて首を振った。

「愚かな。あれはただの……監視対象だ。光の残滓を闇に染めるための、道具に過ぎぬ」

自分に言い聞かせる。

でも、心のどこかが、ざわついている。

朝食の時間。

食堂に向かうと、みおはまだ来ていなかった。

私はいつもの席にトレイを置き、座って待つことにした。

味噌汁の湯気が立ち上る。

トーストを一口かじりながら、入口の方をちらちら見る。

……なぜ、こんなに気になってしまう?

数分後、みおが現れた。

少し寝癖がついた髪を直しながら、トレイを持って近づいてくる。

「……おはよう、エレナ」

「遅いぞ、影の眷属・みお。闇の姫たる我を待たせるなど、許されぬ」

みおは苦笑しながら隣に座った。

「ごめん。ちょっと寝坊した」

みおは味噌汁を啜る。

その仕草が……なぜか、妙に気になる。

細い指。少し童顔の横顔。長い睫毛。

ーーなぜだ。なぜ、こんなに視線が離せない?

私は急に自分の思考に驚いて、顔が熱くなった。

(何を考えているのだ、私!みおは……ただの転校生。光に染まってる、未熟な存在だ。それなのに……)

「エレナ、どうした? 顔赤いよ」

みおが心配そうに覗き込んでくる。

「……っ! 何でもない!貴様の光が強すぎるだけだ!」

慌てて味噌汁を飲む。

熱い。

でも、それでごまかせた。

(……だめだ。こんな感情は、闇の姫に相応しくない。みおは女の子だ。私は女だ。なのに、なぜ……こんなに胸がざわつく?)

私は自分の胸を押さえた。

心臓の鼓動が、いつもより速く鳴っている。

みおがトーストをちぎって口に運ぶ。

その小さな動作一つ一つが、なぜか目に入る。

私は慌てて視線を逸らした。

「……今日の授業、何時からだっけ?」

みおがいつも通りに聞いてくる。

「……八時半だ。貴様はいつも遅刻気味だな。当然だが、監視役として今日も側にいるぞ」

「うん、よろしく」

その「うん」が、なぜか胸に響く。

私は箸を握りしめ、味噌汁を掻き回した。

(……なぜだ。なぜ、こんなに近くにいたいと思う?監視役だから?それとも、、)

答えが出ないまま、みおがカレーのメニューを見て呟く。

「今日は納豆もあるんだね。一緒に食べる?」

私は頷いた。

「……ふん。貴様の光を、食事で薄めるのも悪くない」

でも、内心では少し嬉しかった。

一緒に食べる、という言葉が妙に心地よい。

午前の授業。

私はみおの隣の席に座る。

先生に頼んで勝手に移動させてもらった席は、今や私の指定席だ。

先生が黒板に何かを書いている間、私は教科書を開くふりをして横目でみおを見ていた。

ノートを取る手。時々、髪をかき上げる仕草。集中しているときの、少し尖った唇。

すべてが……妙に気にかかる。

(なぜだ。なぜ、こんなに気になる?私は闇の姫。光など、焼き払うべき存在のはずなのに……)

授業中、みおが小さな声で呟いた。

「この問題、難しくない?」

私は反射的に答えた。

「……ふん。貴様には難しかろうな。だが、我が叡智を貸してやってもいい」

「ほんと? ありがとう、椎名」

椎名。また、その名前。

本名を呼ばれるたび、心臓が跳ねる。

誰も知らないはずの、知られたくないはずの、私の……本当の名前。

なのに、みおに呼ばれると、なぜか温かい。

体が熱くなる。

(……これは、何だ?闇の姫たる私が、ただの転校生に……こんな感情を抱くなど……)

私は慌てて視線を教科書に戻した。

でも、文字が頭に入らない。

昼休み。

また一緒に食堂。

みおが「今日はカレーにする?」と聞いてくる。

私は頷きながら、内心で葛藤していた。

みおがカレーを一口食べて、満足げに微笑む。

「……おいしいね、椎名も食べてみて」

その笑顔が、胸を刺す。

(……なぜだ。なぜ、こんなに胸が苦しい?私は女だ。みおも女だ。なのに、女の子を……みおを、こんなに意識してしまう?)

