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38話 丘を越えて、森のふもとへ



スエノ町の外れにある緩やかな丘道を下っていくと、やがて視界の向こうにネルの森の青緑が広がってくる。ノエルは屋敷の外へ殆ど出たことがない。物珍しさから辺りをキョロキョロと見回しながらアリオスと手を繋ぎ、もう片方の手で頭の上にリーヴを乗せて支えていた。モボンは、ノエルのすぐ後ろを、ぷるんぷるんと軽やかに跳ねながらついてくる。




(ノエルちゃんとこうして出かけるなんて、新鮮で楽しいですねっ)


モボンは、ノエルの頭の上にいるリーヴにそう話しかけた。


(── 応。周囲への警戒行動中。視界良好)


(ズルいです!変わってください)


(── 拒否)


モボンの軽い妬みの声を無視して、リーヴはいつも通り淡々と周囲を警戒していた。






風が葉を揺らし、草の香りがほんのり鼻をくすぐる。ノエルはその匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、小さくつぶやいた。


「パパ……なんか、すっごく遠くに来た感じがするねっ」




ノエルの言葉を、アリオスは肯定する。


「そうだな。ノエルにとってはほとんど初めての外出になるもんな。外はどうだ?」


「うん! とっても楽しいよ!」


「本当は屋敷のもっと外にも出させてやりたいんだがな…… いつも窮屈な思いをさせてすまない」




ノエルは知っている。屋敷から出ないように言われていたのは、パパとママが、自分のことを大切に思ってくれているからだって。しかし、今日のようにアリオスがノエルを屋敷の外へ連れ出したのは初めてである。そのため、少女なりに思うところがあった。そのことをアリオスへ伝える。





「んーん! モボンもリーヴもポロもいるもん!おうちでも楽しいよ! ……でも、今度はママとポロとも外にお出かけしたいな……」


「そうだな…… 今度は一緒に出かけよう。皆んなで一緒にな」


「ほんとーーー!やったー!」


ノエルはリーヴを乗せたままピョンピョンと跳ねる。それに合わせてリーヴもぷるんぷるんと震えていた。




そんな話をしながら進んでいると、もうすぐ丘道が終わりそうなところまで来ていた。いつもの屋敷の中庭とは違う、日常から少しだけ外れた世界。モボンの跳ねる、彼女の後ろをついてくる音が、心地よく感じられた。



けれど。


(……人に会う、んだよね……?)


その考えが頭をよぎった瞬間、胸の奥でワクワクしていた気持ちがふっと押しつぶされたような感覚に変わる。

足取りが、ほんの少しだけ重くなる。ノエルは気を紛らわせるために、アリオスに話しかけた。



「パパ、鑑定屋の人ってどんな人なの?」


ノエルの問いに、アリオスは少し悩んで答えた。


「少し変わったおばあさん、ってところか。礼儀に厳しいような印象を受けることが多い。ノエル、緊張するとは思うが、店に入ったら必ず挨拶はするんだぞ?パパも一緒にいるから」


「……こわい?」


「ノエルがちゃんと挨拶ができたら、きっと笑顔で迎えてくれるだろう」


「……うん! がんばる!」


ノエルは、目を少しだけキリッとさせ、アリオスと握っている手にギュッと力を入れた。少しだけ深呼吸をする。



(大丈夫……パパも一緒だし、リーヴもいるし、モボンもいるし……)


そう言い聞かせるように、ノエルはリィ=セランの庵を目指して足を進めた。

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