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12話 救世主の救世主

 …【瞬刻の回帰】。そのスキルの真髄はスキル名の通り〝戻す〟事だ。対象の記憶以外の状態を、戻す…それが、このスキルの本質。


 だがこれは当然攻撃用に扱うスキルではない。だったら何故、【瞬刻の回帰】を扱う事を選択したのか。


「ァアアアアア!!」


 ドタァン!


 …俺のクラス【一秒使い】。どういう訳か研究者達からはハズレクラスだと称されたクラスだが…その実態はどこまでも不明。普通と比べても規格外の能力を有しているクラスだ。


 …そんなクラスだからこそ、スキルの扱い方を考えた。どうすれば敵を効率良く倒せるか、どうすれば消耗を少なくして立ち回れるか。


 …そして、シャイガイモドキの攻略で辿り着いたのが…【瞬刻の回帰】。シャイガイモドキ戦での勝率をほぼほぼ100%にする策だ。


「ァアア…?」


 シャイガイモドキは困惑していた。


 …そう、シャイガイモドキは一秒前の場所に戻っていた…俺を殴る、直前で。


 ──この確認だけで、充分な成果が得られた。これなら…いける。


 俺は続けてスキル名を紡ぐ。


「【瞬刻の──」


 ドタァン!!


 シャイガイモドキは更にスピードを上げて殴りかかってくる…ただ、極限集中の状態では先程よりも遅く見えるが。


「──回帰】」


 ドゴォッ!!


「ッ…」


 俺はその攻撃を…受け止めていた…これも知覚値上昇によるものだろうか。ダメージ増加だけでなく、ダメージ軽減も出来るらしい。


 …そして。


「おらぁっ!!」


 ドゴォオオオオッ!!


「ァアアアアア!?」


 …一秒が経過した瞬間。俺はシャイガイモドキが回帰する場所に、()()()()()()()()()()。シャイガイモドキは()()()()()()、そのまま吹き飛ばされる。


 ドゴォォオン!!


 シャイガイモドキは俺と同じように建物に勢い良くぶつかり、降ってきた瓦礫がシャイガイモドキを襲う…これでそれなりにダメージは入った筈だ。


 ──【瞬刻の回帰】を使った戦法…戦術的には案外ショボいものだ。


 先ず相手に対して【瞬刻の回帰】を発動。その時に対象の動きと位置を覚えておく。次に一秒間凌ぐ。【拡縮する秒針】を使っているならその倍率分凌がなきゃいけないが…その方が成功率が上がる。そして、最後…一秒経つ直前に、対象が回帰する場所へ打ち込む。これだけだ。


 そもそもアイツが超反応で俺へカウンターを打ち込んだのは世界への【一秒停止】の時だ。【瞬刻の回帰】との違いは…〝自分が動いているか動いていないか〟である。


 【一秒停止】では自身の位置は変わっていなかったから余計な情報を詰め込まずに反応出来ただろうが…【瞬刻の回帰】の場合、動いていたら急に戻される。景色も今の自分の態勢も、何もかもが変わる…その変化に脳が慣れるのには、多少時間が掛かる。


 そこを、突く。案外単純なんだよな。


 ──さて、これが決まれば。


「【拡縮する秒針】〝95倍拡大〟【一秒鈍化】」


 ダンッ!!


 …もう俺が、シャイガイモドキに恐れるものは何も無い。


 アイツの固有能力は恐らく、単なる身体強化…なんなら見てみるか。


「【瞬間鑑定】」


《白魔人…細い体躯が特徴の魔人。他の魔人より速力に優れていて、魔法耐性が高い。固有能力:【超越者】…自身の能力を逸脱した身体能力を得る》

《白魔人の次の行動:立ち上がる》

《白魔人の生命力:13862/18363》


 …成程。身体強化とはちょっと違うのか。


 …でも、それ以上に特殊な能力が無いのなら。


(…もう、終わりだ…!)


 俺はシャイガイモドキに肉薄し…そして。


 ドゴオッ!ドガァッ!


 シャイガイモドキを上回る速度で…攻撃する。【一秒鈍化】で遅くしているので、このようにコイツよりも速く動けるのだ。


 …それに、コイツはそこまで硬くない。普通に人間を殴っている感覚だ…なら、ダメージはかなり通っている。


 シャイガイモドキは応戦しようとするが…俺の猛攻により為す術が無いようだった。流石に極限集中状態で且つ【一秒鈍化】を使った俺には追い付けなかったようだ。


 ジリジリとシャイガイモドキの生命力値を削っていき…そして、そして。


 ドゴォオオオオン!!


