34話 涙の先で、きみを見つけた
「ワフッ!」
ポロが何かノエルに伝えるように吠える。そして、歩き始めると、その後ろからリーヴがついてきていた。
「えっ! 今日はリーヴも一緒に行くのっ!?」
ノエルは目を輝かせ、後ろをついてきたリーヴを勢いよく抱き上げ、ぎゅっと胸に抱きしめた。完全にポロとモボンの誤算ではあったが、触れ合いの機会を得ることは出来たようだ。
そして、ノエルは振り返り、こう声に出した。
「ほらっ、モボンもおいでよっ!」
モ・ポ(( えっ? ))
ポロとモボンが同時に目を見開く。予定では、モボンは裏方に回ってポロと連携しつつサポートするはずだった。
(……おい、どうすんだよ)
(……でも……これも想定の範囲内……では……)
(苦しいな?)
(苦しいです)
とはいえ、ノエルの期待に応えるようにモボンもぽよんと跳ね、ぽてぽてと歩き出した。かくして、少女達のちぐはぐな散歩隊が屋敷の外へと歩を進み始めた。
---
ポロの散歩は、いつも同じで屋敷を1周、中庭を1周して終わりという短いコースだった。それもそのはず。ネルの森から最も近いアリオス達の住む屋敷は、魔物避けの魔道具があるとはいえ、完全に安全とは言い切れない。ポロの健康と、散歩を一緒にしたいノエルのことを考えたとき、一番安全なのが屋敷の周りを散歩すること、だったからである。
魔除けの魔道具の刺さった屋敷の周囲を、ぐるりと一周する程度の小さな道。空はすっかり茜色に染まり、虫の声が草むらから聞こえていた。
「それじゃぁ〜……レッツゴー!」
ノエルは元気な声を上げながら、片手をグーして突き上げる。
そんなノエルをよそに、二匹は動揺していた。歩きながら、モボンがポロにこっそり魔会感応で話しかける。
(じゅ……準備はしていますから……)
(頼むぜおい)
(── 大丈夫なはずです。ノエルちゃんはきっと反応しますから)
そして、モボンの言葉通り、ことが進んだ。
「んん〜……? あれなんだろ?」
ノエルは道の真ん中に無造作に置いてあったものを見つける。
(第一段階……成功、ですっ!)
---
(── 散歩だけじゃ、流石に何も変わらないだろうな)
(で、あれば……何か仲良くなるきっかけが欲しいですね。ノエルちゃんとリーヴさんの、同時に気の惹ける物を見つけさせる……とか?)
(そんなもんあるかぁ?)
モボンはうーん……と少し考えるように、ボールが上から押しつぶされたように体を変えた。
(リーヴさん…… 日頃から魔素をよく集めているので、おそらくそれで気が惹けそうではないですか?)
(あー、そうかもな。 じゃ、リーヴはそれでいいとして、ノエルの嬢ちゃんはどうする?)
(ノエルちゃんの好きなもの……)
(綺麗なもんだな。 キラキラしてるもんとか)
(魔素を含んでいて、キラキラしてるもの……ですか)
(そう。両方の欲を満たす、そんなもんが落ちてたら、まず間違いなくノエルの嬢ちゃんは手に取るだろうな)
(そうですね、その方向性でいきましょう──)
---
「あっ! これ……」
ノエルが、リーヴを片手で抱き抱える形に変え、それを手に取った。
「……モボンにお水をあげた時の瓶だよね? でも……中に、なにか入ってる?」
中を覗き込むと、くしゃくしゃに丸まった紙切れが入っている。瓶の蓋は開いたままになっており、ほんの少しの魔素が染み込んだ紙が中に詰まっていた。
「なにこれ……手紙? ……えっ、まって、これ……地図!?」
ノエルは目を見開き、紙をぐるぐると回しながら確かめた。
「たからのちずだーーーーっ!!!」
ノエルの目は、大発見と言わんばかりにキラキラと輝いていた。
「やっぱりそうだ! 見て見てポロ、ほらっ! ○がいっぱいついてる!」
「ワンワンッ!!」
見せられたのは、くしゃくしゃで不鮮明な手描きの地図。どう見ても適当な落書きにしか見えないが、ノエルの心にはまっすぐ届いた。
「……この地図、あたしのおうちじゃない? ……これは!! 冒険のかおり!!!」
(── 順調ですねっ!)
