08 副団長の気遣い
執事のロイに案内され、長い廊下を歩く。
足音が高い天井に反響し、どこか落ち着かない。
(ひ、広い……!王宮じゃなくて、ここが副団長の“お屋敷”?)
セシルは思わず背筋を伸ばす。壁に掛けられた絵画や、磨かれた銀の燭台の並ぶ光景に、完全に場違いな自分を感じてしまう。
「こちらでございます」
ロイが重厚な扉を開けた瞬間、ふわりと花の香りが漂った。
「まぁ……!」
思わず声が漏れる。
部屋は明るく、窓際には刺繍の入ったレースのカーテン。大きなベッドと、読書用の小机、暖炉まで備えられていた。
まるで貴族令嬢の部屋そのもの。
いや、実際そうなのだが、引きこもり歴十数年のセシルにとっては刺激が強すぎた。
「こちらのお部屋は日当たりがよく、静かでございます。アラン様も“落ち着ける場所がいいだろう”と仰せでした」
ロイの言葉に、セシルは思わず頬を赤らめた。
(え、わ、わたしのこと、そんなふうに気づかってくれたの……?あの無表情で!?)
「……ありがとうございます。す、素敵なお部屋です」
震える声で礼を言うと、ロイは穏やかに微笑んだ。
視線を巡らせた先に、セシルの目を引いたのは、壁際に据えられた書棚だった。
深い木の色をした棚は、無骨すぎず、それでいて重厚。
いくつもの革装丁の本が整然と並び、まるで静かに呼吸しているかのように空気を満たしている。
「こちらは、アラン様のご指示でございます」
執事ロイが穏やかに口を開く。
「“本を好まれる”と伺いまして、屋敷の蔵書の一部をこちらへ移しました」
「……えっ」
セシルは思わずロイを見上げた。
旅先でも読みかけの小説を離せなかった自分の癖を、どうしてわかったのだろう。
副団長がそんな細かいことまで気づくような人だとは、正直思っていなかった。
「……ありがとうございます。とても、嬉しいです」
そう言いながら本棚に指先を伸ばす。
革の表紙を撫でると、ひんやりとした感触が伝わってきた。
その感触が、長い旅路の緊張をやわらげるようで。
セシルは小さく息を吐く。
(これなら、少しは落ち着けそう)
指先が、ふと一冊の本の背表紙で止まる。
『星の詩集――無名の吟遊詩人による』
無骨で寡黙な副団長の屋敷に、こんな本があるなんて。
セシルはほんの少しだけ、胸の奥がくすぐったくなった。
(……案外、ロマンチストなのかもしれない)