 ──トドメの、渾身のアッパーキック。


 シャイガイモドキは吹き飛ばされ…そして、動かなくなった。


 …絶命したかどうかは、直ぐに分かった。


《条件を満たしました。【瞬間睡眠】が進化します。》





神楽坂愁 クラス【一秒使い】


レベル95→113

生命力475→565 攻撃475→565 防御475→565

魔攻475→565 魔防475→565 魔力量475→565

敏捷475→565 隠密475→565 知覚108000

巧緻475→565 幸運475→565 使役475→565

(総合値113225→114215)


状態:極限集中(知覚値上昇)


所持スキル

【言語理解】【一秒停止】【瞬間状態回復】【拡縮する秒針】【瞬間千里眼】【瞬刻の回帰】【瞬間鑑定】【一秒鈍化】【一秒経過】【瞬間冷凍】【瞬間生成】【瞬間重力操作】【刹那の帝】





「………」


 …まさか、本当に()()()()()が手に入るとは、思わなかった。しかも、想像以上のもの。


 これならば、もう戻った方が良い…いや、戻るべきだ。一刻も早く、四条の許へと戻らねば。


「極限集中は解かない方が良いな…」


 ここで解いてしまえば脳のキャパシティオーバーで暫く動けなくなりそうだからな…終わってから、解きたい。


「急いで…戻るぞ…!」


 ステータスの上昇で、その分速く戻れる…まだ時間に余裕はある、だけど早く戻ろう。


 ──皆を、安心させるんだ。


 ダンッ!!











[視点変更:一青舞菜]


「……」

「……」


 …神楽坂君が急に飛び出してから、どのくらい経過したのだろうか。まだ全然経ってはいない筈だけど…それでも四条さんの状態を考えると、一秒一秒が凄く長く感じてしまう。


 私達が出来る事は、何も無かった。ただ、神楽坂君が何か思いついたようだったから、それを信じて待っているだけ。


 …故に、私と漣さんの間に会話は殆ど無かった。お互い、四条さんの状態を心配していたからだ。


(…四条さん…)


 私が就任してから少しして…四条さんと神楽坂君が他クラスと揉めた事がある。揉めた日の夜くらいに、四条さんは身体中ボロボロで、神楽坂君は返り血塗れで私の許へ来た。


 …四条さん曰く、〝他クラスの生徒に残虐な虐めを受けていたところを、神楽坂君が助けてくれた〟とのこと。


 四条さんが恵まれた家系でないのは知っていたけれど…まさかそんな虐めを受けていたなんて思わなかった。気付けなかった私の不甲斐なさを実感した。


 …だから、その時は四条さんに謝って、神楽坂君に感謝した気がする。二人は〝気にしないで〟と逆に私を慰めてくれた…本当に良い子達だ。


 …それからというもの、二人はいつも近くに居た。何やら〝約束〟を交わしていて、それを破らない為に近くに居た…らしい。


 四条さんは毎日安心した様子で学校生活を送れていたようだ。その前までは何か無理していたというか、取り繕っていたような様子だったが…あの件以来、それは無くなっていた。


 ──そんな、四条さんが…現在、死にかけている。


 神楽坂君と交わした約束がどんなものなのかは分からない…だけど。四条さんの為に、神楽坂君は動いている。


 …だから、私達は神楽坂君を信じるのだ。


 …だけど、それでも心配ではある。


「……神楽坂君は、戻って来るわよね…」


 胸中の言葉を小さく吐露する…それを漣さんは聴き逃さなかった。


「──大丈夫ですよ。神楽坂君は死なない…そういう雰囲気、感じた事ありませんか?」

「…確かにね」


 私も漣さんも…神楽坂君が死ぬというイメージが湧かない。ボロボロになる事はあっても、なんやかんやで生きているような…そんなイメージ。


 …まあ、そうだろう。神楽坂君は京極高校の中でも頭一つ抜けていた。文武において高校生のレベルを遥かに逸脱していたのだ。


 そんな屈指の天才である神楽坂君に…〝敗北〟の二文字を突き付けられる相手は、居るのだろうか。


 絶対に負けない存在、なんて居る訳が無いのに…それでも、神楽坂君は負けない、と。確信めいてもいないのに、断言して良いとまで思える。


 …本当に、何故なのだろう。


「……」

「……」


 …再び、沈黙が場を支配する。


 …お互い心の中では不安である事は一緒なのだ。だからこそ…私は祈っている。


(──お願い…早く、戻ってきて…)


