緊急事態、始まりました。
朝の食堂は、いつものように闇の香りが漂っていた。
エレナはトレイを両手で持ち、俺の隣に座るなり、いつもの宣言を始めた。
「ふん……影の眷属・みお。今日も我が監視の下で過ごすがいい。
貴様の光の残滓が、わずかでも残っている限り、我は決して目を離さぬ」
「はいはい。よろしくね、椎名」
「……っ! またその名を……!」
顔を赤らめて睨むけど、目が笑ってる。
昨日の一件以来、彼女の反応が少し柔らかくなった気がする。
俺は味噌汁を啜りながら、内心で少し満足した。
少しずつ、闇から引き戻せてる実感がある。
午前の授業はいつも通り厨二病フィルター全開だった。
現代文の授業で、先生が「この小説のテーマは?」と聞いたら、ヴォルフガング・ナハトが立ち上がって
「これは……闇の血統が光に抗う叙事詩だ! 封印の鍵が解かれる瞬間を予言している!
我が魂が震えるほどの深淵の叫びよ!」
と熱弁。
クラス中が「おお……」「さすがヴォルフ様……」と頷く中、俺はただノートを取っていた。
もう慣れた。
慣れすぎて怖い。
昼休みもエレナと一緒に過ごして、午後の授業が始まる直前、担任の先生が教室に入ってきて言った。
「本日の五時間目は、先生全員が会議のため、自習とする。
図書室で静かに過ごせ。
騒いだ者は……魂を抜かれると思え」
最後の言葉は完全にリリス・ヴェルディクトの口調だった。
さすが先生、生徒たちを操る方法理解してる。
今度、先生としっかり話そう。まともな会話をしないと正気を失う。そう思った。
クラス中がざわついたけど、俺は素直に図書室に向かった。
エレナが当然のように隣を歩いてくる。
「……図書室か。我が聖域に近い場所だな。貴様の光を、じっくりと闇に染め直すのにちょうどいい」
「自習なんだから、普通に勉強しようぜ」
「ふん。貴様の言う『普通』など、我には毒だ」
いつものやり取りをしながら、図書室に到着。
この学園の図書室は本当に広い。
天井が高く、本棚が迷路みたいに並んでいる。
ネットもテレビもないから、娯楽といえば本だけ。
でも、意外と居心地がいい。
俺たちは奥の隅のテーブルに座った。
エレナはいつものように分厚い「魔導書」(古い文学全集)を広げ、俺は数学の教科書を開いた。
しばらくは静かに過ごしていた。
でも、だんだんエレナの様子がおかしくなってきた。
最初は小さな動きだった。
足を軽く組み替える。
椅子の上で少し体を揺らす。
それが徐々に激しくなる。
「……椎名、どうした?」
俺が小声で聞くと、エレナは顔を赤くして首を振った。
「……何でもない。気に……するな」
でも、明らかに変だ。
顔が赤い。
額に薄く汗が浮かんでいる。
手が膝の上でぎゅっと握りしめられている。
「体調悪い?」
「違う!」
即答だったけど、声が上ずってる。
俺はだんだん察しがついてきた。
(あーなるほど、トイレか)
俺は間をおいて言った。
「……トイレ、行きたいんじゃないの?」
エレナの肩がびくりと震えた。
「……黙れ。そんな……下賤なことを、闇の姫たる我が口にするわけが……」
「いや、普通に人間なんだからいいじゃん。トイレ行ってくれば?」
「ここで……立ち上がったら……漏れる……かもしれない」
声が震えていた。
俺は思わず目を丸くした。
「え、マジで?」
エレナは俯いて、唇を噛んだ。
「……昼休みに……少し飲みすぎた。味噌汁と……紅茶と……」
「それ全部俺のせいかよ!」
俺が慌てて立ち上がろうとした瞬間、図書室の入り口から重厚な足音が響いた。
四つの影が、まるで闇そのものが形を成したように、ゆっくりと近づいてくる。
先頭はもちろん、リリス・ヴェルディクト。
深紅のマントが床を擦る音が不気味に響き、銀髪が月光のように揺れる。
紫の瞳が、こちらを射抜くように光っている。
その後ろに、副生徒会長のセレスティア・ノワール。
黒いロングヘアを三つ編みにし、首元に銀の十字架のようなペンダントを下げ、制服のスカートの下から黒いガーターベルトが覗いている。
完全にゴスロリ仕様で、歩くたびに鎖の音がカチャカチャ鳴る。
さらに、もう一人の書記、ルナ・シルヴァーナ。
ショートカットの金髪(染め?)に、頭に小さな黒い角のヘアピン。
両耳に複数のピアス、指には骸骨モチーフのリングを五本もはめていて、手を振るたびにジャラジャラ音がする。
表情は無邪気だが、その無邪気さが逆に怖い。
最後は会計のアリス・シャドウ。
黒髪をポニーテールにまとめ、眼鏡の奥の瞳が冷たく光る。
制服の上に黒いケープを羽織り、手には古い帳簿のようなノートを抱えている。
