01話 召喚されたのは
「……どういうことだ、といっている!!」
「落ち着きましょう」
苛立ちと不安が支配する中、ただ一人だけが冷静にそう言い放つ。しかし、苛立ちを隠せない巨体の大男は、その冷静な白衣の男に責任を取らせようとしていた。
「貴様、誰に向かってそのような口を聞いている!……この召喚の失敗は貴様のせいだ。死に値する」
「いいのですか?何故このような失敗が起きたのかを解明出来るのは、恐らくこの世で私1人しか……」
「デル=アラノク」
(ズバァンッ……)
闇の裂け目から現れたのは、強烈な漆黒の斬撃だった。そこに存在した生物が生きている通りはない。
「その手の言葉はとうに聞き飽きたわ」
「さて……」
男は、改めて苛立ちの矛先である"失敗作"に目を向けた。この"失敗作"こそ、狭間の世界で一際目立った光── 狭間の世界の"核"とも言える存在だったものの受け皿となったのだ。
……しかし、今はとてもではないが、"生き物"として見れるようなものではない。見た目だけで言えば、スライムに似ている。だが、どうにもベチャベチャで異様な粘性を持ち、形成が整っていない。当然、この召喚で呼び出そうとしたものではない。誰が見ても── 明らかな失敗だった。
この召喚には莫大な魔素と、狭間の世界に送られる"はず"だった死んだ者達の因子が大量に使われていた。それが失敗ともなると、この大男の苛立ちにも納得がいくだろう。もう一秒たりとも、この現実を受け止めたくない大男は、この"失敗作"にも白衣の男同様、同じ処分をするつもりだった。
「失敗作如きに、言葉を費やす価値もない」
「デル=ノア」
しかし、この魔法が届く直前に"失敗作"に異常が起きた。
この世界では、ユニークスキル、というものがある。スキルとは、魂に刻まれる特定の技能のことを指す。しかし、ユニークスキルは世界の気まぐれで取得できる奇跡のようなものだった。
── 世界法則構築情報、確認。
── 自動ユニークスキル「光識環」を取得しました。
── ユニークスキル「魂写環」を取得しました。
この世界の理から外れた存在である狭間の世界の核に、世界の構造に当てはまる必要条件だったのかもしれない。そして、新たに得たユニークスキル《光識環》は、即座に現在の状況の回避を試みていた。
── 自動判断機構《光識環》を使用します
── 危険度:致死
── 対応処理開始
── 光識環、判定完了
── 防衛機構「魂写環」を起動
── 核内部に、同波長の魂因子を検出
── 対象の魂構造を解析中……
── 対象情報:因子《魔王:深淵ノ位階》
── 魂写完了。部分活性化、開始
── 魔素干渉、遮断処理……完了
そして、その魔法は"失敗作"に届いた。
(ズガッ……)
闇の奔流を正面から浴びながら、それは、そこに“ただ存在していた”。
狭間の世界の核に“意思”はなかった。
当然だ、ただの精神的な無機物なのだから。
だが、本来あり得ないことであるが、本来あり得ない存在である"これ"だからこそだろうか。魔王からの魔法に触れ、この世界のルールに則った独自のスキルを保有してしまった。本体の危険を察知し、魔法を読み解くための“識”は、超高速でスキルを使用した。
《光識環》――魂に宿り、世界の法則を知覚する、唯一のスキル。
それは、こう判断した。
── これは“致死”の力である。
── この存在にとって“死”とは、“未然”に防がれるべき攻撃である、と。
そして、同時に《魂写環》を起動させた。
触れた魂の波長を写し取り、体内の核に存在する同様の構造を活性化させ、無効化するスキルである。
意思はない。ただ、生存本能に似た防衛処理が存在するだけだった。 だがそれは、あまりにも精密で、まるで“意志”を持っていたかのようだった。
「……なに?我の魔法を受けて形が残るか」
大男は、とても意外そうにそう言った。
「……ふん。失敗でも物は物、ということか」
指をパチンと鳴らすと、どこからともなく魔物が現れる。
「処分しておけ」
ガサッ……と乱暴に持ち上げられる。しかし、その"失敗作"は、ただなされるがまま運ばれていった。