 …その願いが。


 ──今、届いた。


「ッ、四条…!」

「「…!」」


 その声が、聞こえた瞬間…私は自分が思っているよりも、甚く安堵した。











[視点変更:神楽坂愁]


 …どうやら、間に合ったようだ。


 戻る道中、様々な魔物に行く手を阻まれたが…それでもスキルを惜しまず使い…俺は、この場に戻って来た。


「漣、四条の容態は…」

「まだ大丈夫…といっても、残り30分くらいで死ぬかも」

「…了解、一切問題無い」


 俺は四条の傍へと行き、腰を落として倒れている四条に手を翳す。


 ──俺がレベルアップをしていた理由…それは、〝スキルの獲得〟だった。


 四条を蝕んでいる毒を治せるような知識がある奴は誰も居ない…となれば、その毒に侵されている四条を治せるようなスキルが必要だった。だが俺も漣も一青先生も、そんなスキルは一切持っていなかった。


 …救世主の合流を待ち、解毒のスキルを持つ奴を期待する事も出来たかもしれないが…恐らく此処に着く頃には四条は死んでいただろう。漣ですら、此処に来るのにそれなりの時間が掛かったのだから。


 …だったら、俺達の誰かがレベルアップして新たなスキルを獲得するぐらいしか、思い付かない。


 …漣は速度特化の【勇者・白銀】…治療系のスキルはあるかもしれないが…それでも可能性は低い。


 一青先生の【星詠み】なら可能性はあったが…そもそも一青先生のスキルはエストでは封じられている。これはイディが徹底的な対策をしていると、考えても良いだろう。


 …だからこその、【一秒使い】。全容が全く分からない、未知数な俺のクラス。俺だけが、四条を助けられると判断した。


 …四条とは口約束をした仲だ。どんな絶望的状況だとしても、一縷の望みは捨てきれなかった。次のスキル獲得で欲しいものが手に入らなくても、その次のスキル獲得まで死に物狂いで足掻くつもりだった。


 …だからこそ、驚いた。簡単に、とまでは行かなかったが…割と直ぐに、目当てのスキルが手に入ったから。


 …だが、それは()()()()()()()()()()()()


 …あの時レベルアップと同時に表示されたテキスト…そこには、進化したスキルがあった。


 ──それは…【瞬間睡眠】。睡眠を補ったり、一瞬だけ敵を眠らせる為だけに使うだけだったスキルが…今、進化した。


 俺はそのスキル名を紡ぐ。四条を、助ける為のスキルを、発動する。


「──【瞬間状態回復】」


 …四条の身体から一瞬だけ光が溢れ…そして、一秒後。


「──んっ…?」


 四条が…()()()()()()


「ッ、四条さんッ!」

「…一青先生…?あぁ、そっか、私…」


 まだ目醒めたばかりで記憶が混乱しているんだな…今、記憶の整理をしているところか。


「えっと…魔物に噛まれて、それで苦しくなって───わぁっ…!?」

「──良かった…!良かったよぉ…!」


 一青先生が、四条を抱き締めた。


 …俺の時と同じだ。一青先生は俺達を第一に考えてくれる。こんな、誰もが生きるか死ぬかの窮地に立たされている状況で、俺達を一番大事に思ってくれる。


「一青先生…い、痛いですって…」


 ボロボロな四条では、一青先生の抱擁は少し痛かったらしい。


 …こんなボロボロになってまで、お前は生きる事を諦めなかったんだな。


「…漣ちゃんも──神楽坂君、も…」


 …四条は、俺を見て…そして、微笑んだ。あの日初めて、俺に笑い掛けてくれたように、微笑んだ。


 …その笑顔が…俺の情動を掻き立てる。


「──心配、掛けさせやがって…」


 目頭が熱くなるような、感覚…それは、そうだ。俺はそれなりの期間、コイツと過ごしてきたんだ。


 …何も思わない訳が、無い。


「あはは…ごめんね」

「なんで謝るんだよ…お前は悪くないって、いつも言ってるだろ…」


 ──俺が四条を〝善人〟だと言う理由…コイツは根が綺麗過ぎるんだ。どんな事があっても、相手を傷付ける事なんかしない。裏切る事も罵る事も、一切しない。


 …実際四条は虐められても、一回も反論も反撃もしなかった。全部自分で解決しようとしていたのだ。現実では不可能だと分かっていても、諦めきれない。だって…他人に責任を課したくないから。自分以外が責められるのが、耐えきれないから。


