2話 矛盾と地獄
…違和感の正体が、分かった。
まず、俺達を此処に呼んだ…召喚した時。イディは開口一番、こう言った。
『漸く…成功したんですね』
違和感は、全く無い。それだけ長い時間を掛けて、俺達を召喚したのだろう。
…ただ、〝漸く〟という言葉から考えて。研究者達は失敗を繰り返しているのだ。
俺はこれを〝初めての成功だった〟もしくは〝何度目かの召喚だったが、今回は余程の急ぎであり、且つ失敗が何度か続いた〟という2つの意味合いに捉えた。
…だが後者の場合。俺達にその事を教えないメリットは無い。焦りでメンタルがやられる可能性は否めないが、それでもごく少数だ。
…だが、それは焦り過ぎで忘却していたのかもしれない。
…だからこそ問題は、覚醒付与の話。
『本来、これはこの世界の人間に使うと、覚醒自体は出来ますが身体に負荷が掛かり過ぎる為、即死に至ります』
まあ研究者たるもの、被験者は必ず必要になってくる。効果を試すなら、な。
…だったら、試した人数は?
神崎や漣の【勇者】は1億人に1人の割合、四月一日の【元素魔剣士】は数万人に1人と。そんな割合が出ている。
…だったら、その数値はどうやって割り出した?答えは単純、〝実際に試した〟から。よって確実に、多くの〝犠牲〟の上で研究されているのだ。
覚醒付与が1人の被験者で何回も実験されている線もあるが…なら〝○人に△人の割合〟ではなく〝○回に△回の確率〟と言う筈なんだ。
つまりこの研究者達は…〝人を殺しすぎている〟。自身達の研究の為だけに、人を殺しているんだ。
…そして、さっき述べた救世主召喚の際言った言葉。あれは…〝この世界の人数が減ったから、新たな実験体が欲しい〟そして〝かなり時間が掛かったが、なんとか成功した〟と。
あの〝漸く〟には、そんな意味があったのではないか…?
…そして、それが確証に至ったのは…あの、狂気じみた笑みだ…。
「__君達、人生御愁傷様…♪」
口調が、声音が、雰囲気が変わった。
…何か、ヤバい…!
「っ、【一秒停止】ッ…!」
そう唱えると、世界がモノクロになった。
…頼りないスキル。一秒しか止められないスキル。
…だけど、一秒あれば。
(この距離なら、止められるっ…!)
イディを殴って、止める。イディが、この転移の魔法を発動しようとしている筈だ。証拠に、イディの手には光の素粒子のような物が集まっている。なら、殴ればそれを止められ__
「邪魔だよ、君」
ドゴォッ!!
「が…ぁ…!?」
俺は、イディに腹部を思い切り殴られた。
なんで…?まだ、一秒経って__
その瞬間、世界が色を取り戻した。
「「「「「「ッ!?」」」」」」
周りからは、俺とイディが瞬間移動したようにしか映っていないのだろう。そんな、声にならない声を上げた。
「神楽坂君!?」
「ぁ…ぐ…来るなっ…!!」
駆け寄ってくる一青先生を、手で制止する。
…コイツ。なんで、止まった世界で動けた…?
「アハハッ♪ボクが君程度のスキルに影響されると思った?」
「ぐっ…くそっ…」
腹に、良いものを貰った…悶絶するしか、出来ない。
「うっ…!」
イディが、俺の服を掴んで、魔法陣の方へ投げ飛ばす。
「それじゃあ、精々足掻いてね〜♪…」
…そして、俺達は。
…淡い光に、包まれた。
「っ…」
目を開く。どうやら…転移、されたらしい。
「此処は…なん、なんだ…?」
廃れた、寂れた大きな街。此処が、エスト…?
〝調律の街〟と呼ばれる片鱗すら無い。ただひたすらに、瓦礫が散乱している街。
…それに。
「…なんで、皆が居ない…?」
周囲に、人は居なかった。同じ魔法陣で転移をした、その筈なのに。
「…っ、一先ず状況把握だ…」
焦るな。ここで焦っても何も変わらない、周囲の状況を確認することが先決。
…まず、此処は何処か。トールは、エストと言っていたが…その評判とは真逆の街。とても、聞いていた話とは違う街だ。だったら、此処はエストではないのか?
