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05話 モボンにそそぐ魔素の滴


ノエルがそっと扉を開く。

足元の板張りの床が少し軋み、静かな空気に揺れが生まれた。もしかしたら寝てるかも?と思い、抜き足差し足というように歩み寄っていく。


しかし、ノエルが部屋に入ってきたのに気付いていたようだ。ベッドの横に敷かれている、小さく柔らかな布団。かつて、自分が幼かった頃にくるまっていたもの。


今はそこに、あの巨大スライム——モボンが身を休めている。


「あ、起こしちゃった?ごめんね。 ただいま」


ノエルが声をかけると、スライムがもそもそと動きを見せた。ぷるぷる。表面が揺れて、小さく波打つ。


「あ、いいよいいよ。そこにいて。モボン、今日はお土産があるんだ」


そっと近寄って、抱えていた瓶の蓋を開く。

中に入っているのは、昼間に汲み上げた魔素の宿った水。元気になるといいけど……と呟きながら、ノエルはそろそろと、モボンの上に垂らしていく。透明な滴が体に溶け込み、小さく広がっていく。


「モボン、どう?」


少しだけ、スライムがほんの少し大きく揺れた。


「喜んでるみたい。よかった~」


安心した気持ちに胸が温まっていく。

それと同時に、今日の疲れもどっと溢れてくる。


「疲れた~〜〜……。 わたしも休もぉ~〜……」


パタン。ベッドに倒れ込み、仰向けに体の向きを変えて、ぼんやりと天井を仰ぎながら、ノエルはそっとつぶやく。


「ねぇ、モボン。今日はいろいろあったよ」


モボンが聴かせて!と言わんばかりにぷるぷる揺れる。

それからノエルは一つずつ今日あったことを話した。


モボンの元気の為にヒュグラ川に魔素入りの水を汲みに行ったこと。

慣れない遠出に帰るのが遅くなって少し怖かったこと。

家に着いた時の安心感。


それから。


ヒュグラ川で、一匹のスライムがぐったりしていたということ。母にお願いして回復魔法をかけてもらい、自分も必死に「助けたい」と願ったということ。依然元気に回復してはいないという辛さも。


「きっとね……。モボンも私も……あの子と仲良くなれると思うんだ。元気にしてあげたいの……」


安心に溶け込みながら、ノエルのまぶたも少しずつ重くなっていく。


「明日……モボンに……紹介するから……ね……」


ノエルの大冒険な一日はここで幕を閉じた。



---



エレノーラはノエルが部屋に戻ったのを確認してから、アリオスの帰宅を待つべくリビングの椅子に腰を下ろした。


ぼんやりと思い返すのは、先程のあのスライムのことだった。


魔素のない魔物というものがそもそも存在するものなのか?というより、あの色合いや状態も従来のスライムとはあまりに異なっている。果たしてあれを「スライム」とよべるものなのかも分からない。見た目は確かにスライムだと思うのだが。


エレノーラは、過去に出会った強力な魔物と対時した経験から、魔物に対しては慎重に対応するようにしている。


とは言え、フォルド、モボン、そしてあのスライム……

そうした「未知のもの」と向き合ううちに、少しだけ警戒心も薄れてきている。とは言っても、不安は完全に消えてはいない。


そもそも、ヒュグラ川近辺に生息しているスライム自体が少ないという。理由は、あの辺りは魔族領に近く、より強力な魔物が徘徊してため、弱いスライムなどの種は生きていけないからだそうだ。その代わり、ヒュグラ川周辺は魔物の数が少ない。ノエルが魔物に出くわさなかったというのも、これが殆どの理由である。


「無事に帰ってこられてよかった……」

エレノーラはノエルが無事に帰ってきたことを思い出し、再度そっと胸をなでおろした。


ギィ……


玄関の扉が開き、アリオスが帰宅した。

アリオスの側には従者のように控えているゴーレムがいた。「フォルド」と名付けられている。このゴーレムは外見こそ人間に近いのだが、よく見ると腕の関節や足の継ぎ目に人工的なパーツがあるため人ではないことが分かる。


フォルドは「使役スキル」を持つものの従者として創造されたもので、現存三体存在しており、アリオスの家に世世にわたって継承してこられてきた。フォルドのように自立して動くという機能が備わっていないゴーレムは珍しい。だが「使役スキルの者と五感を共有できる」という高度なものは非常に稀なのである。アリオスはフォルドに使役スキルを使い、五感を共有して遠くまでノエルを探していたのだ。


アリオスはフォルドを扉の横に控えさせ、自身はエレノーラの向かいに腰を下ろした。


「……今日のノエルの行動は危険だった」


アリオスが最初に口にした言葉に、エレノーラも同意する


「えぇ、本当に……だけど、あの子が真っ直ぐに、優しく育ってくれているということもよく分かりました」


アリオスも静かに頷いた。


モボンの調子が思わしくないことは、アリオスもエレノーラも把握していた。アリオスは、来週あたりにこの辺りを巡る行商から、使役魔物専用の魔素回復ポーションを仕入れるつもりでいた。エレノーラもそれを承知しており、ノエルにも前もって話していた。


けれど── ノエルは、それまで待てなかったのだ。


「私たちは、ノエルのことを理解しきれていなかったのかもしれないですね……」


エレノーラの呟きに、アリオスは深く息を吐いた。



── 今後、同じようなことが起こらないように見守るべきか。

── 決め事やルールを設けた方がいいのか。

── だが、それは彼女の成長を縛ることにならないか……。


いくつもの意見が交わされたが、すぐに答えは出なかった。

気づけば、ふたりは静かに黙り込んでいた。


少し間を置き、話題はあの「スライム」に移っていく。

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