14 腹黒スマイル、久々の再会
リオとテオドルについて歩いていると、磨き上げられた大理石の廊下に自分の足音が響いた。
(やっぱり王宮の通路は覚えられないわ……曲がるたびに同じ景色なんだもの)
「そういえば次の予定もあるのかしら?姫様にも言ってましたよね?」
セシルが問いかけると、リオは振り返りながら軽く頷いた。
「あぁ、そうです。伝え忘れてました。今から騎士団総本部に向かいます。団長も挨拶したいと申してまして。それと、セシル様の兄上も……」
「――お兄様!?」
セシルの声がひときわ大きく響いた。
テオドルが慌てて手を振る。
「えっ、兄上から何も連絡きてないっすか?てっきり知ってるかと!」
「知らないわよっ!兄上って、まさか…?」
リオが落ち着いた声で補足する。
「ええ。セシル様の兄上は、我々の先輩でもあり、現在は騎士団団長補佐を務めておられます」
「お兄様が……騎士団の団長補佐?」
セシルは思わず立ち止まり、額に手を当てた。
テオドルが笑顔で頷く。
「はい、カール・ラド・ベルモンド殿。いつも柔らかい笑顔で皆をまとめてくださってます!」
(ああ……やっぱり、あの兄だ)
我が家は代々、学者や文官ばかりの“文系一家”。
そんな中で、剣術も文学も何もかも両立してしまったのが兄、カール・ラド・ベルモンド。
笑えば誰もが安心し、怒っても声を荒げず、結果だけをきっちり出す。
……つまり、“完璧”という名の怪物である。
(しかもあの人、裏ではちゃっかり腹黒いのよね……!)
幼い頃から、セシルは何度も兄の「ついで」や「実験台」にされてきた。
笑顔で「お前なら大丈夫だ」と言いながら、面倒事を押しつけてくる常習犯だ。
そして今――
(まさか今回の抜擢も、お兄様の仕業……!?)
胸の奥で鈍い予感がした。
◇◇◇
王宮の南棟――その最奥に、帝国最強の剣士たちが集う騎士団本部があった。
重厚な扉の向こうからは、訓練の掛け声と金属音が響いている。
「ここが……」
騎士団本部。
国の中枢を守る、まさに武の象徴。
(うわ……空気がすでに強そう。剣の音まで聞こえるし……絶対場違いだわ私)
セシルは早くも胃がきゅっと縮むのを感じていた。
そんな彼女の隣で、テオドルが明るく言う。
「セシル嬢、緊張しなくても大丈夫っすよ!皆いいやつばかりだから!」
「“いい人”って、剣で挨拶してくる人たちのことを……?」
「……あはは、まぁ、最初はそう見えるかもしれませんが…」
軽く誤魔化すテオドルを横目に、リオが扉をノックした。
中から「入れ」と低い声が響く。
扉が開かれた瞬間、鋭い視線が飛んできた。
中にいたのは、長身で鍛え抜かれた体を持つ男。
ーージャック・マルクリー。
深い灰色の瞳が、まっすぐこちらを射抜く。
まるで、侵入者でも見るような眼差しだ。
セシルは思わず背筋を伸ばした。
(ひっ……こ、怖っ)
隣には、副団長のアランが立っている。
だがその落ち着いた表情とは対照的に、部屋の空気は張り詰めていた。
セシルは思わず息をのんだ。
だがそのわずか一秒後。
ジャックは口の端をぐいっと上げて、にかっと笑った。
「お、君が例の“引きこもり令嬢”か。……ふむ、思ったより元気そうじゃないか!」
思いのほかフレンドリーな声に、セシルはぽかんとする。
隣のアランは、やれやれといった表情で額を押さえた。
「団長。初対面でそういう言い方はやめてくれ」
「ん?褒めてるつもりなんだが?」
笑うと、意外と優しそう。いや、むしろ陽気?