モボンがそっとポロに魔会感応で報告する。ポロは得意
げに鼻を鳴らす。
(なっ? 地図だ、って分かっただろ?)
(あそこに置いた私のお陰でもありますからね?)
(細かぇことはいいんだよ)
「うーんと、ここが……このへんで……」
ノエルは地図を眺めながら、ポロたちを見上げる。
「探しにいこっ! きっとお宝があるんだよ! ねっ、行こう!」
そして、ノエル達は再び歩き出す。
── 宝探しという名の、大作戦の始まりである。
---
屋敷の外周を歩きながら、ノエルの「たからさがし」が始まった。だが、当然ながら…… 地図が雑すぎて、まったく場所が特定できない。
「む〜…… 見つからないなぁ……」
(まぁ、そりゃそうですよね……あれ、ポロさんが書いたんですし)
(黙れモボン、雰囲気が大事なんだよ)
そんな二匹のやりとりを背に、ノエルはきょろきょろと周囲を見回していた。
「── あれっ?」
ノエルが指を差した先。
竹が生い茂る裏庭の一角── エレノーラの管理する小さな竹藪の辺りに丸があるようだ。
「このシュッシュッ……て縦に線が引いてあるところ…… この竹かなぁ……?」
ノエルがふらふらと覗き込むが、竹の間を覗いても何も見つからない。
「むぅ〜〜……ないなぁ〜……」
そこへ、モボンがぽてぽてと横から入っていき、足元にごそっと何かにわざとらしくぶつかる。
ころん、と転がるそれを見つけて、ノエルは声を上げる。
「瓶だ!」
近づいて拾い上げると、地図が入っていたのと同じ瓶である。中には、綺麗な貝殻と、キラキラ光る小石が入っていた。
「わーっ!! たからものだー!!!」
ノエルがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
(流石にわざとらしくないか?)
(私が外からサポート出来ませんから仕方ないんです……)
---
次にノエル達が向かったのは、裏庭の大きな岩。ポロが駆け上がり、『リーヴとノエルのなかよし計画』の開始を宣言した、あの岩である。
ポロがわざとらしくその周囲をぐるぐると回り始めた。
(ノエル嬢〜…… ここ、ここだぞ〜……)
「ポロ? どうしたの?」
ノエルがポロの動きに合わせて岩の裏に回り込むと──
「わっ! またあったっ!」
瓶の中には、乾いた花の花弁と、色とりどりのガラス片が収められていた。
「おたから〜〜〜、はっけん!!!」
---
「ふんふんっ! お宝お宝〜♪」
上機嫌のノエルが鼻歌を歌いながら進む。宝の地図は、おそらく、次は玄関横の花壇辺りを示していた。
(なぁ、リーヴのやつ反応なくないか?)
(今は仕方ないですね。特にこれといって魔素が多く含まれた物、というわけでもありませんし……本命は──この次ですから)
「あっ! あったーーーー!!」
花壇の中にあった瓶を拾い上げ、お宝を掲げるノエル。中には、エレノーラが捨てる物として纏めておいた箱の中に入っていたフォークがいくつか入っていた。
「フォーク!!!!!!」
(あれ、お宝か?)
(文句言わないでください! 準備するの大変だったんですよ!)
---
「あと……ひとつだけなんだけどな……」
ノエルが紙を見比べながら、中庭の芝生に腰を下ろす。どれだけ探しても一向に見つからない最後のお宝。中庭にあるのは合ってるはず── だが、見つからない。
「もしかして、もう誰かが持ってっちゃったのかな……?」
夕焼けが、屋敷の影を長く伸ばしていた。虫の声も一段と強くなり、空は夜に近づきつつあった。
(おい、ノエルの嬢ちゃん諦めちまいそうなムードじゃないか?)