私はスプーンを握りしめた。

指先が震える。

みおがカレーをスプーンで掬い、笑いながら私の方に差し出してきた。

「一口、食べさせてあげよっか?」

「……っ! い、いらぬ!貴様の光が混じっている!」

慌てて拒否したが、心の中では……少し、試してみたかった。

午後の授業。

自習時間も、当然だがみおの隣に座る。

みおは数学の問題を解きながら、時々私に尋ねてくる。

「ここ、どうやって解くの?」

私は説明しながら、みおの近くに寄る。

肩が触れそうになる距離。

みおの匂いが、かすかに漂う。シャンプーの香り。柔らかい。

(……だめだ。こんなに近くにいると……心が乱れる)

私は深呼吸して、平静を装う。

放課後、生徒会室。

今日は『月影の集い』の準備会議だ。

リリス会長が円卓の中央に立ち、深紅のマントを翻す。

「次の儀式のテーマは『永遠の夜の舞踏会』。各クラスから代表者を出し闇の舞を競う」

セレスティアが鎖を鳴らしながら提案。

「例年通り我が生徒会も特別参加するが、我々は血の誓いのワルツを披露する。そこで、我が代表者となり、転校生……影の眷属・みおを、我がペアにするつもりだがどうだ?」

私は反射的に声を上げた。

「それは……我が担当する!監視役として、影の眷属・みお、の動きを逐一見張る必要があるからな!」

リリスがにやりと笑う。

「ほう。熱心だな、エレナ。ならば、影の眷属・みお、のペアはエレナにするとしよう」

会議中、私はみおのことを考えていた。

手が震えている。舞踏会で、みおと手を繋ぐ。腰に手を回す。顔を近づけて……。

(……っ! 何を考えている!)

想像しただけで、胸が熱くなる。

私は女だ。

みおも女だ。

なのに、こんなに……意識してしまう。

(これは……異常だ。闇の姫たる私が、こんな感情を抱くなど……)

私は自分の頰を叩いた。

痛い。

でも、それで少し冷静になった。

その夜。

自室に戻り、ベッドに横になる。

黒いシーツが体を包む。

でも、眠れない。

昨日の図書室のことが、頭から離れない。

みおが心配そうに「無事でよかった」と言った顔。

今日の朝、隣で笑う顔。

授業中、時々見せる優しい視線。

私は枕を抱きしめた。

(私は……女だ。闇の姫だ。なのに、なぜ……女の子に、こんな気持ちが芽生える?)

胸が苦しい。

熱い。

恥ずかしい。

「みお……」

小さく呟いてみる。

その名前を口にすると、胸の奥が疼く。

(違う。これは、監視の延長だ。闇に染めるための、手段だ。ただそれだけ……)

でも、心は正直だった。

私は闇の姫、エレナ・クロウリー。

なのに、今、初めて……

誰かを、こんなに近くに感じている。

枕に顔を埋めて、目を閉じた。

「……明日も、側にいる。貴様を……闇に、導くために」

でも、その言葉の裏に、

別の感情が、静かに息づいていた。

私は布団を被り、深く息を吐いた。

しかし、全く眠りにつけない。

(……だめだ。なぜ、こんなに……みおのことが、頭から離れない?)

昨日の出来事。

今日の視線。

みおの笑顔。

すべてが、私の心を乱す。

(私は女だ。みおも女だ。なのに……こんな気持ちを抱く自分が、怖い)

私は枕を抱きしめ、強く目を閉じた。

(……明日も、変わらず監視する。それだけだ。それだけ……)

でも、胸の奥で、何かが静かに動き始めていた。

それは、闇の姫が決して認めてはいけない、柔らかい、光のような感情だった。

私はもう一度、深呼吸した。

「……闇の意志よ。我を導け」

呟きながら、目を閉じる。

でも、眠りにつくまで、

みおの顔が、頭に浮かび続けた。

第六話ありがとうございました!

これがエレナの視点からみた学園です!

第七話ではちょっとエッな要素を入れる予定なのでお楽しみに!

なるべく早くできるよう頭をフル回転させて頑張ります!!

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