…と、考えていると。ふと、ある物が目に入った。
…そう、看板。完全に古びていて、灰色の街と同化しているが…そこに書いていたのは。
「…〝エスト〟…か」
どうやら、此処はエストで間違い無い。更に周囲を良く見てみると、同じ様な看板が沢山あった。
…此処はエスト。あの〝調律の街〟のエスト、か。
「…にしても、この世界の文字も読めるんだな」
【言語理解】のスキルの効果だ。文字も解読出来る。さっきまでも、違和感なく話せて__
「…ん?」
また違和感。
…そうだ。覚醒付与の前には【言語理解】のスキルなんて無い筈だ。なら…どうして言葉が通じていた?
研究者達はこちらの世界の人間だから、覚醒付与は出来ない。日本語を知っていた、というのもおかしな話。翻訳魔法でも掛かっていたか?いや…さっき見た感じ魔法の発動の有無は判断出来る、それも違う。召喚された者の特権か…?
…どうにも、辻褄が合わない。
「………仕方無い。考えるのは後にするか」
答えの出てこない問題に、時間を浪費するわけには行かない。そもそも、この現状をどうにかしない限り、俺に待っているのは〝餓死〟だ。
この廃れた街では、とても水や食糧なんて見つけられたものじゃない。取り敢えず、この街から出なければ。
「…流石に歩けば街からは出られるだろ」
と思っていた…が、数十分後。
「……この街、広すぎないか…?」
どれだけ歩いても、この街を抜け出せる気配が、無い。歩いても、瓦礫の山や窓ガラスの割れた建物が続いているだけ。
変わらない景色。ループしているようにも感じられる。
「…何処もかしこも、同じ様な景色で頭がおかしくなる…」
ゲシュタルト崩壊。長時間同じ形を見続ければ、知覚がおかしくなる現象。今まさに、それが俺の身に起こっている。
「…早く抜け出さないとな…」
精神がおかしくなる前に、抜け出さないと。
…そして、更に数十分。
「……長い…」
もう既に、脳内はぐちゃぐちゃだった。思考能力が低下し、意識が朧気だ。
同じ光景を何回も見せられるのが、こんなにも苦痛だとは。
…あれからずっと歩いているのだが、やはり街の端さえ見えない。
前まで、栄えていた街だったのだろう。なら、何故こんな状態になったのか。
…十中八九、イディが関係している。そうでなければ、街内で争いが起きたのか。
そんなことを考えていたのだが…やがて。
「くっ…」
俺は歩くことすらままならなくなった。体感、2時間。それだけ歩いたような気がする。もしかすると、極度の精神疲労で気が付かなかっただけで、その倍の時間は歩いているかもしれない。
「…少し休憩を挟まないとな…」
いくらこの街に何も無いからと言って急ぎで出てしまえば、ぶっ倒れてしまう。少しは身体を大切に、だ。
…と、そう思って休憩に入ろうとすると__
「…ッ!?」
肌を刺す、何か。ドロドロとした、憎悪か、あるいは殺意か。
とにかく、負の感情。それが俺に向けて放たれた。
「…ぅっ…!?」
不快で恐ろしい感情を向けられて、えずいてしまう。
…不気味だ、不吉だ。嫌な予感が、する。
「…!」
ガタッ、と。音がした方を向く。
…瓦礫の1つが落ちた音だった。
…些細な事でビビり過ぎだとは思うが、用心するに越したことはない。
「………」
……数秒後。
「…気のせ__」
ドカアァァァァン!
「__!?」
突如、瓦礫から何かが凄い勢いで飛び出してきた。
「ぐぁるぉぉ…」
…異形の、怪物。ドロドロに溶けた、怪物。
…アレが…〝魔物〟…?
「ゔぉぉお゛お!!」
そんな咆哮を上げる、化物。
「…くっ…!」
どうする?どうする?どうする?
