11話 あの日の口約束
「ッ…!」
一瞬だ…ほんの一瞬。アイツが動いた瞬間、アイツが消失した。
初動はしっかり見えた。初動は捕らえられた…だが、それ以降は…何も、見えなかったのだ。
「ッ…【一秒鈍──」
ドゴォッ!
「──化】っ…!?」
スキルの発動が、ギリギリ出来た…だが。俺は後方に吹き飛ばされ、その間に一秒が経ってしまう。
ドゴォン!!
後ろの建物に激突する。脆くなった建物の瓦礫がボロボロと俺に落ちてきて、俺の生命力値を削っていくのが分かる。
「ぐっ…」
コイツは正真正銘…化物だ。
威力は鎌触手より断然低いが…速度は恐らくコイツの方が圧倒的に上。更に鎌触手のように俺を弄ぶような事はせず、スキルの発動を阻止しようとしてくる。
…それを考えると、コイツの方が厄介。
「…ッ、と」
瓦礫を退けて立ち上がる。
「〝能力確認〟」
神楽坂愁 クラス【一秒使い】
レベル95
生命力386/475 攻撃475 防御475
魔攻475 魔防475 魔力量474/475
敏捷475 隠密475 知覚475
巧緻475 幸運475 使役475
(総合値5700)
所持スキル
【言語理解】【一秒停止】【瞬間睡眠】【拡縮する秒針】【瞬間千里眼】【瞬刻の回帰】【瞬間鑑定】
【一秒鈍化】【一秒経過】【瞬間冷凍】【瞬間生成】
…鎌触手との戦闘では基本的にワンパンでやられていたが…このシャイガイモドキではそれなりに耐えられる。といっても、攻撃を食らい続ければ流石に無理だ。
…スキルの発動は難しい。【一秒鈍化】の世界に引き込めば、それなりに戦いの基盤が整うのだが…。
ドゴォッ!ガァッ!
「ぐっ!?づぁっ!?」
…手も足も出ない。殴られようとしている事に気付かない、そもそも殴られても殴られたかどうかの判断も遅い。
…クソ…なんとかならないのか…?
「ァアアアアア!!」
「ッ、ここだ…!」
ドゴォッ!
「ァア!?」
俺の渾身の回し蹴りが、シャイガイモドキに炸裂する。
…だがシャイガイモドキは腕を重ねて、それを防御していた。シャイガイモドキはそのまま後退る。
「クソ…」
アイツの速さに少し慣れて、ほんの残像程度なら見えるようになった。だがそれでも、速さの差が埋まるわけじゃない。
あの鎌触手よりも速く、スピードでゴリ押すタイプの魔物だ。普通に考えてどうにかなる問題じゃない。
アイツの身体が細いから、空気抵抗を受けづらいのだろう。だからあそこまでのスピードを出せる。だったら…。
「【瞬間──」
ダンッ!!
…スキル名の宣言を終える前に、途轍も無い速度で肉薄してくる…さっきより、速い…!
「冷──」
ドゴォッ!!
殴られて、吹き飛ばされる…だが。
「凍】ッ…!」
スキルの宣言を止められる程の威力は無い。だからこそ…【瞬間冷凍】。一秒で氷漬けにして、無限に動けなくする。
…そう、考えていたが…。
「ァアアアアア!!」
「…凍ってるが…」
奴は凍った身体をものともしてなかった。
ドタァン!
「っく…!」
さっきより強い踏み込み…だが、さっきより遅い。一応冷凍による速度の減退は作用しているようだ…だが、全然速い。なんとか反応出来る程度で、少しでも遅れたら致命的だ。
「ッ…!」
シャイガイモドキの猛攻をなんとか、避ける。速すぎる連撃で、一部の攻撃が残像として残っている…どこに攻撃を当てようとしているのか、分かりづらい。
ドゴォッ!
「ぐっ…」
急所に迫ってきた攻撃をガードする。
…危なかった。コンマ数秒での判断が生死を分つこの死闘では、刹那の油断も許されない。全神経を研ぎ澄ませないと、防ぎ切る事なんて不可能だ。
…だったら。
「【一秒停止】」
奴の動きが鈍くなったから、比較的余裕を持ってスキルを発動可能。俺はシャイガイモドキに対して【一秒停止】を付与したが…。
グググググ…
(…やっぱり動くか…!)
鎌触手と同じ。スキルにデフォルトで耐性が付いているタイプだ。だったら段々と抵抗されていき、やがて【一秒停止】に意味は無くなる。
…【一秒停止】が解除され、シャイガイモドキの動きが超加速した瞬間。
「【一秒停止】」
今度は世界を対象として、【一秒停止】を発動。
…鎌触手との戦いでは、世界に干渉する【一秒停止】が有効だった。鎌触手のスキル抵抗を無視して、完全に止められていた。
…だったら、世界に対する【一秒停止】がどんなにスキル耐性がある奴でも効くのか。それをコイツで確かめてやる…!
