11 あれ?任務ってなんでしたっけ?
昼過ぎ。
アランからの呼び出しを受け、セシルはアメリとサラを連れて応接間へと向かっていた。
「こ、ここって……さっき通ったところですよね?」
「いえ、先ほどは東側の廊下です。今は“ほぼ似てるけど違う”西側の廊下です」
「わかりにくいっ!!」
首都の邸宅は広すぎた。セシルは方向音痴を自覚していたが、それでも迷宮レベルである。
そんな主を見かねて、アメリが優雅に微笑む。
「ご安心ください、セシル様。帰りもご案内いたしますので」
「……ありがとう、頼もしいわ」
ただ、帰り道を覚える努力は、次回からにしよう。
ようやくたどり着いた応接間の扉が開かれると、そこにはアランと二人の男が待っていた。
一人は、黒髪で前髪が少し長く、鋭い目つきをした青年。
もう一人は短髪で、にかっと笑う快活な青年。
空気の違いが一瞬でわかる。
前者は“怖そう”、後者は“話しかけやすそう”。
セシルの頭の中ではすでにラベルが貼られていた。
アランは椅子から立ち上がると、手短に言った。
「座れ。任務について説明する」
セシルはソファに腰を下ろしながら、首をかしげる。
「……任務?お姫様のなくし物捜索係じゃなかったんですか?」
短髪の青年がくすっと笑う。
「まぁ、ざっくり言うとそんな感じです」
「ざっくりすぎません!?」
「テオドル」
アランは軽くため息をつき、机の上の資料を指で叩いた。
「今回は“なくし物”がどこに消えたかを探るのが目的だ。だが相手が貴族派閥の関係者の可能性がある。念のため、護衛をつける」
「護衛……?」
(……ただのなくし物じゃないの?)
アランの隣に立つリオが、静かに一礼した。
「近衛第二師団所属、リオ・オールソン。以後よろしく」
「同じく、テオドル・ヴァインっす!セシル嬢をしっかり守りますよ!」
セシルは一瞬だけ笑って、すぐに真顔になった。
「……あの、命がけの任務とかじゃないですよね?」
「任務の詳しい事情は後で伝える。ただ……念のため確認しておく。護身術は得意か?」
アランの淡々とした声に、セシルはピタリと固まる。
(護身術……?護身術って、あの本で読んだ“華麗にナイフをかわすヒロイン”のやつ!?)
「できるわけないじゃないですか。引きこもり歴何年だと思ってるんですか」
「だろうな」
「なら、聞かないでくださいよ!」
アランは無表情のまま、淡々と続ける。
「そうだろうと思って護衛をつける」
セシルは思わず目を見開く。
(え、待って。いきなりそんな大層な役職つけられても!社会人不適合者には荷が重いわ!)
隣で黒髪のリオが小さく笑う。
「まあ、安心してください。私たち二人がついてますから」
短髪でにこやかなテオドルも頷きながら、
「任務中は俺もついてます。危なそうだったら、私に任せてくださいね!」
セシルは両手で顔を覆い、心の中で叫ぶ。
(護衛つきって、引きこもりに対する“手厚すぎる安全保障”?福利厚生なのかしら……それとも外出支援プログラム?)
そっと指の隙間から様子をうかがうと、黒髪の青年リオが無表情に立ち、もう一人の短髪の青年テオドルがにかっと笑っていた。
(え、笑顔がまぶしい……! ちょっと外の世界の人って感じ……!)
アランはそんなセシルの動揺をよそに、さらりと告げる。
「二人には既に事情を話してある。お前のサポートも任務の一環だ」
(サポート……って、まさか生活指導とかじゃないでしょうね!?)
アランの静かな声が応接間に続く。
「今回の任務は、皇太子の娘、アンナ姫の“なくし物”の捜索だ」
「……だから、最初に言ったじゃないですか、“なくし物捜索係”だって」
「そうだ。だが、そのなくし物が少々、面倒な背景を持っている」
「……面倒?」
「現在王宮には、皇太子派と、現皇帝の弟殿下派の二つの派閥がある。姫はその狭間にいる」
「あの、私、ただの引きこもり伯爵令嬢なんですけど。派閥争いとか……」
「関係ないとは言い切れないな」
「ひぃぃ……!」
セシルは緊張しながらも心の中で叫ぶ。
(え、待って。なくし物ってそんなに重たい響きあった!?)
セシルは小さく眉をひそめ、声を震わせながら訊ねる。
「ち、ちなみになくした物って何ですか?」
アランは淡々と答える。
「皇帝の御城内の隠し通路の地図だ」
セシルは目を丸くして、思わず息を呑む。
「……えっ、地図って……隠し通路の地図ですか?」
「そうだ。些細ななくし物とは言えない。王宮の秘密に関わるものだ」
セシルは眉をひそめ、思わず声を荒げる。
「そんな大事な物、なくさないでくださいよ!」
アランは無表情のまま答える。
「正確に言うと、盗まれたが近いな」
セシルの目がさらに大きく見開かれる。
(……な、盗まれた!?引きこもりの日常、完全にぶっ飛んだ……!)
リオとテオドルも静かに視線を送る。
アランは淡々と頷き、低く呟く。
「そういうことだ。気を抜くなよ」
その声には、無表情ながらも重みと圧があった。
「拒否権はありますか?」
「あるわけないだろ」
「ですよね……了解したくないけど、承知いたしました」
セシルは俯きながら、かろうじて声を絞り出す。
馬車の中で夢見た小説のヒロイン。
華麗に事件を解決する自分を妄想したがもう想像できない。
引きこもりの日々は確実に終わったのだと、セシルは実感せずにはいられなかった。