(でも、この作戦の肝ですし…… 私たちが見つけるわけにはいきませんから)
チラッと、二匹はノエルの腕の中にいるリーヴに目を向ける。反応もなく、無表情のようであった。
(── 作戦失敗かぁ)
(……仕方ないですね。次の作戦考えましょうか)
ポロもモボンも諦めようとしていた。
「ぐすっ……」
ノエルはそのまま俯いて鼻を啜る。その小さな手には、すでに見つけた三本の瓶と、反応のないリーヴが抱かれていた。少女の目元には涙がにじんでいた。
「……あともうひとつなのに……」
(お、おい。どうすんだよ! 嬢ちゃん泣いちまうぞ)
(あわゎ…… 仕方ないです、もう場所を教えま……)
その時だった。
リーヴはふと、ノエルの顔を見上げた。そして、ノエルの腕の中から、するりと抜け出す。
「ぐすっ……リーヴ……?」
何も言わず、リーヴは中庭の芝生を滑るように進み、中庭から見えるアリオスの部屋の窓のほうへ向かっていく。そして、その窓際で何か合図をしている。ノエルと一緒にやっていた、魔素の流れの練習── リーヴは魔素を体に丸く巡らせ、キラキラとしていた。
その壁際の陰は、中庭の遠くから見れば見えない位置だった。
「リーヴ、そこにあるの!?」
ノエルは涙を拭い、リーヴの元へ駆け寄って手を伸ばすと── 瓶だった。
中には、ノエルがかつて宝物のように集めていた、魔素をわずかに含んだ色とりどりのガラス玉が入っている。
「……これ……小さいころ、ずっとポケットに入れてたやつ……」
懐かしそうにノエルは、ガラス玉を瓶から取り出す。その一つ一つに、自分で書いた"ノエル"の"ノ"がまだ残っていた。やがて、ノエルは花のように笑顔を弾けさせた。
「リーヴ、ありがとうっ!!」
ノエルは、最後の瓶を見つけてくれたリーヴに、頬を当てながらぎゅっと抱きしめた。
(しかし、ポロさん…… あのガラス玉良かったんですか?)
(元々嬢ちゃんのだしな。魔素が含まれてたから庭に転がってたのを集めただけだ…… 持ち主に返すだけだろ)
(カッコ良くないです。カッコつけるぐらいなら、エレノーラさんにパンツ返してあげてください)
(前見せたやつはとっくの前に返したぞ)
(── また新しいのを盗ったんですか!?)
(だから、理由説明しただろうがっ!!!!)
(いーーーえ!!ダメです! 絶対、そのうちノエルちゃんにも悪の手が伸びるに決まっています!!)
(だーれが、悪だオラ!!!!!!)
二匹は、今日も仲良くギャンギャンと喧嘩していた。
「ポロもモボンもっ、ありがとっ!今日のお散歩、すっごく楽しかったね!」
ポロとモボンにも、感謝を伝えた。
その言葉に、口論の応酬を辞め、二匹は微笑む。
(……そうですね。楽しかったですね)
(まっ……裏方も悪くはないな)
(素直じゃないですね)
(うっせえよ)
「また宝探ししようねっ!」
リーヴは無反応だったが、それでも少しだけ嬉しそうに見えたポロとモボンだった。
---
日が暮れ、全員が屋敷へと戻るころ。
モボンが満足げに呟いた。
(よかった……無事に成功して……)
その横で、リーヴがふと振り向く。リーヴが、モボンとポロに魔会感応を繋いだ。
(── 補足事項。魔素:周辺に顕著な濃度存在せず。発言との齟齬を確認)
(え……?)
(── モボンの発言、信頼性評価を低下)
(……ええええええええ!?)
ぷるぷる震えるモボンの姿に、ポロがぽん、と肩を(?)叩いた。
(……な? 次は俺の作戦で行くしかねぇって)
(……それはないです)
茜色の空の下、三匹と一人の少女の影は、芝生の上で寄り添いあうように伸びていた。




