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29話 かたちにする魔法



「……ママ?」


「……えっ?」


エレノーラは、ノエルの声で意識が戻った。


「大丈夫? なんだか、ぼーっとしてたよ?」




エレノーラはすぐに微笑みを取り戻し、優しく首を振った。


「ごめんなさいね。ちょっと昔を思い出してたわ。でも、大丈夫よ」


テーブルに置かれたノートのページが、空気の流れにぱらりとめくれる。






「── 円のイメージの話でしたね」


「うんっ!ママの“えん”って、どんなイメージだったの?」


エレノーラは手を胸元に当て、少し目を伏せる。




「……わたしの“円”は、白くて、淡くて……でも輪郭だけは、しっかりしている、そんな感じかしら」




ノエルは考えるように眉間に皺を寄せた。


「うーん……わたしにはピンと来ないかも……」





「ええ、でもね。あまり実戦向きではありませんが── わかりやすい方法が一つあるの」



そう言って、目の前の紙にペンを走らせた。


「例えば、こんな風に円を"描く"。こうやって、形を実際に作っちゃえばいいの」


「ママ、丸描くの上手〜!!」


「何度も描かされたから、かしらね……」


また苦い思い出が浮かんできそうなので、エレノーラは次の"核心"に移る。




「でも、こんな風にいつでも紙を持ち歩くのは難しいでしょう?もっと手軽で、もっと簡単な方法があるわ」


「ふんふん、どうするの?」




そして、エレノーラはノエル顔の前で手を広げた。


「手で“丸”を作るのよ。片手でも両手でも、腕全体を使ってもいい。どんな形でも、自分が“魔素を感じやすい”と思える形を取るのよ。私が取った形はこれよ」


そう言って、エレノーラは手の形を変える。


その形は、右手の親指と人差し指で小さな円を作り、残りの指はまっすぐと立たせるような、OKポーズとも言える形だった。





「へえぇ〜…… それなら、なんか出来そうかも……」


ノエルは立ち上がり、エレノーラの形を真似して指で丸を作ってみせた。




「こ、こんな感じ……かな?」


「うん、それでいいわ。でも……少し魔素が拡散してるわね」




「ええっ!? もう漏れちゃってるの!?!?」


慌てて指を握り直そうとするノエルに、エレノーラが笑みを向ける。




「大丈夫。視覚に引っ張られないように、目を閉じて。今度は“形を見る”んじゃなくて、“流れを感じる”の」


「流れを、感じる……?」




「そう。魔素の流れが、あなたの作った形の中に、ゆっくりと、静かに巡っていくように──」


エレノーラの静かな言葉に導かれるように、ノエルは目を閉じた。





やがて、ノエルは両手をそっと胸の前で丸く広げた。形は少し不格好で、左右もぴったりとは言い難い。


けれど ──




「あ……」


ノエルの中に、微かな感覚が走った。


指先の点と点が、ふわりと繋がるような感覚。間に流れ込む、やわらかくて、温かい流れ。




(この感じ……どこかで──)


それは、アリオスと使役スキルの訓練をしたとき。

── モボンが反応してくれた、あの瞬間と似ていた。


(……できそう……)






そっと目を開いたノエルに、エレノーラが微笑みかけた。


「そう、上手よ、ノエル。とっても上手」


それはノエルが初めて意識して魔素を正確に扱えた瞬間だった。




「えへへ……なんか、魔法使いっぽい!」


エレノーラは軽く笑いながら続けた。


「ある程度練習すれば他の形でも出来るようになるし、そのうち何もせずに巡らせられるようになるわ」




「ほんとに!?」


「ええ。それに、魔素を巡らせる練習を続けることで、魔力量も少しずつ増えていくし、制御の精度も上がっていくの。いいことづくめよ」





ノエルは目を輝かせて、さっき覚えたばかりの“円”の形で両手を突き出した。


「わたし、今日から毎日やるっ!やれるとき、いっぱいやるよ!」


「うん、その意気よ」


小さな決意が、魔素の流れに乗って、静かに部屋に満ちていくようだった。



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