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41話 パパ、これも買っていい?




リィは、まだノエルの属性を示し輝き続けている四光石の上から、そっと布をかぶせて棚に仕舞う。ノエルは、あっ…… と少し残念そうな表情をした。その姿を見て、リィは当初の予定通り上手くいったことを確信した。そして、何事もなかったかのように、リィはアリオスに問いかける。




「さて…… 他にも、まだ用事はあるのかい?」


椅子の背にもたれながら、少しだけ口元を緩めて問いかける。


「おばあちゃん!」


ノエルが思わず、元気よくそう呼んだ。


アリオスは、あっ……と横目でリィをうかがう。アリオスがリィ=セランのことを"リィ姉さん"と呼ぶのは、二人が初対面のときに、そう呼ぶようにアリオスに言っていたからだ。


(しまった…… ノエルに呼び方を伝えるのを忘れていた……)





「なんだい、お嬢ちゃん」


リィは意に介した様子もなく、目元を細めて笑っただけだった。どうやらアリオスの杞憂だったようだ。機嫌を損ねられなかったことに安堵する。


 




「モボンとリーヴの属性も、見てほしいの!」


土台に置いていたリーヴは両手で持ち、グイッと前に出してアピールをした。




「ああ、いいよ。外にいるスライムもお呼び」


「モボン、おいでっ!」


ノエルの声に応え、モボンがむにゅっと体をくねらせ、店の入口から器用に中へと入ってきた。並ぶ薬瓶や積まれた箱を一切倒すことなく移動するその姿に、リィが感心したように唸る。


「ずいぶん賢いスライムだねぇ…… 使役されてるだけあるね」


「えへへっ、モボンはすごいんだよ!」


モボンを前に出させ、リィがいつも使っている鑑定石を手に取る。


「── さて、どれどれ……」


透き通った石越しにモボンを覗き込むと、石はふわりと水のような淡い青に光り、それから金色の輪が現れた。リィは軽く頷きながら、今度はノエルの腕に抱かれたリーヴの方へ目を向ける。


