01 お父様、勝手に話を進めないで
「……またお父様、勝手に話を進めてるんだわ」
鏡の前で髪をまとめながら、セシルはため息をついた。
外に出ることなど滅多にない彼女にとって、“身支度”という行為そのものが一大イベントだ。
けれど、父が「応接間に来い」と告げた時点で、もう逃げ場はなかった。
「まさか本当に……騎士団が私に用があるなんて」
そう呟きながら、セシルは恐る恐る応接間の扉の前に立った。
扉の向こうからは、父の朗らかな声と、低く抑えられた男の声が聞こえる。
母の笑い声も混じり、どうやら和やかな雰囲気――
少なくとも、父にとっては。
意を決して扉を開けると、
深い紺の軍服を纏った男が、背筋を伸ばしてソファに腰掛けていた。
灰色がかった髪に、鋭い金の瞳。
年齢は四十を少し過ぎたくらいか。
その視線が一瞬こちらを向いた瞬間、セシルは息を呑んだ。
「おお、セシル。ようやく出て来たな」
父が嬉しそうに立ち上がる。
「こちらは帝国騎士団副団長のアラン・フォン・ガブリエル様だ。セシル、お前の力を見込んでおられる」
「……私の、力?」
「うむ!この国の未来を左右する、重大な任務らしいぞ!」
(ちょ、ちょっと待って。私、聞いてない……!)
セシルは内心で悲鳴を上げながら、引きつった笑みを浮かべた。
アランはそんな彼女をじっと見つめーーやがて静かに口を開く。
「先程は失礼した。……改めてあなたの力を借りたい」
その声音は、無愛想で、けれど不思議な重みを持っていた。
父が満面の笑みで言う。
「この引きこもり娘がお国のためになるのならば、よろこんで差し出しましょう!」
「ちょ、お父様っ!差し出すって何!?私は物じゃないんですけど!」
セシルが思わず声を上げると、母が優雅にお茶を注ぎながら笑った。
「まあまあセシル。たまには外の空気を吸うのもいいことよ」
「いや、空気どころか国の外まで出そうとしてるでしょ!」
父は両手を広げて言う。
「セシル、お前の“読心の才”が帝国に役立つのだ!名誉なことだぞ!」
「名誉より静寂が欲しいですぅ……!」
アランは、そんな家族のやり取りを無表情のまま眺めていたが、やがて立ち上がり、まっすぐセシルを見た。
「……君が望まないなら、強制はしない。ただ、協力してくれれば、多くの命が救えるかもしれない」
その静かな言葉に、セシルは思わず口を閉ざした。
嘘のない声音。
そして――ほんの少しだけ、疲れたような瞳。
「……命、が……?」
「内密な任務だ。詳しくは言えない。だが、君の力が必要だ」
父がまた嬉しそうに頷く。
「な?国のためだ!お前の読心術がとうとう日の目を見るのだ!」
(……いや、私の人生の平穏が消える日でもあるんだけど!)
セシルは頭を抱えた。