 …その純粋さは、四条の生まれも関係しているのだろう。貧民街という治安の悪そうな場所で過ごしてきた四条だ…どんな行動が、相手を傷付けてしまうのか。それらが、理論的にも感覚的にも分かるのだろう。


 …今時の心が汚れている奴は、完全な善人を嫌うんだろうな。〝綺麗事ばっか述べてんじゃねえ〟〝良い奴ぶってんじゃねえ〟と。


 …だからコイツは虐められてたってのも、あるかもな。


「──神楽坂君…あの口約束続いてたんだね…」

「当たり前だろ…」

「私、てっきり時効かと思っちゃってた…」

「だったらなんでこれまで近くに居たんだよ…」

「それもそっか…」


 会話するのが、酷く懐かしい。此処に来てからまだ数日だというのに。


 …やっぱり、四条との会話は落ち着く。俺と似通った会話を組み立ててくれるから、疲れない。


「──そういえば、どうやって私を助けたの?」


 …まあ、そこが気になるか。


「俺のスキル…【瞬間状態回復】を使ったんだよ」

「…【瞬間状態回復】?」

「何かしらの条件を満たしたようで、【瞬間睡眠】のスキルが進化したんだ…それで、毒とかのデバフを解除して生命力値を少量回復させる【瞬間状態回復】になった」


 …そういえば、テキストには何が要因で進化したのかは書かれていなかった。スキルが進化したという事実だけが書かれていたのだ。


 …〝重要なのは原因じゃない、結果だ〟みたいな事か?まあ確かに結果として、俺の【瞬間睡眠】は【瞬間状態回復】に進化した。


 …ただ、一概に強化されたかというと分からないな。【瞬間状態回復】は【瞬間睡眠】と違って、敵に使用しても逆効果だからな…その代わり、回復に特化したスキルとなった。恐らく睡眠によるメリット効果も残っているから、回復に関しては【瞬間睡眠】よりも遥かに優れているだろう。


「…なんか、神楽坂君らしいスキルかもね」

「…そうか?」


 俺は全然、そうは思わないんだが…俺に似合っているスキルと言えば、暴力的な物だと思ってるんだが…。


 四条は俺の目を見据えて…。


「だって人助けのスキルでしょ?誰よりも思い遣りのある善人の神楽坂君にピッタリじゃん…」

「…そ、そうか…」


 本当に思っているならば、嬉しいのだが…正直むず痒い。


 …Fクラスに落ちてから、俺の心は荒んでしまった。理不尽を突き付けられてから、他人を思い遣る心など、殆ど忘れてしまった。


 …例外は、俺に良くしてくれた人。四条や一青先生のような人だな。


 …それ以外は、はっきり言うと助ける事なんて考えた事は無い。恩義も無いのに人を助けるなんて事、俺はしないから。


 …それなのに、四条は。


 ──俺の事を、〝良い奴〟だと。〝善人〟だと思ってくれるのか?











[視点変更:四条霧菜]


 …多分、神楽坂君は憶えてないだろうね。私が神楽坂君を〝善人〟だと思う理由。


 それは、2年の5月某日。漣ちゃんがFクラスに入ってくる少し前だったかな?


『四条。今時間あるか?』


 突然、神楽坂君にそんな事を言われたんだよね。


『え?何?愛の告白?』

『ああ、そうだ』

『へえ、嘘だね』

『当たり前だろ』


 こういう冗談を言い合ってたね…本当、学校で神楽坂君と話してる時間は好きだったな〜。


『んまあ空いてるけど…此処だったら駄目な話?』

『いや、別にそういう訳じゃないが』

『なら此処で話そうよ!人目は無いからさ!神楽坂君もちゃんとした愛の告白が出来る──』

『好きだ』

『…へ!?』

『…冗談かどうか見分けつかないならそんなふざけた事言ってるなよ…はぁ…』

『い、いや…急に言われると…ね?』

『…そんなもんなのか』


 この時すっごい恥ずかしかったなぁ…絶対顔赤かったよね。心臓バクバク言って、割かし真面目にときめいた気がする。


 …あれ?私ってもしかしてチョロい?


