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28話 灰銀の魔導士



── あれは、まだわたしが“魔法の名家の娘”として、ディルノール家にいたときのことだ。



『ディルノールの魔法を絶やしてはならない』



それは、あまりに当たり前で、あまりに重い言葉だった。幼い自分には、その意味を理解する前に、「恐れ」が先に育っていた。


この頃の私には、魔法が全てで…… 魔法がなければ、そこに存在できなかった。




ディルノール家は、魔法に優れた子供を早くから養子として招き入れ、教育をした後、"ディルノール"の冠をつけて輩出し、名を轟かせた名家である。


その成果もあり、ディルノール家由来の魔法使いは、皆、質が高いとされていた。それは、子供の頃からの徹底した魔法教育と、家訓で縛り付ける大人のエゴの賜物である。



エレノーラは、そんな中で特別だった。



ディルノールの正式な血を受け継ぐ、唯一無二の存在である。当然周りからの期待も高く、エレノーラもまた、その期待に答えようとしていた。




しかし、エレノーラは、決して才能がある方ではなかった。




選び抜かれた養子の子供たちは、詠唱も身振りもすぐに覚え、魔素の流れを円にし、自分の属性に合わせ、火や風を灯せるようになっていた。


けれど── 自分だけが、うまくいかなかった。


(どうして……)


(今日も……だめだった……)




その日もディルノール家で行われる魔法授業が終わったあと、敷地奥の、もう使われていない古びた来賓用の屋敷──


もう水も出ていない小さな噴水と、

植物が覆った石道の、その静かな階段前──


ここがエレノーラの特訓場所だった。



エレノーラは一人、両手を楽にして直立し、“魔素を円にする”練習を、黙々と繰り返していた。




目を閉じ、イメージの中で魔素をぐるぐると回す──




……だが、またダメだ。 上手くいかない。


魔素は流れず、胸の奥で滞るようだった。



「……もっかい……」




そう呟いて目を開いた瞬間──


上段の階段の上に、誰かが寝そべっていた。





灰銀の髪を無造作に乱し、片肘をついてこちらを見下ろしている。

まるで、退屈を持て余した猫のような目つきだった。




「……下手くそだな、お前」


その声と容姿に、エレノーラは凍りついた。


(え……まさか、あの人……)


まさか。何で? 何でここに。





魔法授業で名前も聞いたことがあるほどの偉大な人物でありながら、賞賛や羨望ではなく、畏怖や嫌悪の声が聞こえてくる、そんな異端の魔導士── それが。



ラゼル=ロ・イシュカ という人物であった。



“王宮直属の特S級魔導使”であり、“死神”とも噂された人物。




「……あ、あなたは……っ……!」


声が震える。




けれど、ラゼルは階段の上から、面倒くさそうに目を細めた。


「黙って続けろ」


「……っ」


(なんでこんな人が……どうして……でも……見られてる……)




恐怖と緊張が重なりながらも、エレノーラは言われたとおりに練習を続けた。目を閉じて、魔素を巡らせる── でも、全く集中できなかった。



──そうして、その異様な日は終わった。



しかし、翌日も、彼はいた。


翌々日も、同じように階段の上で寝そべりながら、こちらを見ていた。




ただ、何も言わない。

ずっと黙って、じっとこちらを見ているだけ。



(なんで……)


(見られてると、やりにくいんだけど……!)



けれど、毎日同じ場所に彼がいることで──


あまり彼の存在を、私は気にならなくなっていた。





いつしか、彼が見ていると知りながらも、集中して魔素に意識を向けられるようになっていた。



── そしてある日。



段々と上手くはなってきたが、何度かに一度は"失敗をする"。その理由が分からず、エレノーラは悩んでいた。





エレノーラは、ついに質問をしてしまった。



「……あの……“円”って、どうすれば上手く回るんでしょうか……?」




ラゼルは欠伸を噛み殺すように口を開いた。


「知らん。俺は生まれたときから魔法が使えた」




「……っ、では、なぜここにいらっしゃるのです!? 助言の一つでも──」




あ、しまった、と思ったときには遅かった。


言ってはいけないことを言ってしまった……。




……だが、その言葉をそよ風のように聞き流し、ラゼルは無表情のまま、つまらなそうに口を開いた。



「暇つぶしだ。……まあ、いいだろう。お前みたいなガキでもできる“裏技”ってやつを一つだけ教えてやる」



(── 裏技?)



それは、魔法の授業では決して教わらなかったこと。


けれど── 私が“初めて魔素を円にできた”方法だった。


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