セシルの頭が混乱する中、ジャックはずかずかと歩み寄ってくる。
「いやぁ、聞いてたよりずっといい目をしてるじゃないか!よかったよかった!」
「だ、団長……」とリオが小声で制止するも、
「いいじゃないか、褒めてるんだぞ?」と悪びれもせず笑う。
セシルはようやく口を開いた。
「え、ええと……ありがとうございます?」
アランは溜息をつきながら、ぼそりと呟く。
「団長の“褒め言葉”は、信用ならん……」
(なるほど。怖いのは見た目だけ、かもしれない)
セシルはそっと胸を撫で下ろした。
「ははっ、まぁ座れ座れ!」
豪快に笑いながら、ジャックはソファを指さした。
セシルが恐る恐る腰を下ろすと、横でアランが静かに資料を整える。
そのとき――
扉がもう一度ノックされた。
「入れ」
ジャックの声に続いて、入ってきたのは見覚えのある人物だった。
「やぁ、セシル。久しぶりだね」
柔らかな笑みと共に現れたのは、兄。
ーーカール・ラド・ベルモンド。
「……カール!?」
セシルは思わず立ち上がる。
彼は昔と変わらず、穏やかで完璧な笑みを浮かべていた。
きっちりとした軍服の襟を正しながら、どこか涼しい顔で言う。
「まさか本当に任務を引き受けるとは思わなかったよ。でも安心した。君がここまで来られたなら、もう半分は成功だ」
「……やっぱり、あんたが絡んでたのね」
セシルはぴたりと立ち止まり、半眼で睨む。
「“絡む”なんて人聞きの悪い。妹の社会復帰を支援しただけさ」
カールは柔らかく微笑むが、その笑顔の奥にちらりと“黒い何か”を感じる。
「支援っていうか、半ば強制送還なんですけど」
「それでも立派に立っているじゃないか。うん、感動的だ」
(腹黒スマイル……健在……!)
セシルは心の中でため息をつきながら、思った。
(……やっぱり。この任務、カールが裏で動いたわね)
セシルの頬が引きつる。
ジャックが愉快そうに笑い、アランは軽く眉をひそめた。
「カール、お前の妹さん、なかなかいい度胸してるな」
「でしょう?昔からこうなんですよ。本を抱えて部屋にこもるくせに、やる時はやる」
カールの穏やかな声に、セシルは苦笑した。
彼は昔からそうだった。
穏やかで優しく、何をしても完璧。
けれど裏では誰よりも策士で、妹を“便利な駒”に使う天才だ。
「それに、セシルには今回の任務は向いてるよ。感情を読む力があるだろう?」
セシルはぎくりとした。
「……お兄様、それを人前で言うのはやめてって言いましたよね」
「でも、皆んなにはもう知られてるし」
(あぁもう……カールは昔からこう。笑顔で爆弾投下するタイプ!)
「というわけで、協力を頼む」
「いやいや、頼むっていう態度じゃなくない!? それ命令のやつ!」
ジャック団長がそんな二人を見て、楽しげに腕を組んだ。
「ははっ、さすが兄妹だな。反応までそっくりだ」
「やめてください、団長様!私はこんな腹黒くありません」
「腹黒くはないけど、観察眼は似てる」
ジャックがさらりと返す。
セシルはがっくり肩を落とした。
(もう……この任務、胃薬が手放せそうにない)
「まぁまぁ、そんな怖い顔しないで。可愛い妹の社会勉強だよ」
カールは紅茶を注ぎながら、いつもの柔らかな声で言う。
「王宮には多くの人間がいる。
派閥も、利害も、思惑も。それを“読む”のは得意だろう?」
「お兄様、それ……私の力をこき使う気ですね?」
「まさか。ただの観察だよ。ただしーー」
カールはゆるく笑みを深める。
「“王族の周り”には、特に気をつけて。君の力を試すには、ちょうどいい環境だから」
(……出た。カールの“ちょうどいい”はだいたい地獄)
アランが腕を組み、苦笑を浮かべた。
「昨日も伝えたが、気を抜くな。今回の任務の裏は、派閥争いの火種がくすぶってる」
ジャック団長もどこか愉快そうに口角を上げる。
「ま、心配するな。護衛はつける。――もっとも、兄貴の方が怖いかもしれんがな」
「団長、それは同意しかねませんね」
カールが肩をすくめ、あっけらかんと返す。
セシルはぐったりと肩を落とした。
(……兄上、ほんとに味方なんですか?)
そんな彼女を見て、カールはいたずらっぽく微笑む。
「セシル、王宮は本の世界よりずっと面白いぞ」
「兄上、そういうのは“面白い”じゃなくて“大変”って言うんです」
その言葉に、団長室の空気がやわらかく笑いに包まれた。




