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30話 まあるく、ぐるぐる


「ん~~~~……むむむぅ……」


屋敷の中庭に響く、唸るような小さな声。


ノエルは芝生の上にちょこんと座り、両手の指先を丸く重ねていた。エレノーラから教わったとおり、魔素の“流れ”を感じる練習をしていたところである。





「まあるく……ぐるぐる……うーん……」


何度か試して── 昨日、エレノーラと一緒にやったときは上手に“ぐるぐる”と回す感覚を掴めた気がする。けれど、今日は……




「……あれ?」


うまくいかない。

感覚が掴めそうで、掴めない。


目を閉じて集中しても、昨日感じられた“きらきら”が、うまく思い出せない。


「……なんでだろ?」






半ば不安になりつつ、ノエルがそっと目を開けると──


「……あっ」


すぐ近くに、ぬるりと佇むスライムがいた。


「リーヴ……見てたの……?」




小さなスライムは、じっとノエルの手元を見つめていた。その姿に、なんとなく“熱心さ”を感じたノエルは、ちょっと照れくさくなって、円を作った指を胸元に引っ込めた。


「へへ……まだ、うまくできないの」


リーヴがぴたり、と動きを止める。





そして、まるで“見よう見まね”をするかのように……体中に、魔素の“流れ”を作り出した。





「……っ!」


ノエルの目が、見開かれる。


透き通ったその体の内側で、やわらかい光が、くるくると回っていた。確かに“円”を描くように、魔素が巡っている。




「……すごーい……きれー……」


その光は、まるでヒュグラ川のきらめきのように感じられて、ノエルはぽうっと見入ってしまった。




リーヴは、その視線に気づいたのか、ぐるぐると回る光をいったん止めて、そして今度は──




先ほどよりもゆっくり……ゆっくりと魔素を回し始めた。まるで、「こうやってやるんだよ」と教えてくれているかのように。




「え……ゆっくりにしてくれたの……?」


ノエルは驚いたように呟く。

やさしい気持ちが、胸の奥にふわっと広がった。


「リーヴ……これ、わたしに見せてくれたの?」






ノエルはリーヴの動きを真似るように、また指で円をつくる。


「こう? ……まあるく、まわして……きらきら、って……」





魔素の流れをイメージして、胸の奥に集中する。


(あっ!……そうだ。モボンと繋がった時の、"あの感覚"だ)


点と点ではなく、線でつながりをイメージし、ゆっくり、ゆっくりと水がキラキラと流れるかのように。


「……!出来たっ!」


ノエルの顔には、パァッと笑顔の花が咲いた。

 

「ありがとっ、リーヴ!ちゃんと出来たよっ!」





その言葉に応じるように、リーヴの体が小さく跳ねた。


「でも〜〜〜!!私より上手なんて、悔しいっ!負けないからねっ!」


ノエルはにこにこと笑いながら、もう一度魔素の流れを感じようと目を閉じる。




そして、ふと片目を開けてリーヴを見ると、まだゆっくりと回してくれていた。自分のために、と言う気持ちが嬉しかった。けれど、ふと思い出したのは、アリオスとの使役スキル練習でノエルの願い通り動かなかったリーヴの姿だった。



(リーヴ…… もし、また、わたしが“お願い”したとき……)


(そのときは、応えてくれると、嬉しいな)



再び、彼女は両目を閉じ、手に作った円へ集中する。


やわらかな陽光の中、少女とスライムは並んで、魔素をまわし続けていた。






--- リーヴ視点





中庭の芝生に、小さな円が二つ。


ノエルの指先と──


それを真似たリーヴ、である。


リーヴは、その姿勢のまま魔素を巡らせていた。





これは、魂写環での模倣、ではない。




ノエルが行った動作、思考、集中の仕方。


それらを観察し、取り込み、再構成し、自らの内部に“円”を描く。ノエルの練習はリーヴ── 光織環にとっては、知識だけで十分再現可能な行為だった。



リーヴは、ノエルのその動作を"魔法の基礎にして根幹である"と瞬時に理解した。その学びを得るために、ノエルの行動を真似たのである。しかし、ノエルの魔素は効率化して円として回されておらず、リーヴは確認のため、自分で正解を導き出した。



結果……


ノエルの表情が変化する。

感嘆。驚愕。そして、喜び。


「……すごーい……きれー……」



リーヴは、ノエルが自分を参考にしている、と判断した。ノエルが視認しやすいように、魔素の流れをゆっくりと回す。


── 行動理由:不明




「リーヴ……これ、わたしに見せてくれたの?」


「ありがとっ、リーヴ!ちゃんと出来たよっ!」



だが、ノエルが“笑った”ことにより、この行為は彼女にとって有益、肯定されたと判断出来た。



ノエルはリーヴを真似る。


リーヴが、ノエルを真似たように。




円の形をなぞり、魔素を流そうとしている。その様子を、リーヴは静かに見つめていた。魔素の流れを止めることもなく、ゆっくりと、滑らかに“円”を維持しながら。



── 魔素流動率:不安定。精度:低

── 否、僅かに反応を確認

── 対象:ノエル。成長を確認




ノエルの瞳はきらきらしている。リーヴは、なぜかこの現象にリスクやエラーを感じなかった。


 



どちらからともなく時間が経ち──


ノエルが、立ち上がった。




「よーしっ、今日はこれでおしまいっ!」




中庭の空気が、少しだけ揺れた。

ノエルはくるりと踵を返し、屋敷へと戻っていく。


リーヴは、その後を追おうとした。


その時だった。





── 上空より異常波長を受信


『……邪魔者は……排除せよ……』






空に意識を向ける。肉眼では視認できない。その“声”は、魔素ではない。どこか遠く、けれど直接、魂に触れるような感覚。この異常に、光織環は即座に対応した。




── 領域外伝達

── 魂層へ直接の命令介入を確認

── 解析開始

── ……完了



──《解析結果》:対象は魂層への直接干渉による命令信号


── 条件特化型伝令と推定

── 伝達対象:高確率で“聖属性を保有する魔物”






そして、その魂への介入は、別の存在にも届いていた。


── 少し離れた場所に、モボンがいた。




中庭の端…… 風に揺れる草の中で、静かに、空を見上げている。こちらに気付いたのか、リーヴの方を見た。




その反応に敵意はない。

だが、それは確かに“警戒”に近い何か──




スライムたちは、何も言葉を交わさなかった。

しかし、このとき、リーヴが密かに感じた僅かな感覚。




初めてモボンと対面したときの"警戒"。

あのときのそれとは、まるで“質の異なる警戒”である。


長くこの屋敷にいた"魔物"がリーヴに見せた、明らかな距離だった。





リーヴは、ただ──

そのモボンの様子を、観測し、処理し、記録した。




それが、リーヴの“記録”に残った、最初の“モボンの異常”だった。

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