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10話 譲れない想い


ノエルのその言葉を聞いた時、アリオスは一層複雑な顔をしながらも、決意したように口を開いた。


「……もう一つ、伝えておかないといけないことがある」


ノエルがピクリと反応し、顔を上げる。エレノーラも静かに視線を向けた。


「実は、鑑定士に……もし使役していないのなら、そのスライムを譲ってほしいと言われたんだ」


「え……?」


ノエルの目が大きく見開かれた。


「どうして……そんなこと言うの?それにこの子、今体調すっごく悪そうなんだよ!?」


ノエルの声に、エレノーラも静かに頷く。


「このスライムをお医者様に診せてからでは遅いのでしょうか?」


だがノエルは、その言葉にも即座に反発した。


「この子は誰にもあげないよ!可哀想だもん。私が連れてきたのに、知らない人にあげるなんて!」


「ノエル、まずは話を聞きなさい。エレもだ」


アリオスは、広がりかけた論争を一旦抑えるように声を低くした。


「急な話ではある。だが、鑑定士とその医者は知り合いで、近々“魔物の活力がない件”について相談に行く予定があるそうだ。その時に一緒に診てもらうこともできる。使役していないのなら、という条件付きで、だが」


「その方は、なぜこのスライムを欲しがっているのですか?」


エレノーラが落ち着いた声で問う。


「あぁ、鑑定石が通じないというのは極めて稀な例らしい。だから、より純度の高い石の反応を見るための対象にしたい、とのことだった」


「この子は“物”じゃないんだよ!?そんなの、だめ!!」


ノエルが我慢の限界とばかりに声を荒らげる。

しかし、エレノーラは逆に納得したように眉を寄せた。


「……冷静に考えれば、その鑑定士さんは仕事の仲間、というよりも道具のような扱いかもしれませんが、それでも大切に扱ってくれるのではないですか?お医者様とも友人のようですし、よくしてくださると思いますよ」


アリオスは二人の反応を見て、自分の考えも口にした。


「俺は、どちらかというとノエルに賛成だ。連れてきた責任もあると思う。だが、別の問題がある」


そういい、ノエルに問う。


「ノエル、もし、今後このようなことがあったらどうするつもりだ?傷ついたり倒れている魔物全てをうちに連れ帰って世話をするつもりか」


アリオスの心配事はそれだった。


「うううう〜〜〜……―― それでもヤダ!!」


ノエルの声が遮った。強く、はっきりとした拒絶の言葉だった。


「やだやだやだ! わたしが助けたいの! わたしが見つけたの! 昨日までのモボンとおんなじだったの! ぐったりしてて、かわいそうだったの!」


ノエルは椅子から立ち上がってテーブルの上のスライムを抱きかかえるように手を伸ばした、が……


「ノエル……」


エレノーラが穏やかな声で呼びながら、ノエルの腕を上から優しく抑えた。


「今ならまだ、この子のためにもなるわ。ノエルが悪いってわけじゃないけど……この子を助けるには、もっと知識も、経験も、設備も必要なのよ」


「ちがうもん! わたし、ちゃんと考えてるもん! わたしが助けたいんだもん!!」


ノエルは涙をにじませながら叫んだ。


その瞬間だった。


ぶよん。


何の前触れもなく、後ろから淡水色の大きなスライム――モボンがゆっくりと現れた。彼は、テーブルの上にいる“汚れた水のような”スライムに、自らの身体を滑らせて優しく包み込んでいく。


まるで、大切なものを守るように。


アリオスもエレノーラも、動けなかった。


ノエルはモボンの姿を見て、瞳を潤ませたまま近づき、その大きなスライムにぎゅっと抱きつく。


「……モボンも、守ってくれるの?」


モボンは、静かに震えるように身体を揺らした。


そして――包まれた中のスライムが、かすかに光ったように見えた。わずかな波紋が、モボンの体内でゆらりと広がっていく。


アリオスが目を細める。


「……いま、何か……?」


その変化は、言葉にならなかった。けれど、確かに“何か”が始まったのだった。



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