言葉が通用するか?体術が効くか?理性があるか?無ければ…もう。
「ゔぁお゛おぉお!!」
その異形の化物は、俺に向かって突進して来た。
…動きは、遅い。恐らく対処可能。
「!」
ドロドロの拳であろう部位が飛来してきた。速度は遅くはないが…見切れる。
「っ、はぁっ!」
迫りくる拳を回避し、蹴りを叩き込む。すると…。
べチョン
そんな汚い音が鳴った。
「効いてないっ…!?」
そう、俺の蹴りの衝撃は、この化物の身体を覆う液体によって吸収されてしまった。
この感触。例えるなら、泥濘んだ土に攻撃しているような、そんな感覚。
…しかも。
「っ、脚が…」
そのヘドロが、俺の脚に巻き付いた。脚に絡みついて離れない。
「くっ…!離れ、ろっ…!」
必死に抵抗をするが…底なし沼のように、一度嵌ったら簡単には抜け出せない。
「ゔぉるるるっ…」
化物は、顔に該当する部分を俺に向けて近づける。
「…ま、さか…」
捕食、しようとしているのだろうか。
こいつがどんな生物か分からない以上、人間を喰らう生物かどうかも分からない。
もしかしたら、人間を養分とする可能性も…。
「っ…!」
早く、抜け出さなければ。
抜け出せなかったら、最悪…死ぬ。
「こ…のっ…!」
全力で引き剥がそうと、ヘドロから全力で脚を抜こうとしたが…粘着力はかなり強かった。攻撃をしようにも、あの粘着力では自分の首を絞めるだけだろう。
…そして、眼前まで顔が近づいて__
「【一秒停止】ッ…!」
最期まで足掻こうとする執念か。俺はそれを使っていた。心許ない、俺の最弱クラスのスキル。
「ッ!」
俺はヘドロから抜け出し、距離を取った。
「え…抜け出せ、た?」
__世界が色を取り戻す。【一秒停止】を使ってから、一秒が経った合図だ。
「ゔぉ…??」
化物も、何が起きたのかさっぱり分かっていない様子。
…さっきまで俺が【一秒停止】を使おうと思わなかった理由は、捕まっている時点で抜け出すことなど不可能だと思ったからだ。
拘束されていれば、時を止めても振りほどけない。そう思ったからこそ、無意味だと切り捨てて【一秒停止】を使わなかった。
…だが。いざ使ってみたら、図らずも簡単に抜け出せた。
これが【一秒停止】の効果なのか…?
「っ、また来る…!」
俺が思案している内に、混乱から抜け出したのか。その化物は再び俺に向かって突進して来る。
…が、今度は。
「ゔぉおおおっ!」
「は!?」
身体中のヘドロを、あちこちに撒き散らしながらの、突進。
辺りにベタベタとヘドロが張り付く。…そして。
「うっ…!?」
俺自身にも、それは掛かった。
「【一秒停止】…!」
白黒の世界を展開し、直ぐ様抜け出す。そして余った停止時間で、瞬時に周囲を確認。
…ほぼほぼ隙間がないくらいに、ヘドロが散っている。…前進は不可能だ。
…と、なれば。
「くっ…!」
俺は化物から背を向け、逃げ出す。その瞬間に、世界が元に戻る。
「ゔぉ?」
【一秒停止】を使う前、俺はヘドロが全身に付着していた。つまり、俺からも化物からも、姿を視認出来ない状態にあった。
だから化物は【一秒停止】を使う前に俺が居た位置に向けて攻撃を放った。
…だが、空振った。だから、瞬間的に困惑した。
…逃げるには、最高のタイミングだった。
「ふぅ…此処なら身を潜められるか…?」
廃れきっている路地裏。瓦礫に埋もれかけていたので、暫くは見つからないだろう。
「……」
疲れている。疲労もあるが、大きいのは疲弊の面でだ。
憔悴しかけているのだ。脳に情報を詰め込まれ過ぎたり、錯覚を見せられたり。
流石に、整理しないと、まずい。
「…寝ないと、いけないな…」
ただ…此処で寝るというのは、自殺行為に等しいのではないか?
此処には、さっきの化物が徘徊している。もしかすると、さっきの化物や他の化物が、この街にまだまだ、存在するかもしれない。
…だが疲弊した状態で、此処を抜けられるのか?判断力が鈍ってしまえば、それこそ生存確率が低くなるのでは?
