15 騎士団寮は乙女立入禁止
馬車の外はすっかり夕暮れ。王都の石畳を照らす灯りが、窓越しにゆらゆらと揺れていた。
任務初日を終えたセシルは、どっと疲れを感じながらも、目の前に座るアランの存在が気になって仕方がなかった。
「アラン副団長、妹をよろしくお願いします」
兄カールは去り際、爽やかすぎる笑顔で言った。
“よろしくお願いします”の一言が、妙に重たい。
帰りの馬車の中、沈黙に耐えきれず、セシルはぽつりとつぶやいた。
「あのー、兄が首都にいるなら、兄のところに泊まればよかったんじゃ……」
アランがちらりと視線を向ける。
「騎士団寮は女性立入禁止だ」
「え、でも……」
「“セシルの場合、変なこと想像するから余計だめだな”と言っていたな」
アランがさらりとカールの口調を真似る。
「っ!?」
セシルの顔が一瞬で真っ赤になる。
「……お兄様が、そんな事言ってたんですか!?」
「さぁな。だが、同意はする」
「同意!?今、同意って言いました!?」
アランは表情一つ変えずに、窓の外へ視線を戻した。
夕焼けの光が、その横顔の輪郭をくっきりと浮かび上がらせる。
(……なにこの人、さらっと爆弾落とすタイプ!?)
セシルは胸の鼓動がうるさくなるのを必死で誤魔化しながら、そっと視線を逸らした。
「まぁ、騎士団寮はやめておいた方がいい。あんなむさ苦しいところ、女性にはおすすめできん」
――あれ、今の、気遣われた?
ふと胸の奥がくすぐったくなる。
彼の表情はすぐにいつもの無機質なものへ戻ったけれど、その一瞬の柔らかさが妙に頭から離れなかった。
「……あの、私、ちゃんと任務こなせますかね」
思わず小声で漏らすセシル。
アランはゆっくり視線を戻し、低く落ち着いた声で言った。
「任務中、危険なことが起きないように、俺が全力で守ると誓う」
その言葉に、セシルの心臓は思わず跳ね上がる。
(……そ、そう言われると……心臓が……)
しばらく沈黙が続き、セシルは慌てて言葉を取り繕うように呟いた。
「そ、それと……部屋の本、ありがとうございました」
アランは一瞬だけ視線を向け、柔らかく微笑む。
その微笑みに、セシルは思わず胸がくすぐられるような感覚を覚えた。
馬車は石畳の道をゆっくりと進む。
セシルは心の中で小さく決意する。
(よし……明日から、本気で任務に集中しよう……!)
隣で静かに座るアランの存在が、心強くもあり、妙にドキドキさせられる――そんな不思議な初日だった。
◇◇◇
夜、宿の部屋。
セシルはベッドの上で仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめていた。
今日一日の出来事が、頭の中でゆっくりと再生される。
(……“守ると誓う”って、あんなふうに言われたの、初めてかもしれない)
思い出しただけで、胸の奥がまた熱くなる。
アラン様の横顔、あの穏やかな声――無表情なのに、なぜか安心する。
(でも……浮かれてる場合じゃない)
セシルは小さく頭を振る。
任務は明日から本格的に始まる。
自分の“力”。
――感情を読み取るあの能力を、どう使うか考えなければ。
(……正直、怖い)
人の感情を覗くたびに、自分の中にも何か重たいものが残る。今までは感情を覗かないようにコントロールしていたが…。
けれど、今回は任務だ。誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを守るために使うのなら――。
「……やってみよう」
セシルはそっと目を閉じ、決意を胸の奥に刻む。
(ちゃんとやってみよう。私にできることを、精一杯)
窓の外では、夜風がカーテンを揺らしていた。
月明かりが差し込み、静かな光の中で、彼女の瞳はわずかに揺れていた。




