42話 水玉
アリオスとリィが話している間、ノエルは店の棚や吊るされた品々を見上げて、きょろきょろと目を輝かせていた。リーヴを腕に抱き、モボンを背に引き連れて、まるで気分は宝探しの冒険者だ。
「うーん……どれも可愛いけど……」
確かに“同じ種類”の魔道具はたくさんある。ブレスレットだったり、首輪だったり、飾り紐だったり……でも、スライムの形には合いそうにないものばかりだ。
ノエルはリボンのついた首輪のような飾りを手に取り、そっとリーヴの頭にのせてみる。
「……あっ……ととっ!」
ぷるん、と音がしそうなほど軽やかにリボンが滑り落ちた。危うく落としそうになるがギリギリなところで受け止める。今度はモボンの上にも試してみる…… だが、固定されているわけではないので、動くたびに、やはりゆるりと落ちてしまう。
「……やっぱり……スライムにも合うお揃いのものって難しいかも……」
棚の品々を見渡しても、モボンやリーヴと“おそろい”にできそうなものは見当たらなかった。
「ないなら、しょうがないかぁ……」
ノエルは小さくため息をつき、リーヴを胸元でぎゅっと抱いた。ふとアリオスのほうを見ると、父は真剣な表情でリィと向き合っていた。何やら大事な話の最中のようだった。
(だったら、まだもうちょっとだけ見てていいかな……)
もう一度だけ視線を巡らせた、そのとき──
「……あっ!」
ノエルが何かを見つけたように、店の隅にある樽へぱたぱたと駆け寄る。
「これ……!」
樽に刺さった"紙"の中から一枚そっと手に取る。やっぱり、ノエルの思った通りのものだった。
そのとき──
「ノエル」
アリオスから声がかかった。
「── はーいっ!」
ノエルは嬉しそうに返事をし、胸元にそれをそっと抱きかかえた。
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ノエルは胸に抱きかかえたその紙を手に、駆け足でアリオスたちのもとへ戻ってきた。
「パパ、パパっ、これ見て!」
ノエルが嬉しそうに掲げたのは、一枚の魔道紙…… スクロースだった。大きさはノエルの身長の半分ほどで大きいサイズ、縁には青い装飾が施されている。中央には簡素な魔法陣が描かれていた。
「ん……これは……スクロースか?」
アリオスが紙片を覗き込むと、ノエルは元気に頷いた。
「うん! これが欲しいの!」
「おやおや」
リィがニヤッとからかうように声をかけた。
「"おそろい"は、見つけられなかったのかい、お嬢ちゃん?」
「……うん。リーヴやモボンにだと、リボンも首輪も、つけてもすぐに落ちちゃうの。……だから、代わりにこれがいいの!」
そう言って、スクロースをそっと両手でリィに差し出した。
「ほぉ……こりゃまた懐かしいものを見つけたねぇ」
リィは両手で紙片を丁寧に受け取る。
「もう捨てちまったと思ってたけど、まだ残ってたんだねぇ。このスクロースが欲しいのかい?」
「うん!……でも、先に聞きたいことがあって…… これって、魔力を込めると使えるんだよね?」
リィはスクロースを手のひらで一つ撫でて、今までより少しだけ鋭い目線でノエルの問いに答えた。
「そうさ。誰でも魔力を通せば、魔法が使える代物だよ。お嬢ちゃんにはちょっと危険だと思うけどねぇ」
「このスクロース、水魔法だよね? 他にも赤と緑と茶色のがあったから、多分水魔法だと思って……!」
「よく分かったね、正しくその通りさ。でも、そのスクロースはやめておきなさい。それは冒険者用、初級とはいえ、攻撃魔法のスクロースだよ」
「え…… でも……」
残念がるノエルに、アリオスが声をかける。
「ノエル、まだ魔法を習ったばかりだろう? 制御もできない状態では危険だ」
「そっか…… でも……」
ノエルは諦めていない。何か言いたげな様子だ。
「どうしたんだ?」
「あのね…… もし簡単な魔法だったら、リーヴやモボン達と一緒に出来るかなって」
ノエルは、このスクロースで、リーヴやモボンと“同じ魔法”を使ってみたかったのだ。以前、リーヴが魔素を操って円を描いたさまをノエルは見ている。それなら、きっとスクロースや魔法が使えるはず── そう、ノエルは確信していた。
「なるほどねぇ……」
それを聞いたリィは面白いそうに口を挟んだ。
「魔物にスクロースを使わせる、かい。使役師じゃなきゃ絶対に出ないユニークな発想だね……」
リィは、パンッと両手を合わせて音を出した。
「嬢ちゃん、ちょうどいいのがいるよ。アリオス、ちょっとこっちにきとくれ」
リィが椅子から立ち、ギィ…… と椅子の音が鳴る。そして、ちょいちょいと手でアリオスを手招きをする。
「この棚の上から二段目、左から四列目に刺さっているスクロース……そう、その縁が青いのを取っとくれ」
「これですか?」
指示通りにアリオスはスクロースを取った。
「あぁ、ありがとさん。……これは原初の水魔法"水玉"の永続スクロースだよ。単に、魔力で空気中の水分を水にする魔法だが、魔素を込めれば何度でも使える優れものさね」
「え!すごい!」
ノエルは目を輝かせてリィの手に持つスクロースを見ている。
「ただしね、そういった上位のスクロースっていうのは条件があるんだよ。これは単純で、使う時にこのスクロースが濡れてないといけない、っていう条件があるよ」
「おうちなら大丈夫! ……ねぇ、パパぁ……これ欲しい。 お勉強に使いたいの」
「……ふむ」
アリオスはちらりとリーヴとモボンを見やった。ノエルの腕の中にいる小さなスライムと、店内を興味なさげに眺めている大きなスライム。どちらも、ただの使役獣には見えない目の奥の深さがある。
「できるかどうかは……やってみないと分からないが。だが、使役スキルにも良い影響を及ぼすかもしれないな。……よし、リィ姉さん。そちらにするよ」
「ほんと!? やったーーーっ!」
ノエルはぱあっと顔を輝かせた。
「それじゃ、アリオス……」
「……!?」
リィがアリオスの前に代金の書かれた紙をスッと前に出す。そこに書かれた額を見て、アリオスは思わず口から息を吐き出しそうになった。
「……どうしたのパパ?」
「い…… いや、なんでもないぞ」
「……ふふ、助かるよ」
「……じゃあ、みんなで……!」
ノエルは嬉しそうに笑い、スクロースを胸に抱きしめる。すぐにでも試したい様子だったが、アリオスがひとつ咳払いをして声をかけた。
「ノエル、試すのはまたにしなさい。リィ姉さんの店の中では壊れ物も多い」
「あっ、そっか……」
ノエルは少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直して頷いた。
「今度ママとのお勉強会で、みんなで一緒にやってみるね!」
「使われてこそ、スクロースは価値がある。大事にしておくれ」
「うんっ!!ありがとう、おばあちゃん!パパも買ってくれてありがとう! ── パパだいすきっ!」
そのままスクロースとリーヴを抱えたまま、アリオスの足に擦り寄るノエル。
「……あぁ、パパもだ」
アリオスは足に寄りかかっているノエルの頭を、ゆっくりと撫でた。
しかし、老婆はこの隙を狙っていた。
ノエルの笑顔の裏で、リィ=セランはモボンを対象にスキルを使った。
その使用したスキルの名は……
──《魔会感応》
ポロが使っていた、"魔物同士で会話のできる"スキルだった。




