03 今日、出発なんて聞いてません!
「……で、出発って……今日!?」
翌朝の食卓。
トーストをくわえたまま凍りつくセシルを、父は上機嫌で見下ろしていた。
珍しく家族が揃っていると思えばこれだ。
「そうだ!アラン様のお迎えは午前八時だ!」
「いや、私まだ何も準備してませんけど!?ていうか、行くなんて一言も……!」
「荷造りならもう済ませておいた。ほら、母さんが」
母が優雅に微笑む。
「あなたのローブも新調しておいたわ。旅は日焼けするから、帽子も忘れないようにね」
「……いや、だから行かないって言ってるんですけど?」
そのとき、控えめな声が聞こえた。
「お姉様?あの部屋、僕が使っていい?」
振り向くと、弟、ラッセルの元気いっぱいな顔がそこにあった。
妹のミシェルに至っては「お姉様、もう読まない本は売ってもよろしいかしら?」
その一言に、セシルは思わず吹き出した。
(え、今そんな話してる場合?っていうか、全員ノリが軽すぎる……!)
弟はにっこり笑い、待ちきれない様子でジャンプする。
「お姉様がいない間、僕、秘密の実験部屋にするんだ!」
「……いや、もう何もかも無理ぃ。ミシェル、本は絶対売ったらダメよ」
セシルは両手で顔を覆い、絶望のあまり小さくうめいた。
そこへ、タイミングよく扉がノックされる。
(嫌な予感しかしない)
父は嬉々として手を叩く。
「さあ、出発だ!帝国騎士団副団長様が迎えに来ているぞ!」
扉が開くと、
朝の光を背にしたアラン・フォン・ガブリエルが、いつもの無表情で立っていた。
「準備はできたか」
「できてません!心の準備も、物理的な準備も、人生の覚悟も!」
「では道中で整えるといい」
「理不尽すぎるでしょこの人ーー!」
セシルの叫びに、父と母は微笑んだまま。
妹と弟は笑顔で手を振っている。
アランは無表情。
だがその瞳の奥には、静かに“待っていた”ような光が揺れていた――




