45話 ぷるぷるスライム、忍び寄る夜
「よいしょっ、とぉ!」
お風呂を終え、歯も磨いて、パジャマに着替えて── ノエルは、ふわふわのお布団に、ぽすんっと飛び込んだ。
「 今日はいっぱい歩いたな〜……」
ふわ〜っと、ひとつあくびをする。くるりと体をひねり、枕の位置を整えた。そして、いつも通り、両腕を伸ばして、隣の寝床にいる“いつものふたり”に声をかける。
「ねぇモボン、リーヴ。今日パパに買って貰ったスクロース、すぐ使えるかな? 楽しみだねっ!」
ふたりとも、返事はない。だが、ノエルはそれでも返事を貰ったかのように満足していた。
「えへへ…… 明日から、また練習だ〜……!」
うとうとしながら、目を細めたそのとき──
むにゅ。
「……んぇ?」
なにかが、胸のあたりに重なった。
「……モボン?」
視線を落とすと、そこにはいつの間にか、ノエルの胸の上に乗っているモボンの姿があった。
「な、なぁに? どうしたの?」
ノエルはくすぐったそうに、ちょっとだけ眉を下げる。
一方その頃──
モボンの内側では、静かに、とある思いを胸に秘めていた。
(こっ……これ、やっぱり怪しさ満点じゃないですかね?)
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── 数日前。
いつものようにモボンは庭先で日向ぼっこをしていた。ふと気配を感じて振り返ると、草陰からポロがのそり、と現れた。
(よう、モボン)
(ふぃっ!? びっ、びっくりしたじゃないですか、ポロさん……! いきなり出てこないでください!)
(ったく、ほんと体のデカさの割に気の小せぇスライムだな)
(こんなの誰でも驚きますよ!)
ポロは、前足で地面をゴリゴリと掘ってから、まるで儀式のように座る。
(前回の続きだ。第二回、『リーヴとノエルのなかよし計画』を決行するぞ)
(また随分と唐突ですね?)
(そんなことねぇだろ。お前らが使役スキルで特訓したり、外行ったりして遊んでる間に、俺は俺で作戦練ってんだよ。つーか、俺も連れてけ)
(そ…… それについてはごめんなさい。でも、遊んでは無いです)
(まっ、俺は犬だし? 毎日ノエル嬢と散歩行ってるから、寂しくは無いが?)
未練たらしそうにそんな捨て台詞を吐く。ノエルに使役されているモボンとリーヴ達と、家にずっといるポロとでは、イベント事で関われる時間がどうしても少なくなってくる。ポロにも思うところがあるのかもしれない、とモボンは思った。
(今度ノエルちゃん達とお出かけそうな時は、ポロさんにも事前に声かけてみます。ついて行けるかは分かりませんけど……)
(ほんとか!? ……まぁ、期待せずに待ってるぞ)
尻尾をブンブン振って喜びを隠せていないポロ。そんな様子を見てモボンはクスリと笑う。
(素直じゃ無いですね)
(……うるせぇよ)
そして、元の話題にモボンが戻す。
(それで、良い作戦は思いついたんですか? 。…先に言っておきますけど、前回みたいな提案したら即却下ですからっ!)
(大丈夫だ、今回のは自信がある。それに、作戦に俺が関わらないからな)
(今回の"は"、って、じゃあ前回のは断られるの分かってたんじゃ無いですか……。……って、え? ポロさんが関わらないってどう言うことですか?)
(考えてみたんだが、一番ノエルとリーヴが一緒にいる時間っていつだと思う?)
(……えーと、使役スキルの練習?)
そのモボンの答えにポロはふっ、と眉間を上げて小馬鹿にした表情をする。
(毎日やってねぇのにそんなわけないだろ)
その表情にモボンはムッとして反論する。
(じゃあ、いつなんですか? またお風呂とか言ったら押し潰しますから)
(前やられてるから冗談じゃ済まねぇだろ、それ)
(はい。 大マジで言ってます)
(こぇぇよ。 だが、案外近いかもしれねぇけどな)
(……?)
(正解は"ノエルの部屋"。要するに寝てるときだよ)
その言葉に、モボンは更に深くハテナを浮かべる。
(……でも、私もリーヴさんも、ちゃんと専用のベッドをノエルちゃんが作ってくれてますよ?)
(なんか前、ノエルを夜這いしたって言ってたろ?)
(そんなこと言ってませんから!? 人聞き悪いこと言わないでください!)
(人じゃねえだろ)
(何でも良いです! 夜這い、なんてしてません! 前言ったのは、リーヴさんを連れて帰ってきた日、ノエルちゃんがボロボロだったので浄化でキレイにしたって話です)
そして、その言葉を聞いて、ポロは前足をモボンに出す。どうやら指差しをしているつもりのようだ。
(そう、それだよ。それ、またやれ)
(── はい? 浄化をする理由も特にないですし、それとリーヴさん、ノエルちゃんが仲良くなることに何の関係が……?)
(浄化は重要じゃ無い。お前とリーヴとノエル。三人で一緒に寝てみろ)
(えぇ!?)
(だから、夜になったら、同じ布団に入って、川の字みたいに──)
(だから、寝床が……)
(いいからやってみろ。昔から言うんだ、“同じ布団で寝ると仲良くなれる”ってな)
(え、それ…… 根拠とかあるんですか……?)
(アリオスとエレノーラもたまにヤってるからな)
(えっ、アリオスさんとエレノーラさんまで?)
その意味を理解してなさそうなモボンを無視して、ポロは続ける。
(あとな、ノエルはそろそろ“いろんな意味で”敏感になってくる歳だ。お前らがちゃんとそばにいるって、安心させてやるのが先だろ?)
(……すぐ横のベッドでいつも寝ていますよ?)
(ばっか、お前…… 触れ合うぐらいの距離感ってのが大事なんだろうが。スライムだって、ぬくもりくらいあるだろ?……それに今回重要なのは、モボンとノエルの嬢ちゃん、じゃ無い。お前が先にノエルの布団に忍び込んで、一緒に寝たそうに甘えろ)
(そんな!! は…… 恥ずかしいです!!)
(役者だと思ってやりきれ、じゃなきゃ俺がやることになる)
ポロの冗談に、モボンは真剣な空気を出す。
(あ、それはダメですね。 頑張ります)
(マジで俺、信用ねぇな。……まっ、それしか選択肢がねぇからやってみろ。そんで、モボンが入ってきたなら、ノエルの嬢ちゃんなら十中八九、リーヴもベッドに入れるだろ。来なきゃ、最悪リーヴをベッドにぶち込め。 ── とにかくだ。リーヴも一緒に、これが必須だ)
そう言ってポロは、鼻を鳴らした。
モボンは、少し考え込む。そして、とある"別の"計画を実行することにしたモボンは、そのポロの考えた計画に乗ることにした。
(── 分かりました。 やってみます)
(……? なんだ、随分素直だな。……じゃ、よろしく。俺は俺で、寝床に戻るわ)
スタスタと去っていくポロの背中を見つめながら、モボンは不満げに震えた。
そして、モボンは静かに青空を見上げた。
(……でも、やらなくちゃ。"ノエルちゃんの"ためにも……)
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(……ってことでやってますけど……ほんとに大丈夫かなこれ……)
── そして、場面は再び夜のノエルの部屋へと戻る。