『話逸れてんだろ…とっとと本題に入るぞ』


 …神楽坂君はその時、割と真剣な表情だった。真っ直ぐな瞳で私を見てた。


 …そして、その本題に入った。


『──お前、高校を辞める気はあるか?』

『……え?』


 その言葉を言われた瞬間、私の頭は真っ白になったっけ…だって学校で一番仲の良い友達にそんな事言われたんだよ?一瞬意味が分からなくても仕方ないでしょ。


『え、えっと…どういう事…?』

『そのまんまの意味だ…高校を辞めるかどうか──』

『それは分かってるよ!私が言いたいのはそうじゃなくて…なんで、急にそんな事を訊いてくるのか、って…』


 私の言葉に、神楽坂君の顔は更に真剣になった。


『…簡単だ。このまま此処で生活を送っていたら、お前への虐めは絶えない。俺は暴力からお前の身を護ってやれても、罵倒や侮蔑から護る事は難しい…だから、お前がこれ以上傷付かない為にも、退学する選択肢を提示したい…それだけだ』


 …それは多分、神楽坂君なりに考えて出した答えだったんだろうね。私を傷付けない為に、頑張って絞り出した答え。


 …確かに、私への侮蔑や差別は全くと言って良い程減っていなかった。神楽坂君の暴力行為によって多少は落ち着くかと思ってたけど…神楽坂君が告発されて、停学になったんだよね。


 …それでも神楽坂君はそれを無視して、私を護る為に学校に来てた。本当に嬉しい事だよ。


 …でも、流石に。その提案だけは、頂けなかったんだよね。


『──良い加減にして、神楽坂君』

『え…?』


 この日まで、誰かに対して怒るって事をした事が無かったんだけど…人生で初めて怒った。怒った事が無かったから、全然怖くなかっただろうけど。


『確かにそれは私を思っての事だろうね…けど、神楽坂君は私の考えを全て分かってる訳じゃ無いよね?』

『…それは…』


 …この時の神楽坂君は、本当に私の事分かってなかったね。理解しようとしてたけど全部空回ってた、みたいな。


『私は君とこうやって話してるだけで、虐めなんて気にもならないくらい楽しいんだよ…学校辞めたら、こういう風に話したりもしなくなるかもしれないじゃん…』


 …京極高校に入ってから出身の問題でずっとFクラスだった私には、それは勿論友達なんて居なかった。新しく入ってきたFクラスの生徒に明るく振る舞って接しても、優しくしても。距離は縮まるどころか、〝善人ぶるな〟って距離を空けられた。そんなつもりは無かったのに。


 …その時は本当に悲しかった。ただ友達が欲しいだけなのに、普通に接したいだけなのに…避けられる。気付けば心はそんなに動かなくなってたかな。


 …だけど、神楽坂君は違った…神楽坂君は私を受け入れてくれたんだよ。


 あの時『宜しく』と言った私の手を、握り返してくれた…簡単な事だけど、これをしたのは神楽坂君だけだった。全員に手を差し伸べたけど…私の手を握ったのは、神楽坂君が初めてだったのだ。


 …その時から私の中で、どこか神楽坂君が(よすが)になっていたのかもしれないね。


 …だからこそ、私は。


『──私は君と、離れたくないんだよ』


 …今思い出してみると、恥ずかし過ぎる台詞だよね…これじゃあまるでプロポーズじゃん、立場的には逆だけど。


 …だけど、神楽坂君はそんな私の意思を、意向を汲み取ってくれた。


『…そう、か。悪かったな四条…今の話は忘れてくれ』

『…分かったよ。アイス奢ってくれるなら』


 …ああ…懐かしいな〜。この時の神楽坂君、申し訳無さからかすっごく恭しくて可愛かったんだよね。


 …でも、これで分かったかな。


 的外れだけど、誰よりも人を思い遣れる人…それが神楽坂君なんだよ。私なんかより余っ程善人…ちょっと暴力的だけど、それでも善人。世の中のルールでは暴力は振るってはいけないし、〝正義の鉄拳!〟なんて格好つけても暴力は暴力。でも、そんな世の中に屈せず、曲がった事は自分の手を汚してでも正す…そんな神楽坂君は、間違い無く善人。


