表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/24

16話 スキルとは何か

リーヴが家族として、そしてノエルの従魔として迎えられてから数日が過ぎた朝。


今日からノエルは、“あの約束”を果たしていくことになる。


空は澄み、風はやわらかく吹いている。


屋敷の中庭はいつもと変わらぬ景色だったが、そこにいたノエルの顔には少しだけ緊張が浮かんでいた。


「……ここで、やるの?」


いつもなら遊び場となっている芝生の上に、今日は簡素なテーブルと椅子が並べられていた。並べられた筆記具や羊皮紙、分厚い本が、まるで学び舎のような雰囲気を漂わせている。


ノエルは自然と背筋を伸ばしていた。


「ふふ、そんなに緊張しなくていいのよ、ノエル」


エレノーラが優しく微笑み、ノエルの髪を撫でる。その隣では、モボンが大きな身体を控えめに揺らしながらじっと待機しており、リーヴは少し離れたところでゆっくり動いている。近くでポロがワンワン!とリーヴに向かって吠えている。いや、会話をしているのかもしれない。


そんな光景を横目にして待機していると、屋敷からアリオスが現れた。手には革張りのノートと筆記具を携えている。


「さて。今日から、ノエルに“使役スキル”の扱い方を教える。記念すべき第一回だ」


「……は、はいっ!」


ノエルは少し緊張しながらも、ぴしっと背を正した。アリオスはその様子に頷き、椅子へと腰を下ろす。


「まず、最初に聞こう。ノエル――スキルって、何だと思う?」


「えっと……魔法とか、便利なことができる……みたいな?」


「ふむ。あながち間違いではない」


アリオスは静かに頷くが、すぐに口調を引き締めた。


「だが、それは“結果”だ。スキルの本質は、もっと深い。スキルとは、“魂の記録”だ」


ノエルはきょとんと目を丸くする。


「……たましい、の?」


「そう。魂というのは、命素・魔素・因子の三つが揃って初めて形を成す。詳しくは後に教えるとして……その魂が何かを“成した”とき、その経験は刻まれる。そして、それが“スキル”になる」


アリオスは手元のノートを開きながら、指先で紙の縁をなぞる。


「何度も繰り返して練習し、理解し、体で覚えた“行動の型”が、魂の中に定着したとき、それがスキルだ。つまり――努力の結晶でもある」


ノエルはぽかんと口を開け、そしてふっと目を細めた。


「じゃあ……がんばって練習すれば、スキルってできるの?」


「……必ず、とは言えない」


アリオスは静かに首を振った。


「魂に刻まれるかどうかは個人差がある。たとえば、“空を飛びたい”と願っても、誰にでも翼が生えるわけではない。魔法やスキルに変えるには、それに適した素質、経験、時には奇跡のような縁が必要だ」


ノエルは少ししょんぼりとしながらも、じっと話を聞いていた。


「でもな、ノエル。例外もある。ごく稀に、生まれつき魂に刻まれたスキルを持っている者もいる」


「え、それって……」


「そう。アルステリア家で代々受け継がれているのが、“使役スキル”だ。そして、お前の母エレノーラの家系――ディルノール家では、“魔法スキル”がそれにあたる」


ノエルがぱっと顔を上げる。


「えっ、ママもスキル持ってるの?」


「ええ。私は“継承魔法スキル”を持ってるわ。でも、魔導士や魔法使いの中には、あえてスキルに頼らず、自分の魔法を磨く人も多いの。そういう人たちは“スキル魔法”よりも、“純魔法”を重んじるのよ」