死のリスクを背負って寝るか、判断力を捨てて此処を抜け出すか。
どちらにせよ、死に近しい行為。進退窮まる、ジレンマ。
…一体、どうしたら…。
「…あ、そう言えば…〝能力確認〟」
俺はステータス画面を開く。
神楽坂愁 クラス【一秒使い】
レベル1
生命力5 攻撃5 防御5
魔攻5 魔防5 魔力量5
敏捷5 隠密5 知覚5
巧緻5 幸運5 使役5
(総合値60)
所持スキル
【言語理解】【一秒停止】【瞬間睡眠】
相変わらず、低い能力値。だが、俺の視線は1つのスキル項目に注がれていた。
…【瞬間睡眠】。俺の数少ない【一秒使い】の個性。
最初は一秒で何が出来るのだろうかと思っていたのだが…存外、馬鹿にできないのかもしれない。
…一秒で睡眠に入れるなら、数分だが睡眠に入る時間をショートカット出来るだろう。
数分、と言えば大した事では無いのかもしれない…が、この極限状態に等しい環境では、数分が生死の分水嶺となる可能性だってある。
…とどのつまり。僅かだが、生存できる確率は上がる。
「…どちらにせよ尋常じゃないリスクのデカさだが…やるしか、ないか」
今俺は、手段を選んでる程余裕があるというわけじゃない。寧ろ、考えれば考える程徒爾な時間を過ごすことになるだろう。
…だったら、俺は。と、俺は目を瞑って。
「…【瞬間睡眠】」
…………。
「…んぁ?」
なんだこれ…眠らないぞ?
「…なんで__」
そこまで言って、気付く。今の俺は、妙に落ち着いている。さっきまで、余裕が無かった筈なのに。
「…もしかして」
もしかすると。【瞬間睡眠】とは〝一秒で眠りに就ける〟ではなく〝一秒で睡眠を完了させられる〟ということなのではないだろうか?
だとしたら、俺が今冷静で居られるのにも納得が行く。睡眠にはリラックス効果がある。不安を和らげたり、身体のコンディションを整えたり、記憶を整理したり。
突然此処に連れてこられた混乱と不安、そして休まず歩き続けた疲労、知らない情報を詰められてパンクした脳。此処に来てから、俺が負ったマイナス。それら全て、充分な睡眠で解決出来るものだったのだ。
そう、〝充分な睡眠〟。一秒目を閉じただけが〝充分な睡眠〟とは言えない。つまり、〝一秒寝た=充分な睡眠〟の式が成り立っている事になる。
それを可能にするのが、俺のスキルということなのだろう。
「…まあなんにせよ。実質的に睡眠がほぼほぼ必要ないのはありがたい」
この状況では、睡眠が命取りだったのだ。その心配すらなくなったので、これから気兼ね無く、エスト脱出へ向けて行動出来る。
「…さて…じゃあ」
俺は軽く身体をほぐして、そして。
「…この〝調律の街〟を、抜けるとするか」
[視点変更:神崎悠斗]
俺は、飛ばされていた。その、〝調律の街〟とやらに。
「…随分廃れた街だな…あいつらも全員居ない。っち、手駒が居れば色々楽だったんだがな。にしてもイディ…俺に対して生意気な言葉を吐きやがって。俺が、此処で生を終える器だと思っているのか?ハッ、甘いな、俺は【勇者】だ、【勇者・蒼白】だ。この程度の窮地、抜け出せてこそ本物の勇者だ」
そう、俺は救世主の中でも選ばれし最強クラス【勇者】。その【勇者】の中でも最強の【勇者・蒼白】。漣の【勇者・白銀】も強そうだが…それでも俺には届かない。何故なら、この俺が最強であるから。
それにこれだけの力、漣はおろか他の連中も使い熟せるわけがない。
そう。技を悉皆、扱えるのは俺だけだ。無駄無く、本来の使い方を。余すこと無く扱えるのは、俺しか居ない。これは、確定事項。
「ガルルルッ…!」
「…あ?」
俺の背後から、狼型の化物…魔物が、迫って来ていた。
「駄犬が。力の差も理解出来ないのか?」
「ガルルル!」
狼が、俺に向かって突進して来た。半端なく鋭利な犬歯をギラつかせ、喉元を噛み千切ろうとして来る。
「【勇者の剣・蒼白】」
そう唱えると…俺の手許に、蒼の剣身で金の柄…神々しさが特徴の、剣が現れた。
この俺に相応しい、良い剣だ。
「【蒼ノ剣】」
続けて、そう唱える。
すると…顕現させた剣が、燃え盛るような蒼いオーラに包まれた。
