40話 聖属性を持つ娘
「せい……ぞくせい……」
思わず、ノエルはそう呟いた。そして、午前にアリオスから聞いた属性の話を思い出していた。
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── 人族に存在する基本の属性は、火・水・風・土の四つ。これに加えて、魔物には“聖”と“闇”、そして“無”が存在する
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アリオスは確かに、そう言っていた。
「……“聖属性”って……それって、人の属性に入っていないんじゃ……」
核心をついた疑問を口にするノエルに、アリオスが何かを言いかけた── が、そのとき、リィ=セランが先に口を挟んだ。
「そうだね。普通じゃ、ありえないことさ。その属性は…… まぁ、お嬢ちゃんが、というよりも──」
「リィ姉さん」
アリオスが普段より低い声でリィの名を呼んだ。明らかにその声には、それ以上言うな、という意味が込められていた。
リィはやれやれ……とため息を吐き、肩をすくめるように笑ってみせた。
「口を出しすぎたかね。でもね、アリオス。あんた、お嬢ちゃんの属性を判別しにきたんだろう?それなら、既に覚悟の上で来たんじゃないのかい?」
「……」
アリオスは、リィの言葉を黙って聞いている。
「それにねぇ、教える立場の者になるなら、伝えなきゃならんことは、きちんと伝えてやりなさい。何より、お嬢ちゃんのためにもならないよ。恐れず、誤魔化さずに、ね」
「……はい」
アリオスが絞るように返事をした。
そんな様子を見て、ノエルはスカートの端を片手で掴みながら、アリオスの袖をぐいっと引っ張る。
「ねぇ、パパ」
アリオスは…… その顔を見ることを躊躇した。
(もし、この子の持つ属性が“聖属性”だとすれば……それを知ったとき、傷つくかもしれない……)
もう既に、何度も──
何度も、こうなるかもしれない、と考えていたことだ。
アリオスはリィの言う通り、ノエルが聖属性を持っているかもしれない、ということへ、覚悟を決めてここに来た。しかし、それでも…… ノエルの反応を考えるだけで胸が締め付けられるようだった。
不安をなるべく表情に出さないように、ゆっくりと、ノエルの方へ顔を向けた。
「……なんだ?」
「それって…… わたし、すごいってこと!?」
ぱぁっと目を輝かせたノエルの顔が飛び込んできた。
(── ああ……)
アリオスの胸に、不安とは別の感情が突き刺さった。
そうだったのだ。
この子の未来を心配し、憂い、そして勝手に決めていたのは自分だった。
──アリオスが想像した、辛い世界。
──けれど、ノエルはもっと違う未来を見ている。
彼女は強く、まっすぐだった。
「属性って、引き継がれるんだよねっ! ママとパパどっちが聖属性を持ってるの?」
アリオスは、そんなノエルの嬉しくてしょうがない、というような表情に、思わず、先程リィを止めたはずの自分から出るはずのない言葉が口から出た。
「……あ、あぁ、ママが聖属性だ」
アリオスは口が滑り、つい言ってしまったことに、しまった、という表情を浮かべてしまう。
「そっかぁ〜……!ママとおそろいだっ」
しかし、ノエルは、アリオスの想像を遥かに超えて……
「もうママ、寂しくないよね!私も聖属性だよ、って教えてあげなきゃ!」
優しく、強く育っていた。
そんな姿を見て、アリオスは、自分はなんて大馬鹿なんだ、と思った。アリオスは、エレノーラの"過去を知っている"。エレノーラ自身も、ノエルが聖属性だったらどうしよう、とアレオス以上に悩んでいた。
だが、どうだ。
当のノエル本人は、エレノーラと同じ聖属性で嬉しい、と言っているのだ。勿論、ノエルは世間のことなどまるで分からない子供だ。それでも── ただ純粋に喜ぶノエルを見て、エレノーラはきっと今の俺と同じ気持ちになるだろう。
アリオスは膝をつき、そしてノエルを自分の両腕で抱き寄せた。
「そうだぞー!! ノエルはすごいんだ! 何たって、パパとママの娘だからな!」
わざと大げさにそう言ってみせた。
こんな簡単なことだったのだ。
ノエルが何属性であれ、アリオスの大切な娘であることは変わりない。エレノーラと同じだ。ただ、それだけなんだ。
「えへへ〜……」
ノエルは嬉しそうにアリオスの腕の中にいた。その様子を見て、リィ=セランがくすりと笑う。
「ふふ、娘に救われたねぇ。アリオス」
「……そうだな」
リィがいることが頭から抜け落ちていた。アリオスはンン……と短く咳払いをし、元の状態に戻る。リィの視線が少しだけ気まずい。
したし、今度はリィが、ノエルの方に身を乗り出し、小さく声をかけた。
「お嬢ちゃん」
「な、なんですか……?」
ノエルはまだ少しだけ警戒したまま、身構える。
リィは、それに構わず続けた。
「“聖属性”ってのはね、人ならざる存在が持つ属性なんだ。だから、あんたがその属性を持ってるってことは── 世の中の一部の連中からは、恐れられるかもしれないし、嫌う者もいるかもしれない」
「リィ姉さん──」
アリオスがまた止めに入ろうとするが、リィは手をひらりと上げてそれを遮った。
「属性を鑑定した者として、心得を教えるだけさ。甘い言葉だけじゃ、この子は生きていけないよ」
そして、リィはアリオスのほうを向かず、そのままこう口に出した。
「いいかい、お嬢ちゃん。特別なら特別なりに、自分の生き方をちゃんと考えなきゃいけない。でもね、間違ってるのは、自分が周りと変わってることじゃない。おかしいのは、それを恐れる世の中の方さ」
そして、乗り出していた身をよいしょっ……と元に戻し、ノエルの目をまっすぐと見つめた。
「お嬢ちゃんは、自分が信じた通りに、真っ直ぐに生きるんだよ。長く生きたお姉さんからの助言だよ」
少しの間をおいて、ノエルは小さく、けれどはっきりと答えた。
「……はい。ありがとうございます!」
リィは目を細めてにっこりと笑った。
「何だい、本当にあんたの子かい? 素直で、いい子だねぇ」
「えぇ、自慢の娘です」
庵の中には少しだけ、あたたかい静けさが満ちていた。




