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13 王宮の空気、酸素が薄い気がします

王宮に到着したセシルの緊張度は、すでに限界を突破していた。

(お、おおきい……門……ひ、人が多い……!酸素が、酸素が薄い……!)


「私、社交界デビューも五分で終わらせた人間なんですよ!?もうこんな人の多い場所、無理ですってば!」


リオは無表情で淡々と歩きながら言う。

「落ち着いてください。誰もセシル様に注目していません」


「い、今の言葉が一番つらいんですけど……!」



短髪のテオドルは横で笑いながら、気さくに声をかけてくる。

「まぁまぁ、最初はみんなそうですよ。俺も最初は廊下で迷って三回転びましたから!」


「……なんか親近感わいてきました」


そんな会話をしながら、王宮の中をざっくりと案内されるセシル。

が、あまりの緊張で、説明の内容は一秒ごとに右から左へと流れていった。


(廊下、長い……シャンデリアまぶしい……何この香り……高級感の暴力……)


「以上が西館の案内です」とリオ。


「い、今のでですか!? え、なんか三十分くらいすっ飛ばしてません!?」


「記憶に残るものだけで十分です」


「残ってないって言ってるの!!」


そうして王宮初日から頭を抱えながら、セシルはアンナ姫の住まう“白百合の塔”へとたどり着いた。


塔の中に入ると、セシルは小さく眉をひそめた。

やけに、使用人の数が少ない。

これほど大きな塔なのに、廊下を行き来する足音も、声もほとんどしない。

空気が静まり返っていて、何かを隠しているような気配さえした。



そんな沈黙を破るように、奥の扉の向こうから明るい笑い声が響く。

「ーーまぁ!新しい方がいらしたのね!」


その声は意外なほど朗らかで、塔に漂う不穏さが一瞬だけ薄らいだ。


リオが扉を開けると、そこには淡い金髪にリボンを結んだ少女が立っていた。

年の頃は十歳ほど。

白いドレスの裾をふわりと広げて、まるでおとぎ話から抜け出したような笑顔を浮かべている。


「あなたがセシル様?わたくし、アンナ・フォン・レーヴェンです!」


ぴょこんと頭を下げる姿に、セシルは一瞬で目がくらんだ。

(ま、眩しい……!純度100%の天使……!?)


慌ててスカートを摘まみ、お辞儀を返す。

「は、はじめまして……セ、セシル・ラド・ベルモンドと申します……っ」


「ベルモンド……あ、あの本をたくさん出してるお家の!?」


「……そ、そうですね(出してるのは主に歴史書ですけど)」


アンナ姫はキラキラとした瞳でぐいっと距離を詰めてくる。

「ねぇ、本もお好きなの?わたくし、おとぎ話がだーいすきなの!」


その笑顔に、セシルの緊張はみるみる溶けていく。

(あれ、意外と話しやすい……?)


だがその背後で、リオが小さくため息をついた。

「姫様、あまり近づきすぎないように……」


「いいじゃないの、リオ!セシル様、優しそうなんだもの!」


(……この子、絶対に天使の皮をかぶった台風だ)


セシルは心の中で小さくそう呟いた。


アンナ姫は手を打って嬉しそうに笑った。

「せっかくだし、少しお茶でもしましょう?“顔合わせ”だけじゃ味気ないもの!」


その無邪気な提案に、セシルは思わず固まる。

(ま、まずい……王族とお茶なんて、社交界5分敗退女のレベルを超えてる!)


「姫様、セシル様は次のご予定もありますし、今日は――」とリオが制止しかけるが、

「いいの!わたくしが“お茶したい”って言ってるんですもの!」

アンナ姫はぴしっと人差し指を立て、まるで小さな女王のように宣言した。


(うわ、可愛いけど……このお年で、権力の使い方がストレート!)


結局そのまま、小さなサロンに通されることになった。

丸いテーブルの上には、香り高い紅茶と可愛らしいケーキが並べられていく。

アンナ姫は椅子に腰かけながら、まるでおとぎ話の主人公のように言った。


「ねぇ、セシル様。王宮って退屈だと思わない?」


「えっ……わ、わたしは今日が初めてでして……」


「でしょうね。でも退屈なの。毎日同じ顔、同じ挨拶、同じ笑顔。まるでお人形の国よ。――ねぇ、あなたはお人形、好き?」


「……す、好きです。静かで……話しかけてこないですし」


「ふふっ、そうなのね」

アンナ姫はカップを唇に当てながら微笑んだ。

その笑顔は先ほどまでの無邪気さとは少し違い、どこか冷たい光を帯びていた。


「でも、時々“壊したくなる”時ってありません?」


セシルはぴたりと動きを止めた。

(こ、壊すって今……お人形の話、だよね……!?)


「お、お人形は大事に扱うものかと……」


「そうねぇ。普通はそう。でも“壊れる瞬間”って、美しいのよ?」


部屋の空気が一瞬で張りつめる。

紅茶の香りが、なぜか甘すぎて息苦しい。


だが次の瞬間、アンナ姫はぱっと天使の笑顔を取り戻した。

「――あら、怖がらせちゃった?ごめんなさい!冗談よ、冗談♪」


(じょ、冗談で済ませていい話じゃない気が……!?)


その後ろで、リオは軽く額を押さえ、テオドルは引きつった笑みを浮かべていた。

そしてセシルは確信する。


(やっぱりこの子、“純粋な天使”じゃない……!)


(私、今日中に生きて帰れるのかな……?)




◇◇◇


お茶会は――どうにか、無事に終わった。

けれど、何を話したのかはもうフリーズして覚えていない。

唯一はっきりしているのは、

“お姫様が自ら淹れてくださったお茶が驚くほどおいしかった”ということだけだった。


塔を出て廊下を歩いていると、隣を歩くテオドルが笑顔で言った。

「いやぁ、セシル嬢。思ったより健闘されてましたよ」


「ええ……?そうかしら?アンナ様まるで天使みたいだったわ。ちょっとだけ、怖いくらいに完璧で」


リオが首を傾げる。

「セシル様、ご存知ありませんか?アンナ姫に長く仕えられた侍女はいないんですよ」


「え……いない?」

セシルの足が止まる。


リオは一瞬、口ごもってから言葉を選ぶように続けた。

「どの方も……“姫の本性”を見て、みんな辞めていくんです」


(本性……?)

セシルの脳裏に、“完璧なものほど、欠けた時が美しいと思わない?”と微笑む姫の姿が浮かんだ。


小さく息を吐く。

「……酸素、薄くない?」


「セシル嬢?」

「なんでもないわ。ただ、今日から少し息苦しくなりそうってだけ」


三人の足音が塔を離れていく。

新米令嬢の任務は、まだ始まったばかりだった。



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