「……へぇ〜……難しそうだけど、かっこいい……」


アリオスは少し笑いながら、会話を引き取った。


「魔法は努力の産物だ。スキルのように手軽に見えて、実はそうでもない。ただし、魔術師の中にはスキルに頼る者もいる。結局は、何をどう使うか、だな」


「ふんふん…… じゃあご先祖さまが頑張ってくれたおかげで、ノエルたちは使役スキルが使えるんだね?」


「そうだ。その恩を無駄にしないことが大事だぞ」


「すご〜い! ご先祖さま、ありがとう!」


ノエルが天に向かって手を振っていると、アリオスは少し表情を改めた。


「……ただし、継承されたスキルは“特別に強く刻まれた記録”だけだ。自分で努力して得たスキルは、子に受け継がれることはあまりない」


「え〜、それはちょっと不公平〜……」


アリオスは笑って頷いた。


「そう思うかもしれん。だがな、ノエル。自分で得たスキルは、自分の魂の中で最も強く輝く。そしてそれが、誇りになる」


ノエルはその言葉を噛みしめるように、しばらく黙っていた。ふと、モボンに目を向ける。ノエルはリーヴを包み込んだモボンを思い出していた。


「……じゃあ、わたしがモボンやリーヴを“守りたい”って思った気持ちも……スキルの始まりだったのかな」


アリオスの目に、微かに驚きと、満足そうな色が浮かぶ。


「ははっ。先にそこに辿り着くとは、やるな」


アリオスは頷いた。


「そう、これから話す内容に深く関わってくることだ」


それから咳払いをし、続ける。


「じゃあ、次は“使役スキル”について、もう少し深い話をしようか」


ノエルが顔を上げると、アリオスは静かに続けた。


「まず……“使役スキル”って呼ばれてるものは、実は正式なスキル名じゃないんだ」


「え……じゃあ、何?」


「人によって“形”が違う。俺のスキルは《従繋帯》。これは、フォルドのようなゴーレムとの使役に特化した特異なスキルだ」


「だから、パパにはフォルドしかいないんだね……」


「あぁ。フォルド一体を制御するだけで、俺の魔素の大半が持っていかれる。だが、それだけの価値がある相棒だ」


アリオスはどこか懐かしそうに、遠くを見た。


きっと、フォルドと初めて通じ合えた時のことを思い出しているのだろう──と、ノエルは思った。


「……パパが初めて《従繋帯》を使えたときはな。必死だったよ」


アリオスは少し照れくさそうに笑う。


「魔素の流れを感じて、意識を集中して、精密に指示を出して……気を抜いたら暴走するんじゃないかってぐらい、緊張した。でも、やらなきゃいけない、成功しないといけなかった」


そして真剣な目に変わる。


「下手をすると、無差別に命を殺めてしまう力だ」


そう言ってから、彼はノエルをじっと見つめた。


「今のまま、無自覚のまま使役スキルを使っていれば、きっと誰かを傷付けることになる」


そして、続ける。


「だからこそ、ノエルにも聞いておきたい。お前が“使役スキル”を通じて、何を成し遂げたいのかを」


ノエルは一瞬、答えに迷う。


だが、リーヴとモボンを思い浮かべ、目を閉じる。

そして、両手を胸元に重ねて、ぽつりと答えた。


「……わたしは、この子たちと一緒にいたい。大切な友達だから」


アリオスはゆっくりと頷いた。


「……なるほど。悪くない。というより──それは、きっとノエルにしかできない答えだ」


ノエルがきょとんと目を丸くする。


「パパとフォルドは当てはまらないかもしれないが、使役スキルっていうのは、ただ命令して魔物を動かす力、じゃない」


その声は、柔らかくも重みがあった。


「命令じゃなくて、“信頼”がある。そして、“願い”がある。力ではなく、魂で繋がる。ノエルがそれを、無自覚のまま、すでにやっていたというのが……すごいことなんだよ」


ノエルは頬を緩め、少しだけ照れくさそうに笑う。


「えへへ……だって、リーヴもモボンも、いっつもそばにいてくれるんだもん。わたしも、ちゃんと応えたいの」


アリオスは満足げに軽く息を吐いた。


「ふっ……その気持ちさえあれば、スキルなんてあとからついてくるさ。だがまあ、初回の授業はここまでにしておこう」


「うん……! パパ、ありがとうっ!」

ノエルが満面の笑みで頭を下げると、アリオスは一瞬、視線を逸らした。


「うっ……」

思わず目頭が熱くなる。だが、ここで涙など見せられない。アリオスは咳払いをひとつし、顔を上げた。


「……よし、次からは実戦編だ。覚悟しておけよ」


「はーいっ!」


そして、モボンがノエルの手に寄り添っていた。

まるで「一緒に頑張ろうね」とでも言うように──

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