06 え、私、副団長の家に住むんですか?
首都の王宮からほど近い路地を抜け、馬車は静かな屋敷街へと入っていった。
石畳を踏む車輪の音が、やけに静かに響く。
「え?私、王宮で働くんじゃないんですか?通り過ぎちゃいましたけど…」
セシルは窓の外を見ながら、思わず声を上げた。
アランは微動だにせず、淡々と答える。
「あぁ、姫の侍女として仕えることになるが、王宮の使用人の部屋が足りていなくてな。任務の報告もあるから、うちに滞在してもらう」
「え?副団長様の邸宅に…ですか?」
セシルは思わず身を乗り出す。声のトーンも、いつの間にか半音上がっていた。
アランはわずかに眉を上げ、いつもの無表情で問い返す。
「そうだ。聞いてなかったのか?」
「聞いてません!」
セシルは思わず小さく叫び、両手で膝の上の小説をぎゅっと握りしめた。
(うそでしょ……そんなの聞いてないんですけど!?)
セシルは考え込んだ。
(確か、副団長って四十代半ばくらいだったはず……普通に考えたら奥様とか、ご子息とか、いらっしゃるわよね?)
突然、得体の知れない伯爵令嬢が家に来るなんて、家族からしたら大事件だ。
(な、なんにも手土産とか持ってきてないし……!)
想像するだけで胃が痛くなってくる。
礼儀も挨拶も知識としては知っているがまともにしたことない。
実践経験はゼロに等しい……。
副団長とこうして話すだけでも、久しぶりに“人間社会”を実感していた。
「副団長様……申し訳ありませんが、ご家族の方は私が伺うことをご存じなんでしょうか?」
アランは何を言い出すのかというように、わずかに眉を動かしながらじっとセシルを見た。
「俺に家族はいない。屋敷には使用人しかいない。」
「……え?」
セシルは固まった。
(この無愛想なイケオジ、まさかの独身!?)
思わずアランを二度見してしまう。
(いや、別に驚くことでもないけど……性格に難ありとか、そういう理由……?)
自分も結婚適齢期を軽くオーバーしているくせに、他人のことを考え始めてしまい、頭の中がぐるぐると混乱していくのだった。
セシルは、ふと頭の中でひとつの事実に行き着いて首を傾げた。
(……え?独身の男性と、独身の女性が……一つ屋根の下……?)
静かな馬車の中、セシルの脳内では警鐘が鳴り響く。
(それって……なんか、マズくない!?)
思わず、自分が案外“普通の常識”を持っていたことに気づいて軽くショックを受けた。
恐る恐る、セシルは口を開く。
「……副団長様、それ、マズくないですか?」
「なにがだ?」
即答。無表情。いつも通りの低い声。
(そう来ます!?)
セシルは言葉を詰まらせ、慌てて視線をそらした。
「……い、いえ。世間的には、というか……貞操観念的な意味で……」
「心配無用だ。俺は女性に興味がない」
静かに放たれたその一言に、セシルは目をまん丸にした。
(えっ……ま、まさか……!)
脳内で再度警鐘が鳴り響く。
副団長、まさかの……そっち……!?
――しかし、オタクであるセシルの脳内は広大であった。
(いや、待って。あり得る。むしろそういうルートも全然アリ!切ない恋とか、報われない想いとか、むしろ尊い!!)
勝手に“無愛想な副団長×誰かの秘められた恋”を想像してしまい、胸の中で拍手喝采が起こる。
「応援します!」
思わず口走っていた。
「……は?」
アランの眉がほんのわずかに動いた。
その反応がまた、セシルの妄想に拍車をかける。
(うわ、動揺してる……!やっぱりそうなんだ……!副団長、切ない恋してるんだ……!)
「なにを応援するつもりだ」
「ふ、ふふっ……!秘密は守ります!」
「……本当に、何を言っているんだ君は」
アランの低い声が響くなか、セシルはひとりで真剣に頷いていた。
(この人……思ってたより深い……!)




