仮面外れ、始まりました。
エレナと付き合い始めて、一週間が経った。
この一週間、俺はエレナに「普通」を教えることにした。
放課後、屋上で手を繋いで歩くこと。
好きな人の前で素直に笑うこと。
「好きだよ」と言うとき、目を逸らさずに伝えること。
エレナは最初、ぎこちなかった。
手を繋ぐだけで頰を真っ赤にして、
「こ、こんなこと……闇の姫に相応しくない……」
と呟きながらも、指を絡めてくる。
俺が「可愛いよ」と言うと、
「……っ!馬鹿……!」
と顔を背けるけど、すぐにまた俺の手を握り返す。
嬉しそうな表情が、少しずつ増えていった。
昨日は、食堂で俺の隣に座って、
「……みお。今日の授業、楽しかった……」
と小さな声で言ってきた。
いつもの厨二病口調じゃなくて、普通の女の子の声。
俺は胸が熱くなって、
「俺も。エレナと一緒だから」
と答えた。
エレナは俯いて、でも口元が緩んでいた。
彼女は少しずつ、闇の仮面を外し始めている。
俺はそれを、そばで見守っていた。
ある日の放課後。
エレナが教室のドアから顔を覗かせて、申し訳なさそうに言った。
「……みお。生徒会室に……来てくれないか?」
俺は少し驚いた。
最近、エレナは俺を生徒会室に誘わなくなっていた。
付き合ってから、彼女は「みおと二人きりの時間がほしい」と言うようになったからだ。
でも、今日は違う。
エレナの瞳が、少し不安そうに揺れている。
「……わかった。行くよ」
生徒会室の扉を開けると、ルナとリリス会長がいた。
セレスティアとアリスの姿は見えない。
リリス会長は円卓の中央に座り、深紅のマントを優雅に翻して俺を迎えた。
「ようこそ、影の眷属・みお。そして、エレナ。座れ」
俺とエレナは円卓に座った。
ルナはソワソワしながら、隣に座る。
リリス会長が静かに口を開いた。
「……本日、学園長から指示があった。生徒会新聞を発行せよ、と。しかも、来週までに第一号を完成させること。内容は、学園の日常を伝えるものだそうだ」
俺は目を丸くした。
「生徒会新聞……?急すぎませんか?」
ルナが手を挙げて、興奮気味に言う。
「でしょでしょ!私もびっくりしたよ~!でも、会長から『闇の告知板として、完璧に仕上げろ』って言われて……」
リリス会長は穏やかに頷く。
「学園長の意向は絶対だ。我々はこれを、闇の儀式として遂行する。書記二名とみおに、この仕事を任せたい」
エレナが少し眉を寄せる。
「……私とルナと……みお、ですか?セレスティアとアリスは?」
「彼女たちは別任務だ。我とセレスティアは全体の監修を、アリスは予算管理を担当する。残りは君たち三人で、取材から執筆までをやってほしい」
俺はため息をついた。
急な話だ。
でも、エレナが俺を見て、小さく頷く。
「……分かった。やるよ」
ルナが「やったー!」と手を叩く。
俺もしぶしぶ頷いた。
「……じゃあ、早速始めるか」
会議室に移動して、机を囲む。
エレナは真剣にノートを広げた。
「まず、ネタを考えよう。学園の日常……例えば、部活動の紹介とか、授業の様子とか……」
ルナが目を輝かせる。
「いいねいいね!でもさ、『闇の部活動特集!封印の儀式を終えた剣道部!』とかどう?『闇の料理部、古代のレシピで闇鍋を作る!』とか!」
エレナがため息をつく。
「……ルナ。まともな案を出せ。学園長は普通の新聞を望んでいるはずだ」
ルナは「えー!」と膨れる。
俺は間に入った。
「……二人とも。まずは取材に行こうよ。実際に部活や生徒に話を聞いて、ネタを集めればいいんじゃない?」
エレナが頷く。
「……それがいいな。みおの言う通りだ」
ルナも「賛成!」と手を挙げる。
三人で学園内を回ることにした。
剣道部に行くと、部員が全員マントを着て竹刀を振っていた。
「我が剣は闇を切り裂く!」
と叫びながら稽古。
取材しても、まともな回答は一つもない。
料理部では「闇のスープ」を作っていて、真っ黒な鍋が沸騰していた。
「これは古代の魔力を凝縮した……!」
ルナは興奮してメモを取るが、エレナと俺はため息をつく。
「これ……新聞になるのか?」
文化祭の準備をしているクラスに行っても、「闇の劇場」「封印の迷宮」などの企画ばかり。
取材は全部、厨二病フィルターがかかっていた。
ルナは「これ全部載せたい!」と目を輝かせるが、エレナは頭を抱える。
「……まともな記事が、一つもない……」
取材が終わって会議室に戻ったのは、夜の九時を回っていた。
外は真っ暗。