 私の主観でしかないけど、そう思う。ただまあ、偶に私が止めなきゃ暴走しちゃうけどね。


 …でも、そんな神楽坂君のダークヒーロー感、っていうのかな。そういうのが、私は堪らなく好きなんだよね。


 ──だからこそ。


「君のそのスキル…大切にしてよ」


 神楽坂君に、その心を忘れて欲しくなかった。


 今までの神楽坂君には、人を癒やすような事は出来なかった…精々私を安心させる程度だったね。


 …だけどこの世界でクラスとスキルを手に入れて。神楽坂君には、癒やす力が宿った…助ける為に傷付けるだけでなく、助ける為に癒やす事も可能になったんだよ。


 その力があれば…多分君は何処にでも行ける。力の使い方を間違えなければ。


 …まあ、君は間違えないよね。だって君は…優しいから。その優しさを忘れなければ…正しく振る舞えるよ。


 …神楽坂君は私に向けて、久しく見てなかった笑みを作りながら…。


「──ああ…大切にする」


 …と、そう言ってくれた。











[視点変更:神楽坂愁]


 …四条には【瞬間状態回復】のスキルを何回か発動した。このスキルは発動すると生命力値も割合回復するようだからな。減っていた生命力値の分、回復させてもらった。


 俺も〝極限集中〟状態で脳がやられたので、【瞬間状態回復】を使って回復した。【瞬間睡眠】よりも負担を大きく回復させたような気がする。


 …しかし、消費する魔力量は5まで増えた…だが、【一秒使い】のスキルの消費魔力量を鑑みれば、少し増えたところでなんの問題も無い訳なのだが。


 …そして現在。俺達は近辺の身を隠す場所を確保する為に移動している。


 俺と四条は漣と一青先生の後ろを付いていっている…四条は立てないらしいので、俺が背負っているが。


「…背中、温かい…落ち着く…」

「やめろ…なんか恥ずい」

「まあまあ、私達高校生だし…こういう青春っぽいのも…」

「…お前、今の状況考えてから言えよ」


 今俺達が置かれてる状況…馬鹿みたいに広い牢獄に閉じ込められて、じわじわと死に追い込まれる感覚。


 …そんな過酷な環境で、そんな平和的な思考が出来るあたり…流石は四条といったところだ。


 というかコイツ、ついさっきまで死にかけてたんだぞ…なんで俺達より全然余裕がありそうな雰囲気なんだ。


「というか、君は私が密着しているこの状況に何も思わないの?」

「何か思って欲しかったのか?」

「あ、うん。了解」


 因みに言うと、俺は四条を恋愛対象として見る事は無いだろう。コイツは恋人というより、親友というポジションが合っている。男女間の友情なんて昇華しやすいものだが…俺はこういう関係性の方が性に合っていると思う。


 だから密着されている程度で意識はしない…コイツはあくまで親友であるからだ。別に四条に魅力が無いとかそんな事は無い筈…だよな?


「…ねえ神楽坂君」

「…なんだ」


 トントンと俺の胸を叩きながら、四条が俺の名を呼んだ…何か、言いたそうだ。


「私の…見たい?」

「………ステータスの事だよな?」

「な〜んだ、勘違いしなかったか〜…そうだよ」

「…そうだな。生き残れる可能性を考慮するなら…見せ合った方が良いだろうな」


 …特にスキルの情報の共有は大事だ。どういう時に、誰にどういう行動を取ってもらうか…それが大事。だから、ステータスを見せ合う事は生存率を上げるのにはとても重要な事なのだ。


