47話 聖属性の親子
ほんのりと暖かな日差しが、カーテンの隙間から差し込む。
「……ん……」
ノエルはまぶたをぱちぱちと瞬かせ、もぞもぞと寝返りをうとうとした…… が、思いのほか身体が重たい。
「……お、おも……?」
目を開けると、そこにはぷるんと波打つ透明のかたまり。
「モボン、まだ乗ってたんだね……おはよう……」
胸の上で薄く広がって布団のようになっているモボンに、ノエルは目を擦りながら挨拶をする。普段の寝起きより体が重たく困り笑いを浮かべる。
(……うぅ、流石にちょっと体が痛いかも…… でも、一緒のベッドで起きれたの、ちょっぴり嬉しい!)
苦笑しながら手を伸ばすと、モボンはぷるりと震え、するりとスライム状に戻った。まるで「気にしてないよ〜」とでも言いたげに、明るく弾むような動きだった。
「ありがと、モボンっ」
ノエルが背中を伸ばして身体を起こすと、ふと気づく。
「……あ、リーヴ、もう起きてたの?」
枕元には、まるでずっとそこで待っていたかのように、じっと静かに佇むリーヴの姿。けれど、妙に朝の空気と馴染んでいる。そして、ふとノエルは昨日のことを思い出した。
「……はっ! 今日は、スクロース、ママとやるんだった……!」
思い出した瞬間、ノエルはぱっと顔を輝かせ、勢いよくベッドの上で跳ね上がる。
「やった! 早く準備しなくちゃ!」
勢いで跳ねたせいで、ベットの横に降りたモボンを踏みそうになる。
「わ、ごめんモボン!」
ぷるっ
怒る様子もなく、モボンはぽよんと跳ねて、ベッドの下に避けた。
そんな慌ただしさの中。
ぐぅ~~~……
と、ノエルのお腹が遠慮なく鳴る。
「えへへ……でもまずは朝ごはん、だねっ!」
ノエルは二匹のスライム達に笑いかけた。
「ノエル~~~? 起きてる~~~?」
すると、廊下の向こうから、エレノーラの優しい声が聞こえてきた。
「はーいっ!」
声を張り上げて答えたノエルは、勢いよく扉の方へ向かう。
「よしっ、モボン、リーヴ! 今日もがんばるよっ!」
勢いそのまま、少女とふたりのスライムの新しい一日が、にぎやかに始まろうとしていた。
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朝食も終わり、早速と言わんばかりにノエルは屋敷の中庭でスクロースを広げて待っていた。そこに、食器を片付けたエレノーラが手を拭きながら登場した。
「── さて、ノエル。まずは前回の復習から、やってみましょうか」
「うん! 見ててママ! 上手になったんだからっ!」
ノエルは張り切って、庭の中央に立つ。
体の前で両手で円を作り、ノエルは静かに呼吸を整える。目を閉じて── 魔素の流れを“感じ取る”。その手には、以前とは比べ物にならないくらい滑らかに魔素が巡っていた。ノエルがエレノーラから言われた練習をきちんと行い、自然と魔素が巡る感覚を完全に掴んだ証拠だ。
「……すごいじゃない、ノエル! ママビックリしちゃった。 前よりずっと安定しているわ」
「えへへ〜、すごいでしょ! リーヴに教えてもらったんだ!一緒に練習してるのっ」
「リーヴに?」
エレノーラは、スクロースの隣にちょこんといるリーヴを見る。すると、リーヴも、ノエルと同様に魔素を巡らせ始めた。
「これは…… もっとビックリしちゃったかも」
「えぇ〜? ……でもまぁ、しょうがないか〜。 わたしよりリーヴのほうが上手だもん」
ヘソを曲げてしまいそうなノエルに、エレノーラは慌てて弁明した。
「そんなことないわよ!ノエルも上手よっ! ……それに、リーヴは魔物だから、そもそも私達より魔素の扱いが優れていて当然よ? スライムの体は殆どが魔素で構成されているから、余計にこういった魔力操作が得意なのかもしれないわね」
「……そうなんだ! わたし、リーヴより先にママに教えて貰ったのに、リーヴのほうが上手だったからちょっぴり悲しかったの…… でも、リーヴのほうが先に魔素を使えたんだね!」
「そうよ。 それに、ノエルはこれから魔法をスクロースで扱えるようになるわ。 今度はリーヴに教えてあげる側になるかもしれないわね」
「ノエル、先生になれるの! やった!」
「ふふ…… それはノエルの頑張り次第かしらっ? ……少し待ってちょうだいね」
エレノーラは、後ろに手を持っていき、髪を後ろで軽くまとめた。その姿を見て、ノエルも後ろで髪を括ろうとした…… が、ノエルの髪の長さでは括ることができなさそうだ。
「わたしもママみたいに髪の毛伸ばそっかなぁ……」
「……動きやすくするためにまとめているのよ?」
「髪の毛結んで、大人っぽくて、かっこいいもん!」
「あらあら…… おませさんなんだから」
ノエルは、それにね…… と、こう続けた。
「ママみたいになりたいからっ!」
その言葉に、エレノーラはふと胸がざわついた。
これは、単なる髪型の話。きっと、そう──
けれど、どこか不安になってしまうのは、ノエルの中に、自分と同じ“属性”が流れているせいかもしれない。少女の無邪気な願いは、いつか少女自身を苦しめてしまうのかもしれない…… 心のどこかを締め付けられるように感じた。
エレノーラの目がふと伏せられる。
「……ありがとう、ノエル」
それでも──
娘のその言葉は、まるで澄んだ水のように、心の奥まで染み込んできた。エレノーラの優しさや姿勢までも、ノエルはちゃんと見ていたのだ。母親としてのエレノーラのように、なりたい、そう娘が言っているのだから、嬉しくないわけがない。エレノーラは、ノエルから親子の温かさを教えて貰っていた。
「じゃあ、“ママみたい”になるために、魔法もたくさん教えないとね」
エレノーラはもう覚悟を決めていた。
始めは単純に、ノエルの安全も兼ねてだった。しかし、状況は変わった。同じ聖属性を持つ親として、少女の身を守る術を教えなければならないと、そう心に決めたのだ。
「うん!! わたし、もっとがんばるっ!」
その太陽のような笑顔に、エレノーラは何度も救われてきた── それはきっと、これからも。




