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35話 スライム、ってすごい?


コツ、コツ──


廊下に響く小さな足音。ノエルは手にノートとペンを抱えながら、屋敷の奥にあるアリオスの仕事部屋へと向かっていた。




「今日はお勉強の日っ……!」


小さく呟いて、きゅっと拳を握る。何度目かの勉強会ではあるけれど、アリオスと一緒に過ごせること、それにリーヴやモボンのことがもっと分かるかもしれない、という期待で、胸がふくらむ。




ノエルは扉の前で軽く深呼吸をしてから、軽くトントンっとノックをした。


「パパー!!ノエルだよーーー!」




入っていいぞー、と部屋の中から声が聞こえる。ノエルはドアノブを回し、ノートとペンを落とさないよう、扉を肩で押さえながら、器用に体を滑り込ませるようにして中へ入った。


アリオスの部屋は、いつものように机の上に本と書類が積み上がり、壁には世界地図と属性の相関図が貼られていた。窓からの斜陽が差し込み、重たい木の机と椅子をほんのりと明るく照らしている。いつもの中庭も見えており、パパの部屋から見たらこんな風に見えるんだ、とノエルは思った。



 


「よし、来たな」


アリオスはすでに準備していた教本とノートを開きながら椅子にかけた。


「今回は少し長くなるぞ。……だが、最後に“とっておきの話”がある。しっかり聞いておきなさい」





「とっておき……!? うんっ、がんばるっ!」


ノエルは気合を入れながら机の前に座り、いつもの勉強会同様、背筋をぴんと伸ばした。そして、自ら持ってきたノートを開き、支度をする。






「……じゃあ、今日は使役スキルの勉強会── と、思ったかもしれないが」





アリオスが言葉を切ると、ノエルはノートとペンを構えた手をピタリと止めた。


「今日は、少し魔物の勉強をするぞ」


「えっ、魔物?」


「ああ、使役スキルに大きく関わることだからな。今回は少し進みが早いかもしれないから、メモを取ってまた自分で読み返せるようにしておきなさい」


「うん、分かった!!」





「では…… まずは、前回のおさらいからだな。魂の構造について覚えているか?」


ノエルは勢いよくペンを走らせながら答える。




「えっと、『たましいは、めいそ、まそ、いんし』でできてる! です!」


「うむ、よく覚えていたな。その三つを基とする……それが“魂”だ。そしてその外側に──」


「── “じが”!」


「正解だ。自我の層には、個人の記憶や意思、そして“自分で身につけたスキル”が刻まれていく。特に、人族の場合はこれが非常に顕著だ」


アリオスは、ノエルに教えるために予め纏めておいたノートに、指で丸を描きながら説明を続けた。





「だが、最近の研究では“魔物にはこの構造が当てはまらないのではないか”という説がある」


「んー…… なんで?」


「魔物には、“生まれたときに備わったスキル”以外、後天的にスキルが増えた前例が極端に少ない。つまり、成長しても“新たにスキルを獲得しない”傾向があるんだ。もしかしたら"後天的には新たなスキルを獲得しない"ということもあるかもしれないが、断定出来るほど魔物の解明が進んでいるわけでは無い」





ノエルはペンを止め、真剣な顔でアリオスを見つめる。


「……じゃあ、モボンやリーヴもそうなの?」

 



「それを確かめるためにも、勉強が必要なんだ。さて──」


アリオスは手を打って、少し表情をほぐすように言った。





「ノエル。“魔物”にどんなイメージを持ってる?」


 

 

「ええっと……モボンとか、リーヴとか……あとフォルド?」


「そうだな。それじゃ、“魔族”は?」


「う〜ん……ええっとぉ……わかんない……」


ノエルは少しだけ申し訳なさそうに答えた。


 


「ちょっと意地悪な質問だったかもしれんな。実はな、魔物にもいくつかの分類があるんだ。ちょっと外の世界の話もするぞ」


「うんっ!」




「まず、人も含めてこの世界の生き物は、大きく五つに分類される。──“人族”“魔族”“天族”“特殊”、そして“自然”だ」


「……自然?」


「自然が気になるか?そうだなぁ…… 例えば、鳥や魚、牛や猫……いわゆる普通の動物たちだな。これらは“自然系生物”と呼ばれる。だが、魔素を取り込んで魔物化することもある。そのときは別の分類に変わる。これはまた少し別の話にはなるが、"属性"の違う魔物も別の種として扱われることもある」


 


アリオスは指を折りながら、魔物の分類を説明する。


「ザックリとした説明だが……

“人族系魔物”:これはゴーリムのように人が作った魔物だ。例えばフォルドだな。

“魔族系魔物”:地上にいる魔物は基本これだ。

“天族系魔物”:天上の因子を持つ魔物だ。モボンがここに該当する。

“特殊系魔物”:パパは見たことがないが…… 精霊や妖精がこの分類だ。

そして“自然系生物”は、先に説明した通りだ」


 


「……ふえ〜……たくさんあるね……」


ノエルは書いていた手が止まっており、こっくり、こっくりと舟をこいでいた。


「ううむ……やっぱりまだ少し難しいか?」


アリオスが眉をひそめると──





「ががが、がんばるっ!」


ノエルは自分の頬をぱちん!と叩いた。涙目でアリオスを見上げ、お願いします!と頼んだ。


「ははっ……じゃあ少しクイズ形式にしようか」


「うんっ! クイズだいすきっ!」


 


アリオスは少し顎に手を添えてから、問いかけた。


「この世界で、最も数が多い魔物はなんだと思う? ……ヒントは……」


「はいっ! スライム!」


「えっ、正解だ。よく分かったな。どうして分かった?」


「だって、リーヴもモボンもスライムだから!」





「……そうか。ノエルにとっては馴染み深いもんな。けどな、実際に“スライム”は世界で一番数が多い魔物だ。種類だけでも二桁を超え、個体数も桁違いに多い。魔物全体を分母として、四割以上がスライムだと言われているくらいだ。そして、スライムは臆病で、争いを避けるから、冒険者にも“害のない魔物”として判断されることが多い」


「へえ〜〜!」


ノエルは、ほええ……と感心したような声を漏らす。


 


「けれど、見た目だけに騙されてはいけないぞ。中には“他の魔物や物に擬態する魔物”もいる。つまり、スライムの姿をした危険な生物だったり、逆に危険な生物の姿を模しているが、実は臆病な魔物が擬態した姿だった、なんてこともある。安易に近づくのは危険、ということを覚えておいてくれ」




「じゃあ、モボンやリーヴの姿をしていても、そうじゃないかもしれないから危険、ってこと……?


「うーん……それは難しい問いだ…… それは違う、と言いたいが……間違っている、とも言い難い」




そう言いながら、アリオスは、ノエルのその問いを解決する方法を教えておいた。


「しかしな、ノエル。モボン、リーヴに関しては、まず間違えることはないだろう」


「いつもの見た目と違っても……?」




「あぁ、ノエルとモボン、リーヴの間には"従魔の証"という繋がりがある。これがある限り、お互いを間違えることはないだろう。どれだけ見た目が同じでも、繋がりが証明してくれるからな」


アリオスはそう言いながら、椅子の背にもたれた。


 


ノエルは、まだ知らないことがたくさんあるのだと嬉しそうに笑い、ノートに大きく


「スライム:たくさんいる。よわいけど、へんしんするかもしれないから、ちゅうい!でも、もぼんとりーゔはだいじょうぶ!」



と書き込んだ。





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