 …だが、一つ気になる。


「…でもなんで、()()()()、なんだ?」

「流石…エスパーみたいな読心術だね」

「移動前に見せなかった時点で…漣と一青先生には見せる気すら無かっただろ」


 …四条は、こうやって移動する前に自分のステータスを見せなかった…誰も見せてはいないが、四条の性格的には〝見せた方が良い〟と言う筈。


 四条は慎重派だ…生き残る確率を出来るだけ上げる行動を、取らない理由が無い。


 …でも、それでも四条は見せなかった。失念の可能性もあったが…この会話でその可能性も消えた。


 …だからこそ、訊ねるのだ。


「…なんで、俺には見せようとしたんだ?」


 その、質問を。


 …そして、返ってきた答えは。


「──怖いんだよ」


 その、一言だった。単純な理由…だけどその声は、震えていた。


「怖い…?何がだ?」


 俺は更に、その疑問を口にする。


「別にクラスメイトを疑いたい訳じゃ無いんだけどさ──漣ちゃん、凄く怖い目をしてたから…」

「……漣が…?」

「誰に対しても冷たい態度なんだけど…私に対してはさらに冷たい、っていうか…殺意みたいなのを、向けられてる気がして…」

「……」


 3-Fでも、漣は謎めいていた。一時間前に話した、漣がFクラスに送られた理由は知っての通りだが…成績、出身、前科。それらには何も問題になる事は無かった。明らかに、()()()Fクラスに落ちたかのような…そんな経歴。


 …そんな漣が、四条を嫌っている…と。そういう事なのだろうか。


 …それでも、殺意とはどういう事なんだ?


「…だから、君にも言っておくよ──漣ちゃんには、気を付けて」


 …どういう事なのかは分からないが…親友がそう言うのなら、俺は。


「…分かった。一応、警戒しておく」


 …そう、言うしかない。


 …ただ、俺も漣の事を知らない以上、口だけでなく本当に警戒しないといけないのかもな。


「…だが、一青先生には──」

「先生に言っても…多分信じてもらえないでしょ?漣ちゃんにだけステータス見せなかったら不自然に思われるし…だから、私が一番信頼してる神楽坂君だけに見せるんだよ」

「…そうか」


 一青先生に言ったところで…〝漣さんがそんな事をする訳無い〟と頭ごなしに否定されるに決まっている。一青先生にステータスを見せたら、恐らく漣にも共有しようとする。あの人は情報を周りに広めてしまう癖というのがあるから。


 …だからこそ、簡単に口外しない俺だけに見せる…か。信頼してくれて何よりだ。


「──じゃあ、見せるよ。二人に見られないようにね…〝能力確認(ステータス)〟」





四条霧菜 クラス【共有者】


レベル15

生命力697/750 攻撃450 防御450

魔攻450 魔防450 魔力量1361/1500

敏捷450 隠密450 知覚1500

巧緻750 幸運450 使役450

(総合値8100)


所持スキル

【言語理解】【生命共有】【魔力共有】【分散共有】【任意表示共有】【鑑定】【特殊魔力適性】【指定思考共有】【位置座標共有】





 …非戦闘用のクラスとスキルで、良くここまで生き残ったものだ。それこそ、四条の執念というものなのだろう。


「最初の方はキツかったけど…【生命共有】でなんとか繋いでたよ」

「…【生命共有】っていうのは…」

「生命力値を共有するスキルだね…生命力値の授受が主な使い方。それで魔物の生命力値を奪って生き残ってたんだよ…」


 …普通に考えればチート。ただ生命力値を奪っていれば勝てる、最強のスキル。


「だけど、奪うには生命力値の空き容量が必要なんだよね…だから、生命力値を減らす為に何回も自分で痛い思いをしちゃった」

「……」


 俺も何回も重症を負った。【瞬刻の回帰】が無ければ何回も死んでいた…怪我がどれだけ痛いものなのか。それを、俺達は理解しているという事だ。


 …だから、俺にはその行動がどれだけの苦痛であるか…一番分かってしまう。


 死ぬ程の痛みは、死んだ方が楽だと思えるくらいだ。いくらスキルで生命力値が回復しても、痛みは記憶に鮮明に残っている。四条は【生命共有】で生命力値を奪う為に、魔物に自分を攻撃させていたのだ。


 自分の意思で痛い思いをしなくてはならない…そんな四条は、明らかに俺より辛い思いをしていたんだ。


 …本当に、凄い奴だ。常人なら生きる事を諦めてしまうのに…それでも、諦めなかった。


 …()()()()


「…それでね、神楽坂君…お願いが、あるんだけど」

「…なんだ?」


 四条から頼み事をしてくるなんて珍しいな…一体、どんな頼み事なのだろうか。


「私のスキル…【任意表示共有】ってあるでしょ?」


 四条は画面の【任意表示共有】と書かれている所を指差す。


 …【任意表示共有】。そういえば四条はそんなスキルを持っていたな。


「──このスキルで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「…俺の、ステータス表示を?」


 それはつまり、俺のステータス画面…能力値もスキルも、共有するという事か…?