三人で机を囲んで、集めたネタをまとめる。
ルナの案は全部却下。
エレナがほとんど書き直して、なんとかまともな記事にした。
「剣道部の稽古風景」
「料理部の新メニュー開発」
「文化祭の準備状況」
厨二病を薄めて、普通の学園新聞っぽく仕上げた。
作業が終わったのは、夜の十時だった。
「……終わった……」
エレナが疲れたように息を吐く。
ルナが伸びをする。
「やっと終わった~!お腹すいた!」
俺も疲れた。
三人で帰る支度をする。
カバンを肩にかけて、部屋の電気を消した瞬間――
パチッ。
電気が消えた。
部屋が真っ暗になる。
窓もない会議室は、完全な闇。
俺は驚いて立ち止まる。
「……え? 停電?」
エレナの声が暗闇で響く。
「……みお?ルナ?どこだ?」
俺は手を伸ばして、エレナの腕を探す。
彼女の手が、俺の手に触れた。
冷たくて、震えている。
「……みんな……」
ルナの声が、遠くから聞こえる。
小さくて、震えている。
「……怖い……暗い……」
俺は慌ててスマホ……ない。
この学園にスマホはない。
エレナがポケットを探り、小さな懐中電灯を取り出した。
カチッとスイッチを入れる。
小さな光が、部屋を照らす。
エレナがルナを探す。
光がルナの姿を捉えた。
ルナは床に女の子座りで、体を丸めて震えている。
足元が……水浸しだ。
かすかなアンモニア臭が漂う。
ルナは泣いていた。
小さな嗚咽が、漏れる。
「……怖い……暗いよ……ママ……」
エレナがすぐに駆け寄り、ルナを抱きしめた。
「ルナ、大丈夫だ。ここにいる。怖くない。私たちがいるから」
エレナの声は優しい。
ルナを背中から抱きしめて、ゆっくり揺らす。
ルナはエレナの胸に顔を埋めて、泣き続ける。
エレナはルナの髪を撫でながら、囁く。
「……ルナは、暗いところが苦手なんだな。言ってくれればよかったのに……」
ルナは嗚咽を漏らしながら、頷く。
「……ごめん……エレナちゃん……暗いと……昔の怖いこと、思い出して……気が抜けちゃって……漏らしちゃって……」
エレナはルナの背中を優しく叩く。
「気にしない。誰も見てない。みおも、見てないよ」
俺は慌てて視線を逸らした。
ルナの震える肩。
濡れた床。
彼女の泣き声。
エレナはルナを抱えたまま、立ち上がる。
「……みお。ルナを部屋まで連れて行こう。懐中電灯は私が持つ」
俺は頷いて、ルナの反対側の腕を支えた。
ルナはまだ泣いている。
三人は暗い廊下を、懐中電灯の光だけを頼りに歩いた。
ルナの足元が、時々つまずく。
エレナは優しく声をかけ続ける。
「もう少しだ。部屋に着いたら、着替えて、温かいお茶を飲もう。大丈夫だよ、ルナ」
ルナは小さく頷く。
俺はルナの震えを感じながら、胸が痛くなった。
いつも元気なルナが、こんなに怖がっているなんて。
彼女も、仮面の下に、弱い部分を抱えていた。
ルナの部屋に着いて、エレナがルナをベッドに座らせる。
俺は外で待つことにした。
エレナがルナの着替えを手伝い、温かいお茶を淹れてやる。
しばらくして、エレナが出てきた。
「……ルナは、落ち着いた。少し寝かせた」
俺はホッとして、頷いた。
「……よかった」
エレナは俺を見て、少し微笑んだ。
「……みお。今日は……ありがとう。ルナは……私にとって、大事な友達だ。みおがいてくれて……助かった」
俺は彼女の手を取った。
「俺も……みんな、大事だよ」
エレナは俺の手を握り返す。
暗い廊下で、二人は静かに立っていた。
懐中電灯の光が、俺たちの影を長く伸ばす。
エレナは小さく呟いた。
「……みお。これからも……側にいてくれる?」
俺は頷いた。
「うん。ずっと」
エレナの瞳が、潤んだ。
彼女は俺の胸に顔を寄せて、そっと抱きついた。
俺は彼女を抱きしめ返した。
この学園で、俺は少しずつ、変わっている。
正気を保つことだけがすべてじゃなくなった。
エレナの温もり。
アリスの涙。
ルナの弱さ。
みんなの仮面の下にある、本当の心。
俺は、それを知ってしまった。
だから、もう、逃げられない。
夜は深まる。
俺たちは、手を繋いで、部屋に戻った。
第十七話です!ありがとうございました!
エレナとの日常、ルナの弱さを見せられたと思います!
ルナの過去になにがあったのかはいつかは触れたいと思うので待っていてください!
えー今回は学園長からの急な依頼が来ましたね、、なにが目的なんでしょうか、、
次回は学園の闇について書くつもりなのでお楽しみに!