無口で、ただ静かに佇んでいるだけで威圧感がすごい。
四人が一斉に俺たちのテーブルに到着した瞬間、図書室の空気がさらに重くなった。
リリスが低く響く声で口を開いた。
「ふふふ……ここにいたか、影の眷属・みお。そして、エレナ。我々生徒会は、闇の会議を終え、次の『月影の集い』の資料を探しに来た。貴様らも、当然参加せよ」
セレスティアが鎖を鳴らしながら続けた。
「我が名はセレスティア・ノワール。永遠の夜を司る副女王にして、十三の血盟の第二の鍵。貴様の光を、永遠に封じる準備はできている」
ルナが元気よく手を振り、ジャラジャラ音を立てた。
「やっほー! エレナちゃん、転校生くん!私、ルナ・シルヴァーナ!月下の狂狼にして、闇の宴の盛り上げ役だよ~!今日は一緒に騒ごうねっ!」
アリスは静かに一礼し、冷たい声で。
「……アリス・シャドウ。影の帳簿を司る者。貴様の魂の残高は、すでにマイナスだ」
全員が一斉に自己紹介を終え、俺は完全に固まった。
そしてこの一瞬で分かったことがある。
それは、こいつらが、クラスの連中より遥かにヤバい。生徒会長がやばいことは知ってたがまさか生徒会全員がこのレベルだったとは……治すどころか、近づくのも命がけだ……。
ということだ。
俺は頭が過去一痛くなった気がする。
そんな中、エレナの様子が限界を迎えていた。
もじもじが止まらない。
膝をぎゅっと閉じて、体を小さくしている。
顔は真っ赤で、唇を噛みしめている。
ルナが無邪気にエレナの異変に気づいた。
「エレナちゃん、どうしたの?なんか顔赤いよ? 熱でもあるの~?」
「な、何でも……ない……」
エレナの声が震える。
ルナは無邪気にエレナの腕を掴んだ。
「えー、絶対何かあるでしょ!ほら、立ってみて!ずっと座ってたら体悪くするよ~!」
「や、やめ……!」
ルナがエレナを引っ張り上げようとした瞬間、エレナの体が硬直した。
「……っ!」
小さな悲鳴。
俺は慌てて立ち上がった。
「待って! 今は本当に……!」
でも、遅かった。
エレナの顔が真っ赤になり、目が潤んでいる。
「……もう……だめ……」
その瞬間、アリス・シャドウが素早く動いた。
「ルナ、離しなさい!」
アリスがルナの手を払い、エレナの肩を抱きかかえるようにして支えた。
「エレナさん、大丈夫?……我慢してるのね。トイレ、急ぎましょう」
アリスの声は、驚くほど落ち着いていた。
厨二病フィルターが一瞬外れたような、真面目で優しい口調。
リリスが静かに頷いた。
「アリス、連れて行け。我々はここで待つ」
アリスはエレナを支えながら、素早く図書室の出口に向かった。
エレナは俯いたまま、でも小さく呟いた。
「……ありがとう……アリス……」
二人が去った後、残された俺たちは沈黙した。
ルナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、エレナちゃん……私、気づかなくて……」
セレスティアが鎖を鳴らしながら言った。
「人間の限界は、闇の姫といえど免れぬ。……気に病むな」
リリスは低く笑った。
「ふふふ……面白い。光の残滓が、こんな場面の我々を見ているとは。貴様も、闇の深淵を覗いたな」
俺は深いため息をついた。
(生徒会長も、副会長も……本気で厨二病だけど、仲間思いなんだな)
少しだけ希望が見えた気がした。
エレナが戻ってきたのは、あれから十五分後だった。
顔はまだ赤いが、なんとか間に合ったらしい。
アリスが隣で優しくエレナの背中をさすっている。
「……もう、大丈夫」
エレナが俺を見て、恥ずかしそうに言った。
「……見ないでくれ……」
「見てないよ。……でも、無事でよかった」
エレナは小さく頷いた。
「……貴様のせいだぞ。昼に……たくさん飲ませたから……」
「ごめん」
俺が謝ると、エレナは少しだけ笑った。
「……まあ、いい。監視役として、貴様の側にいるのは……変わらないからな」
生徒会メンバーたちは、再び資料探しを始めた。
俺はエレナの隣に座り直して、小声で言った。
「……今日のことは、秘密にするよ」
「……当然だ。闇の姫が、そんな……下賤な姿を見せるなど……」
でも、声に力がなかった。
照れと、安心が入り混じった表情。
俺は心の中で呟いた。
(まだまだ、治すのは大変だ。でも、今日みたいに……ちょっと例外だったが、普通の部分が見える瞬間が増えてる)
図書室の窓から差し込む午後の光が、少しだけ柔らかく感じた。
第五話ありがとうございました!
生徒会のやばさと優しさを見せることができたと思います!
第六話はエレナの視点でみおや生徒会について書きたいと思うので楽しみにしてください!




