26話 ノエル、魔導士を目指す?
普段は食事が並ぶリビングの机も、今はノエルの“おべんきょう机”だ。
ノエルは食卓の椅子にちょこんと座り、目の前には白紙のノートと、インクのしずくをたたえた小皿が並んでいる。向かいの席には、やわらかな笑みを浮かべたエレノーラが腰かけていた。
「さて、魔法のお勉強を始めましょうか」
「うんっ!」
ノエルは少し緊張したように、背筋をぴんと伸ばす。
「まず最初に、魔法と魔術の違いから話すわね。似ているようで、実は全然違うのよ」
「え……ちがうの?」
エレノーラは頷きながら、さらさらとノートに図を描く。
「魔法っていうのは、“魔素”を直接操作して、詠唱や動作で発動させる力のことよ。これは才能や素質が必要で、誰にでもできるわけじゃないの」
「……うーん、むずかしそう」
「でも、魔術はちょっとちがうの。魔術は、“スクロース”と呼ばれる専用の媒体に魔法陣が描かれていて、そこに魔素を込めることで魔法の効果が発動するの」
「……すくろーす?」
ノエルは思わず手を挙げた。
エレノーラが微笑ましそうに目を細める。
「はい、ノエルさん」
「えっと……スクロースって、何ですか!」
「ふふ、いい質問ね。スクロースっていうのは、特別な紙や布、薄い金属なんかに魔法陣を描いた“道具”のことよ。ちゃんとした方法で作られていれば、魔素を少し注ぐだけで、簡単に魔法が発動するの」
「すごい! じゃあ、紙に魔法陣を描けばいいんだね!」
ノエルはペンを握り、目の前の紙に何か描こうとする。
「んー……それがね、そう簡単にはいかないの。魔法陣を描くには“魔材”と呼ばれる特別な材料を使って作られたインクと筆が必要なの。魔素に反応しやすい材料を使わないと、ただの落書きと同じになっちゃうのよ」
「がーん……」
ノエルが思わず机に突っ伏すと、エレノーラはくすりと笑って、そっと背を撫でた。
「魔術は、“だれでも使える魔法”とも言えるけど、道具と知識が揃っていないと扱えないの。簡単そうで、実は奥が深いのよ」
「そっかぁ……」
「ちなみに、魔法を自分で使える人は“魔法使い”。スクロースみたいな媒体を使う人は“魔術使い”って呼ばれてるわ。そして、上級の技術や力を身につけた者になると、魔法使いは“魔導士”、魔術使いは"魔術師"って呼ばれるようになるのよ」
「まどうし……かっこいい!」
「ふふ、ノエルもきっとなれるわよ」
ノエルは目を輝かせて、勢いよくペンを掲げる。
「魔導士ノエル!」
ぐっとペンを振り上げた瞬間、インクのしずくがぴたりと先端に溜まり──
「こーら、調子に乗らない。服が汚れたら大変よ」
「……えへへ、ごめんなさい」
ノエルの顔に、ようやくいつもの笑みが戻る。
それを見てエレノーラも安心したように微笑んだ。
「でもね、どちらにしても、最初に覚えなきゃいけないのは“魔素の扱い”よ。使役スキルも、魔法も、魔術も── 全部、魔素を使う力なんだから」
「……うん! じゃあ、わたし、魔素の練習からがんばる!」
「その意気よ。じゃあまず、魔素の流れを感じる基礎から始めましょうか」
ノエルは大きく頷き、新たなページをめくる。
新しい真っ白のページは、少女の成長と共に、少しずつ埋まっていくであろう。




