09 毒舌な侍女と、赤毛の侍女
ロイに案内され、実家のベルモンド家から連れてきた侍女サラが部屋にやってきた。
ドアが閉まると同時に、セシルはソファに身を投げ出し、ほっと息をつく。
「はぁ〜……緊張した。このお屋敷、広すぎない?迷子になるかと思ったわ」
セシルは軽く髪をかき上げながら、隣に立つサラへと視線を向けた。
実家を出る際、唯一わがままを通せたのは“このサラを連れて行くこと”。
「サラが一緒に来てくれて、本当によかったわ」
だが当のサラは、眉ひとつ動かさず冷静に言う。
「わたしはベルモンド家に残りたかったんですけどね」
「ひど〜い!」
セシルはわざとらしく肩を落とし、ソファに沈み込む。
「私が心を開けるの、サラだけなのに!」
「それは重いです」
相変わらずの毒舌。けれど、このやり取りができるだけで少し安心する。
そんなとき、ノックの音が響いた。
扉を開けて入ってきたのは、赤毛に丸眼鏡をかけた若い侍女だった。
「お嬢様にお仕えすることになりました、アメリと申します」
その声は明るく、どこか芝居がかったように弾んでいる。
セシルは慌てて姿勢を正す。
(が、ガブリエル家の侍女さん……!絶対きっちりした人に違いない……!)
ガブリエル家が侍女をつけてくれるのはありがたい。
だが、初対面の相手にはどうしても緊張してしまう。
そんなセシルの内心をよそに、アメリはにこにこと笑みを浮かべていた。
アメリは丁寧に一礼すると、部屋の中を手際よく見回した。
「こちらのお部屋、午後にはお荷物がすべて届く手筈になっております。何か不足があれば、どうぞ遠慮なくお申し付けくださいませ」
完璧な口調と立ち振る舞い。
(やっぱり……きっちりした人だった……!)
セシルは背筋を伸ばし、妙にかしこまってしまう。
「ありがとうございます。あの……その、よろしくお願いします」
「はい、精一杯お仕えいたします!」
にこやかに微笑むアメリ。
その目元は、どこかキラキラと好奇心を帯びていた。
サラがちらりと横目でアメリを観察する。
「(なんだか……妙にテンション高い侍女ですね)」
「(ね……でも意地悪はしなさそうね)」
セシルがそう囁くと、アメリは何かに気づいたように振り返り、
「お嬢様、書物がお好きなんですね」
と、テーブルの上の一冊を見つめて微笑んだ。
セシルは慌てて本を抱きかかえる。
「え、あ、はいっ!その……暇つぶしに……!」
(ま、まずい!この本、“オタクの聖書”って言われてるあの……!)
頬を引きつらせるセシルをよそに、アメリは柔らかく笑った。
「とても、素敵な趣味だと思いますよ」
セシルは固まる。
(……ん?今の言い方、なんか含みがあったような……?)
だが、アメリはすぐに完璧な笑顔でお辞儀した。
「それでは、今夜のお食事の準備が整い次第、お呼びいたします」
去り際――アメリの口元がほんの少しだけ、悪戯っぽくゆるんだ。
扉が静かに閉まり、部屋に静けさが戻る。
セシルはソファにどさっと腰を下ろし、力が抜けたように大きく息を吐いた。
「……ふぅ〜〜!あの人、完璧すぎない?笑顔が優しいのに、なんか“裏”が見えないっていうか……」
サラは腕を組み、冷静に頷く。
「ええ。あの完璧さ、逆に怖いです。笑顔が張り付いていましたね」
「ほんとそれ。それに……」
セシルはちらりと、ソファの上に置かれた一冊の分厚い本を見た。
その表紙には、漆黒の鎧に身を包んだ王と、金髪の近衛騎士――。
そう、“オタクの聖書”と呼ばれる伝説の物語――
国王×近衛騎士の禁断BL大作である。
「……今の侍女さん、この本見て“素敵な趣味だと思います”って言ってたのよ」
「……え?」サラの眉がピクリと動く。
「ね?普通の人は、あの表紙見て“素敵”とは言わないのよ!」
セシルは身を乗り出して力説する。
「つまりあの子……“同志”の可能性ある!」
サラは呆れ顔で溜息をつく。
「サクッと感情を読めば話は早いですよ」
「だーめ。そういうの、勝手に使うのはマナー違反なの」
セシルはむっとして頬をふくらませる。
「……でもまぁ、身の上の安全の為なら少しね…」
「ちゃっかり使ってるじゃないですか」
「全部じゃないわよ!ほんのちょっと!勝手に入ってくるからしょうがないでしょ!」
セシルは両手をぶんぶん振って否定した。
「で、何がわかったんです?」
「好奇心。あの人からはそれしか感じなかったわ」
「……やっぱり、読んでるじゃないですか」
「ちょ、ちょっとだけって言ってるじゃないの!好きで読んでるんじゃないの!」
サラの冷めた視線に、セシルはソファの上でジタバタする。
そして外の廊下の向こう――
アメリが、なぜか口元を押さえて笑いをこらえていた。