「はぁっ…!」
「グルォオ!?」
俺はその剣で、狼を断ち切った。一刀両断。
「ハッ…これなら、楽勝だな」
神崎悠斗 クラス【勇者・蒼白】
レベル1→3
生命力100→300 攻撃400→1200 防御100→300
魔攻400→1200 魔防100→300 魔力量150→450
敏捷200→600 隠密100→300 知覚100→300
巧緻200→600 幸運100→300 使役100→300
(総合値2050→6150)
状態:攻撃値2倍、魔攻値2倍
所持スキル
【言語理解】【鑑定・蒼白】【勇者の剣・蒼白】【蒼ノ剣】【干渉耐性・蒼白】【局所的筋力増幅】【全魔力適性】【水魔力超適性】
…これが、俺の力だ。
…そう、俺は救世主として召喚された、3-Fの誰よりも早く…〝レベルアップ〟をしたのだった。
[視点変更:四月一日慶二]
「おらおらおらぁ!【元素融合】〜!」
そこらで魔物に遭遇しやがった。面白そうだから、スキルの実験台となって貰ってたぜ。
この【元素融合】は実に愉しい。元素についてまだ良く分かってねえが…とにかく色んな元素をテキトーに当てはめて相手に放ったら、馬鹿みたいな威力が出やがる。
【元素武具生成】で剣を作って【元素融合】を纏えば、振るうだけで【元素融合】の斬撃も飛ばせる。まさに馬鹿げた破壊力。最高じゃねえか。
四月一日慶二 クラス【元素魔剣士】
レベル1→2
生命力80→160 攻撃50→100 防御50→100
魔攻100→200 魔防100→200 魔力量100→200
敏捷50→100 隠密50→100 知覚50→100
巧緻100→200 幸運50→100 使役50→100
(総合値830→1660)
所持スキル
【言語理解】【元素融合】【元素燃料】【元素亜空間】【元素武具生成】【全魔力適性】
「うっしゃあ!レベルアップ〜!」
魔物を倒し、レベルアップした。まさかの全能力値が2倍!?いや〜、マジで良いわ。これぞ異世界!そして主人公感溢れるスキルも重畳!
「これなら…そろそろ時間の問題かもなぁ?」
[視点変更:神楽坂愁]
…俺はひたすら、街の外に向けて歩いていた。途中、様々な化物を見かけたが…なんとかやり過ごす事が出来ていた。
…だが。何時間歩いても、何回【瞬間睡眠】で休息を入れても。まだまだ一向に、外の壁すら見えない。
「…なんで、こんなにも広いんだ…」
これだけ栄えているなら…此処、エストは間違いなく〝調律の街〟と呼ばれていたのだろう。
ただ…衰え、そして廃れた理由までは全く分からないわけだが。
「…昔は、これだけの規模の街…って、事だったんだよな?」
…そういう、事だろう。
俺が知らない、平和で賑やかな街。是非とも見てみたかったな。
「っと…そろそろ疲れてきたな…【瞬間睡眠】」
定期的に【瞬間睡眠】を入れる。
…途中で気付いたが…どうやら。
神楽坂愁 クラス【一秒使い】
レベル1
生命力5 攻撃5 防御5
魔攻5 魔防5 魔力量2/5
敏捷5 隠密5 知覚5
巧緻5 幸運5 使役5
(総合値60)
所持スキル
【言語理解】【一秒停止】【瞬間睡眠】
魔力量の項目。いつの間にか、〝2/5〟と表示されるようになった。
どうやら、スキルの発動には魔力を消費するらしい。【瞬間睡眠】の場合、必要魔力量は2だ。
そして、魔力は時間経過で少しずつ回復するらしい。俺の場合、体感では1時間と少しで1回復する。これがデフォルトかは分からないが…魔力量によって回復量に違いがあるかもしれない。
というか違いが無ければ、レベル1時点で魔力量が150の神崎が0から全快まで1週間程度掛かる事になる。なら十中八九、違いがあるだろう。ということは恐らく、魔力は時間経過で割合回復するのだろう。
俺の魔力量では、ほぼほぼ回復しない。そこが、悔やまれるか。
「……ッ」
前方に、影。色までは視認できないが…人の形でないのだけは、分かる。
…此処に来るまでに見た化物と同様の、化物。
…なの、だが。
「デカ、くないか…?」
今までは、人間と同等、もしくは少し大きいくらいだった。だけど…目の前に見える化物は。
