43話 セラフィスの名を知る者
リィは、モボンのほうを向かず、アリオス達を見たままの状態で魔会感応を使った。話しかけておいて、まるで話す価値がない、といったような態度だ。リーヴは、そのリィの行動に即座に対応し、魔会感応の傍受に成功していた。
── 解析完了
── 傍受開始……
(……大きい方のセラフスライム、あんたに聞きたいことがある)
モボンは、リィの棘のある態度と言葉に萎縮した。
(いや、聞きたいこと、というよりも伝えておくべきことかね……)
リィは、そんなモボンにお構いなく言葉を送り続ける。
(あんた、"セラフィス"絡みだね?)
その言葉に、一瞬だけモボンがビクッと反応する。そして、リーヴもその言葉に反応した。
── 未知の固有名詞を確認
── 単語:"セラフィス"
── 照合中……該当データなし
── 認識不能な名称。分類保留
(天界の使いがこの家族に何の用だい。使役されているのは、それも指令のうちかい?何にせよ、この家族に害を為すのはやめておきなさい。もっともうちの番犬がそれを許さないだろうけどねぇ……)
リーヴは、リィの口にした言葉の意味を次々と処理していた。
── 対象:モボン。天界の使いである疑惑有
── 天界の使い:詳細不明。指令の存在を確認
── 使役主:ノエルに対する危険性を算出中……
── 算出不可。行動予測:不能。
── "番犬"を指す個体:ポロである可能性高
── 処理順を変更します
── 対象:リィ=セラン。 使用スキル《魔会感応》
── スキルの特性と発言から推定…… 完了
── "魔族系"もしくは"妖精系"の魔物の可能性高
── 特異個体、高位種と仮定……
── 以後の監視対象へ追加
すると……
ポロですらリーヴの傍受には気が付かなかった。
しかし、老婆は違っていた。
今度は、チラリと目線だけリーヴに向ける。
(……ほう、あたしのスキルに対応できる、っていうのかい? つくづく面白いねぇ……)
リーヴはそれでも動揺を一切見せず、沈黙している。そんな反応を見て、こうリィは続けた。
(どうやら、あんたが関わって"また"先が変わったみたいだね。それに……前まで因子の構造が感じられなかったが、あんた、まだ複数の因子を持ってる。そうだろう?)
リーヴの返事など待たず、まだリィは続ける。
(忠告…… いや、警告しとくよ。……下手にその力を使い続けると、災いを呼ぶ。必ず悲劇が起きるだろう。そのまま"セラフスライムの枠"から出るんじゃないよ。それが出来ないのなら、お嬢ちゃんから離れなさい)
そう、リィはリーヴに伝えた。
この間、実に1秒も経たない内に行われた一瞬の出来事だった。完璧にスキルを使いこなしている何よりの証拠だった。
リーヴは静かにその言葉を受け取る。リィもそれ以上は言わない。
ただし、その視線には、魔物でありながら理を超えて会話を傍受した異質な存在── リーヴへの深い関心が、確かに宿っていた。
そして、そんな一瞬の出来事に反応していた存在がもう一人いた。
── ノエルだ。
リィに何か変わりがあったわけではない…… はずなのに。
"何か"を感じた。とても大きな、大きな渦のような力を。
強い違和感を覚えたノエルは、その空気を切り裂くように、アリオスの袖をグイグイと引っ張った。
「パパ……」
そして、今度は首を左右に振る。
アリオスは、何があったのか全く感じ取れていなかったが、そのノエルの様子を見て、リィに声をかけた。
「リィ姉さん…… そろそろ」
「そうさね。"面白い出会い"だったよ。……挨拶も出来たしねぇ。 またご贔屓に」
「あぁ、また必ず」
リィはにっこりと笑い、扉の外へ向かう一同を見送った。
店の扉がカラン、と音を立てて閉まる。
店内に静寂が戻る中、リィはため息を一つ吐き、背後にある古い椅子に腰を下ろした。
「── あの娘、気付いてましたね」
誰にともなく、そう呟いた。
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屋敷への帰路、来た道とは別のルートを使って、アリオス達はゆっくりと歩いていた。風はやや強く、草葉がわずかにざわめいている。
スクロースの包みとリーヴを抱きしめながらも、ノエルの顔はどこか浮かない。その足取りはいつもの軽やかさを失っていた。あんなに喜んでいたスクロースを持っているのに、はしゃぐ様子もないノエルに、アリオスはどうしたのか問いかけた。
「……ノエル? 疲れたのか?」
ノエルは一度だけ瞬きをして、顔を上げた。
「……ううん、そうじゃないの」
少し迷ったあと、ノエルはぽつりと口を開いた。
「ねえ、パパ……あのおばあちゃんって、本当に……鑑定屋さんなの?」
「……? リィ姉さんか?」
アリオスは手で顎を触り、片眉を上げて答えた。
「まあ、本人はそう名乗っていたよ。けど実際には、色々やってるみたいだったな。骨董品の収集とか、修理とか……」
「……そうじゃなくて」
ノエルは俯きかけていた視線をリーヴに落とし、それからアリオスに向けなおす。
「……あのおばあちゃん、多分ママよりも魔力が多い気がしたの」
アリオスは少しだけ驚いた。
「へえ、そんなふうに思ったのか?」
ノエルは首を小さく縦に振る。だが、確信が持てているわけではないらしく、どこか不安げでもあった。
「ママもすごいなって思うんだよ? でも……なんか……あのおばあちゃん、静かなのに、なんだかこうぐるぐるって……渦みたいな感じで……一瞬だったから、うまく言えないけど……」
アリオスは微笑んだ。
「はは……でも、それならパパも気づくはずだろう?……そうだろ、モボン?」
そう言いながら、アリオスは後ろからついてくるモボンに手を乗せた。声をかけられたモボンは、ほんの一拍遅れて「ぷる……」と反応する。だがその動きにはどこか鈍さがあった。
アリオスは首を傾げたが、さほど気に留めずに歩を進める。
「……そっか……パパがそう言うなら……うん……」
ノエルはそう答えたが、完全に納得しきった様子ではなかった。胸に抱えたスクロースをそっと見つめる。
そのとき── リーヴは、モボンの魔素の流れから、"迷い"や"焦燥"のようなものを感じ取っていた。
リーヴの視線が、背後でノエルたちを守るようにゆっくりとついてくる大きなスライムを捉える。
(── 対象:モボン 敵である可能性……)
だが、リーヴはそれ以上、何も言葉にはしなかった。
なぜなら、ノエルがモボンを「仲間」だと信じていることが、今は何よりも優先すべき秩序だったからだ。
風が通り過ぎたあと、ヒュグラ川のせせらぎだけが、淡く残っていた。




