03話 ただ、無事でいて
行きとは違い、背中のリュックにはたっぷりの水が詰まっている。加えて、腕にはずっしりとはしないものの確かな重みを感じるスライムを大切そうに抱えていた。
少女の身体には過酷で疲労が蓄積されており、呼吸も足取りも重かった。だが、少女はスライムを決して手放すことなく、ふわりと優しく声をかける。
「大丈夫だよ……大丈夫だから」
そう腕の中のスライムに言い聞かせながら、夜の闇の中を家へと進んでいった。
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少女が家を出発してから、かなりの時間が経っていた。すでに夜を迎え、彼女がまだ帰ってこないことに異変を感じた両親は、不安に駆られ、家の周囲をくまなく探し回っていた。
「あなた…… 見つからないの」
少女の母、エレノーラは呟く。白銀の長髪は乱れ、赤い瞳は涙と疲れに濡れている。彼女が身に纏う淡い青色のドレスは、かつての優雅さを失い、夜の不安の中で場違いにさえ見えた。
「私が……もっと早く気付いていれば……」
震える指先で胸元を握りしめ、唇を噛み締める。彼女は魔法に長け、探知の魔法を使える身でありながら、何度試しても娘の気配は霧の向こうにかき消されるようで、まるで何かに阻害されているかのようだった。
「まだ家の近くを探しただけだ。心配するな。森の方も探してみる。エレは家で待っていなさい」
そう言ってエレノーラの肩にそっと手を置いたのは、夫のアリオスである。声には静かな決意と、隠しきれない焦燥が滲んでいた。
アリオスは青みがかった短髪に、すっきりとした輪郭を持つ中肉中背の男で、年齢の割に若々しさを感じさせる容姿をしている。その瞳には、娘を必ず見つけ出すという強い意志が宿っていた。戦闘の力こそ乏しいが、自身の使役する魔物に広域の探索を任せ、自らは家の周辺を、ひとつひとつ心当たりを潰すように探し続けていた。だが、それでもまだ見つかってはいない。
「待って!夜は凶暴な魔物が活発に活動し始めます!あなた1人では危険です!魔法の使える私が行きます!」
エレノーラの必死の訴えに、アリオスは顔をしかめて首を振る。
「その方が危険だ!家から離れれば魔除けも効かなく……」
そのときだった。家の反対側から「ワンワン!」と、愛犬ポロの甲高い鳴き声が響いた。
二人は顔を見合わせ、瞬時に声のする方へと駆け出す。そして── そこには、疲れ切った様子で立ち尽くす娘の姿があった。