「……」
建物の高さから計算すると…体長、約4m。〝化物〟と聞いて連想する化物そのものだ。
…影しか見えないが、何か、触手のようなものが三本蠢いている。巨大な体躯の所為で細く見えるが、相当な太さだろう。
…あんな奴に見つかったら、一貫の終わりだ。
「さっさと、離れ__!?」
瞬間、俺の背後から、殺気。
「しま__」
「グオォオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
…目の前の奴に、気を取られて。
すっかり、後方への警戒が緩んでいた。
背後に立っていたのは、全身が赤黒い毛に覆われている、ゴリラ。人を狩る、と言わんばかりの黒く濁った、殺意に塗れた双眸。
…こいつも、体躯が他と比べてデカい。体長、約2.5m。普通に考えて、こいつにも勝てるわけがない。
…しかも、さっきの叫び声。
「ウォ?」
紅ゴリラとは反対方向から、そんな声が聞こえてきた。
「まさ、か…!?」
失態だ。さっきまで見ていた怪物が、俺の姿を視認した。
「ゴウェエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」
姿が、露わになる。茶色い身体。硬そうな殻に包まれた盾状の左腕に、殺す事に特化した鎌状の右腕。背中には紫色の線を巡らせた触手が三本。
「ッ!?」
触手の一本が、飛んできた。
動きは真っ直ぐ、単調に…だが問題はその速さ。反応出来ても、躱しきれるか。
「ッ、【一秒停止】ッ!」
触手を避けながら、【一秒停止】を発動させる。
そして直ぐ様、全力で逃走する。
…ただ、一秒じゃそんなこと出来なくて。世界が色を取り戻した瞬間。
「ぐあぁっ!?」
触手が、俺の右脚を貫いた。
「グォオオオオオ!!」
そして連携するように、紅ゴリラが拳を叩き込もうとして来る。
「【一秒、停止】…ッ!」
痛くても。思考は、止めない。動きは、止めては行けない。
止めた瞬間…死ぬ。
「ぅ、ぐっ…」
時を止めている最中は、どうやらこの触手も無視して動けるらしい。触手は脚からすり抜けたのだ。
そして、世界が戻る。なんとか、少しだけ延命出来た。
…だが、ここで問題がある。
神楽坂愁 クラス【一秒使い】
レベル1
生命力2/5 攻撃5 防御5
魔攻5 魔防5 魔力量0/5
敏捷5 隠密5 知覚5
巧緻5 幸運5 使役5
(総合値60)
所持スキル
【言語理解】【一秒停止】【瞬間睡眠】
魔力が…もう、残っていない。1すらも、残っていない。
魔力が無ければ…スキルは、発動すら出来ない。
「詰み…なの、か…?」
最弱クラスで、最弱ステータスで、最弱スキル。俺が、今まで〝持ち得なかった〟もの。
…そう、俺はこんなに恵まれてない人間じゃなかった。
『いいか、愁。〝完璧過ぎる〟というのは、時には人の恨みを買ってしまう。その完璧超人を、陥れようとする輩が、必ず現れる。それによってお前が貶められた時、お前は周りから〝出来損ない〟と言われるだろう』
…こんな時に、あの親父の言葉かよ。
『だが。それしきのことで自分を責めるな。周りからの評価じゃない、お前がお前を評価しろ。自分の価値は、周りが決められる物では無いんだ。だから、不佞と罵られようがどうだっていい。大切なのは__』
__ああ。分かってるよ、親父。
俺は、立ち上がる。
右脚は穴が空いている、手許に武器も無ければ、スキルという武器も魔力の関係上、ゼロ。
…詰み?いいや、そうじゃない。それは、俺の考えじゃない。
そうだ。俺は、客観的に考え過ぎてたんだ。ちっとも、主観的に考えていなかった。いつも周りの目を気にして、自身の意見を主張出来なかった。
…だったら、やってやるよ。
無茶だなんて言わせない、どうせ死ぬなんて言わせない。
前に親父が、俺に言った言葉を、紡ぐ。
…大切なのは__
「【一秒停止】」
2話終了です。
神崎をとにかく自分に酔っているように書きました。徹底的に噛ませ犬に仕立て上げてる感じになってますが果たして…。
次回は鎌触手と紅ゴリラとの戦闘からです。では。