「うん…漣ちゃんに、間違えてもステータスを見られたくないから」


 …四条は漣に恐怖を抱いている。もしステータスを見られようものなら…と。そう感じているのだろう。


 四条の証言では、漣は四条に殺意を向けていたとの事。それが本当ならば、ステータスを見られる訳にはいかない。考えたくは無いが…いずれ闘い合う事に、なるかもしれないから。


 漣はかなり賢しい奴だ…ステータスも化け物レベル。そんな漣を抑制する手段は…〝未知〟、つまり情報の非公開だ。


 半端に頭が良いから〝未知〟を恐れ、迂闊に手を出さない…と、四条はそう考えたのか。


「…俺のステータスだと舐められるぞ?」

「いや、画面全部を共有するだけだから…私のステータス画面に私の名前は表示されないから。それに、ステータス画面を共有した事はバレても全然問題無いしね」

「…それも、そうだな」


 それなら、四条自体が馬鹿にされる事は無いだろう。


「…それで…まだ〝良いよ〟の許可を貰ってないけど?」

「分かった分かった…共有してやる」

「ありがとう…【任意表示共有】〝四条霧菜の能力値画面表示を神楽坂愁の能力値画面表示に変化〟」


 …四条がその宣言を終えると…次の瞬間。





神楽坂愁 クラス【一秒使い】


レベル116

生命力580 攻撃580 防御580

魔攻580 魔防580 魔力量483/580

敏捷580 隠密580 知覚580

巧緻580 幸運580 使役580

(総合値6960)


所持スキル

【言語理解】【一秒停止】【瞬間状態回復】【拡縮する秒針】【瞬間千里眼】【瞬刻の回帰】【瞬間鑑定】【一秒鈍化】【一秒経過】【瞬間冷凍】【瞬間生成】【瞬間重力操作】【刹那の帝】





 …四条のステータス画面が、このようになった。


 完全に、俺のステータス画面だ。名前、クラス、レベル、能力値、所持スキル…何もかも、俺のステータス表示。


「──これで【鑑定】スキルも誤魔化せる筈…」

「…漣が無為に襲って来る事も無い…か」


 …一先ずは、面倒な事態にはならずに済みそうだ。


「ごめんね、また迷惑掛けて…」

「…お前は何回言ったら分かるんだ…お前は悪くないんだから、謝るなっての…」


 四条の悪い癖だ。何かあったらほんの些細な事でも、自分に非がなくても謝罪をしてしまう。優しすぎるが故なのは分かっているが…クズがつけ上がるから止めとけ、って何度も言ったんだよな。


 …だが今でも、その癖は抜けてないみたいだ。


「だって仕方無いじゃん…」

「仕方無いも何も無いだろ…はぁ…」

「でもそれでも私と関わってくれるんだね…嬉しい」

「…親友、だからな」


 …我ながらよくもこんな恥ずかしい台詞を堂々と言えるものである。偶にふざけて冗談を言っているからな…ただの本音を言う事が恥ずかしいと感じてしまう。


「…あ、照れてる?」

「五月蝿え…!」


 俺はぶっきらぼうにそう返し、四条から顔を逸らす。


 …ったく…今、危険地帯に居るんだけどな…なんでこんな会話が出来るんだか…。


 …と、考えていた時。


 …四条が俺にしがみつく力が、強くなった。


「──これからも、親友で居てくれる?」


 …それに対する答えは、決まっている。俺は即行で、こう返した。


「…当たり前だろ」


 その言葉に、四条はふっと笑い…。


「良かった…なら。これからも宜しくね」


 …そして四条は、俺に囁いてきた…その、言葉を。


「私の──()()()()()()()()()


 …少し煽るようだったが…その煽りに不快感は一切感じなかった。悪意も何も含まれていなかった事は、はっきりと分かっていたから。


「ああ、宜しくな。俺の、生涯唯一無二の──」


 …だから、俺もこう返すのだ。


「──〝救世主(親友)〟」

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