「じゃあ、あんたもね」


リィはまた同じように石をかざし、リーヴを覗き込む。


光は、まったく同じだった。






「……どうだった?」


アリオスが尋ねると、リィはニッと笑って答える。



「お嬢ちゃんとの相性は、バッチリだね。どっちもファーストが“聖”、セカンドが“水”だね。結果はリィ=セランのお墨付きさ」


「えっ……!? モボンとリーヴともお揃いなんて……うれし〜〜いっ!!」


ノエルは跳ねるように喜び、リーヴをぎゅっと抱きしめる。モボンもつられて、ぴょこりと一度だけ飛び跳ねた。


「お嬢ちゃん、お揃いは好きかい?」


「うん! 同じがいい!」


ノエルの迷いのない声に、リィはひとつ笑ってから、こんなことを言った。


「でもねえ── このままじゃ、誰がそのスライムを使役してるか、ちょいと分かりづらいよねぇ?」


「……え、そうかな……」


ノエルは自分の手の中のリーヴを見下ろして、ちょっと困ったように眉を下げた。


「そこでだよ、お嬢ちゃん!」


リィが声を張る。




「リィ=セランの庵には、魔物とお揃いのグッズがたくさんあるんだ。どうだい? 見てみないかい?」


「見るーーーっ!!!」


食い気味に即答するノエル。




「ほれ、店の中を見て回ってみなさい。どれでもパパが買ってくれるだろうさ」


「えっ!ほんと!? パパ、ねえパパ! 買ってくれるのー!?!?」


ノエルは目をキラキラ輝かせてアリオスの顔を満面の笑みで見つめる。これでダメ、というほうが難しい。アリオスはそれを見て、肩をすくめるしかなかった。


「……ママには内緒だぞ?」


「わーーい!! モボンもおいでー!!」


リーヴを抱えたノエルは、モボンを連れてお揃いを探しに店内を回り始めた。







「やられたな……」


「お嬢ちゃんへのプレゼントは、何も一つである必要はない、そうだろう?」


「……敵わないな。初めからこのつもりだったのか?」


嬉しそうに店の奥を物色し始めるノエルを見ながら、アリオスは深くため息をついた。





リィが少し遠くを見て、ぽつりと口を開く。


「半分はそうさね。 ……まだ別の用事があるんだろう?」


リィは、まるで見透かしたようにアリオスへそう問いかけた。アリオスはこくりと頷いた。




「あぁ、流石だな。実はモボン…… 大きい方のスライムだが、実はあのスライムも、この辺一帯で起きている異常…… 魔物の魔素不足による弱体化の影響を受けていたんだ」


「ほう、それで? ピンピンしとるようじゃが?」


「ノエルがヒュグラ川で汲んだ水をかけると、翌日には元気だったようなんだ。他の魔物達にも同様にすれば、一時的にこの問題が解決できるのではないか、貴方に聞きに来た」


「ヒュグラ川の……? あんたそりゃあ……」


一瞬だけ、リィの表情が強張った。




「なんでお嬢ちゃんを止めなかったんだい?」


「いえ、私達が知らない間にノエルが屋敷を抜け出して……」


「そうじゃない。ヒュグラ川の水をかけたほうだよ。あんた、あの川の魔素が汚染されていることを知らないのかい?」


「汚染? しかし、妻もそれに関して何も言わなかったが……」


「魔素、の状態ってのはもっと奥深いもんだよ。目に見えるものが全てじゃないのさ。おおよそ、汚染された魔素を被ったが、セラフスライム特有のスキルで浄化した、という筋かね。ディルノールで習う筈なんだけどねぇ……」


ちいと勉強不足かね、とリィはお小言のように付け加えた。しかし、アリオスはそんなことを知っているリィのことを不思議に思った。





「ディルノール家を知っているのか?」


「あたしは情報屋もやってる、と言ってなかったかい? ディルノール家なら随分と情報があるよ。これ以上知りたいなら、流石に料金を上乗せしてもらわないとねぇ……?」


「……遠慮しておくよ」


「そうかい? 残念だね」


全く残念そうではないが、リィはそう言った。





「別の件についてあと二つ聞きたい」


「内容次第だが、なんだい」


「一つは、先ほどの属性鑑定についてだ。小さい方のスライムも聖・水スライム、といったが本当か? 本当ならセラフスライムだろう?」







「それなら料金の範囲内だね、先ほども言っただろう? リィ=セランのお墨付きさ。随分とまぁ、珍しい変わり種を次から次へと見つけたもんだよ」


「……やっぱり、あの子は特別なのかもしれないな」


「フフ、親バカだねぇ」


そんな会話のあと、アリオスがふと尋ねた。




「では二つ目だ。忙しい、と言っていたのはどうなったんだ?」


「同じ症状の魔物を連れてきていた者達の話かい? あたしの持ってる薬じゃ効かないもんだから、噂が広まっちまったのか来客も随分と減ったよ」


「ということは、やはりまだその状況は変わっていない、ということだな……」


「あたしとしちゃあ、客足が遠のいた事実のほうが大問題だがね。……まぁいいさ。そろそろ潮時だと思ってたからね。アリオス、あんたにも伝えておかないといけないと思っていたところさね。次にイルーシャの町に用事で出るとき、もう庵も畳もうかと思ってね」









「それは…… 随分と唐突だな。理由を聞いても?」


「野暮用だよ、この歳まで放っておいたツケを払いに行くのさ」


リィは苦笑交じりに言う。




「もし、何かあれば……私に出来ることがあれば手伝わせてください」


「おや、そんな丁寧な言葉遣いも出来るんだねぇ。言ったね? 忘れないよ、アリオス」


「もちろんだ。……出発は、いつ頃を?」


「医者と会うのがひと月後。その四日前には荷馬車が来る手はずになると思うよ」


「そのときは、必ずご挨拶に伺います」





二人の会話に区切りがついたところで──


「ノエル」


アリオスが声をかけた。


「── はーいっ!」


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