モノクロに染まった世界で、動けるのは俺のみ。それ以外は完全に時が止まり、この世界では自分からも相手からも干渉を受け付けない。
まるで俺は無害だ、というように、停止の影響を素通りし、干渉もしない。この世界では人畜無害というのが俺の本質。
…そして、この世界でシャイガイモドキが動けているかというと…。
(──動いていないな)
つまり…世界干渉は耐性無視でほぼほぼ確定だろう。どれだけ耐性のある奴でも、世界への干渉の干渉を貫通する…例外が、固有能力。能面蒟蒻の捕食のみに敗れている。だがそれ以外に、世界の停止を突破出来た奴は居ない。
…ならば、今回もそれを利用するまでだ。
「ふっ…!」
世界が動き出すほんの直前。俺はシャイガイモドキの側頭部に蹴りを放つ。そして世界の色が戻り…。
ドゴォッ!!
「ァア!?」
ドガァッ!!
「ぐあっ…!?」
…世界の色が戻った瞬間に、俺はシャイガイモドキに蹴りを入れる事に成功した。だがシャイガイモドキは恐るべき超反応で、回避は出来ずとも俺に反撃の右ストレートを入れていた。
俺は吹っ飛ばされながら受け身を取り、構え直す。
(なんであの刹那で反応出来るんだ…クソ…)
間違い無く解除された刹那で攻撃を叩き込んだ…だというのに、シャイガイモドキはそれを痛み分けに持ち込んだ。圧倒的に、俺が有利な場面であったのに。
あらゆる速度が尋常じゃない。単なる移動や攻撃の速度ではなく、反応や判断などの神経伝達の速度…そんな速度が、明らかに化けている。
速度を抜いても、各分野のステータスは俺より僅かに勝っている。俺が勝っている部分が無い…余程条件が良くないと、勝てない。
…だからこその、スキルだってのに…アレ程の反応をされたら、スキルのどれもが通用するかどうか…。
「ァアア…ァアアアアア!!」
「なんだ…!?まだ、上があるのか…!?」
突如として、シャイガイモドキの咆哮が轟く。それと同時に、シャイガイモドキの身体から紅と白のオーラが溢れる。
…まさか、コイツは固有能力が──
ドゴォオオオオッ!!
「がぁあっ!?」
…攻撃された、と。それぐらいしか分からなかった。何処から攻撃されたのか、いつ移動したのか…それが何も分からなかった。
…ただ、吹き飛ばされた方向からするに…俺は背後から攻撃された。態々背後に回り、そして強力な一撃を叩き込んだ。
…正面から突っ込むよりずっと手間だ。正面からの方が反応出来る可能性が低くなる…だというのに。コイツは俺の反応を遥かに上回り、背後に回って気付かれない内に速度を乗せた攻撃をぶつけた。
…化物、が。
ドゴオオオオオオン!!
…またしても、建物にぶつかる…しかし、今度はさっきの比では無い。さっきよりずっと速く、しかも頭からぶつかった。
「ぐっ…あぁっ…!?」
…有り得ない程の痛み…生きているのは、瞬時に俺が頭を逸らそうとしたから、当たりどころが良かったのだろう…だがそれでも、頭からぶつかったのは変わりない。
強烈な脳震盪で平衡感覚は滅茶苦茶、痛みで身体に力も入らない。頸椎損傷の影響もあるのだろう。
「ァアア…」
…シャイガイモドキは様子を見ているようだ。正直助かる…このまま追撃されると確実に死んでしまうから。
…いや、どちらにせよこのままだと死ぬ…か。
(クソ…俺はまだ…)
──俺はまだ、四条を助けてないのに…。
俺の意識は段々と遠く離れていって…やがて。
…俺は京極高校の中でも浮いていた。珍しいツートンヘアだからという理由もあっただろうが…一番の理由は。
『おい、見ろよアイツ。また全教科満点で学年一位だぞ』
『は?おかしいだろ。アイツ教師の話一切聞いてねえのになんで一位なんだよ』
『アイツの親が英才教育施してなんたらって聞いた事あるぜ』
『マジ?それぜってえ非合法じゃねえか』
『だよな。そんなんで満点取れるとか有り得ねえって』
…京極高校での生活。俺は常にテストで全教科満点を取り続け、京極高校随一の天才としてこの学校生活を謳歌してきた。
定期テストだって抜き打ちテストだって満点、スポーツだって全ての運動部員の良いとこ取りをして更に磨き上げたような成績を残してきた。
…親父の教訓だった。〝大事なのは自分を見失わない事だ〟と。だからありのままの自分を曝け出して、物事に手を抜く事なんて一切しなかった。
俺は常に、自分を磨き上げて生活してきたつもりだ。
…だが。
『お前、マジ気持ち悪いな』
…そう誰かに、言われた。初対面の相手に、そんな意味の分からない事を言われたんだ。
『お前の所為で俺が学年一位取れねえんだよ!お前のクソみたいな小細工の所為でよ!』
『小細工…だと…?』
『お前みたいなクソボッチ陰キャが勉強もスポーツも俺より一流とか馬鹿にしてんのか!?小細工じゃなきゃ俺に勝てないクソ野郎がッ!!』
…そうだ、確か俺の下にずっと引っ付いていた学年二位の男子生徒だ。その学年二位の男が、そんな事を言ったんだったな。
…だけど俺は別に、そんな事気にしなかった。これも親父からの教訓だ。〝他人に流されるな〟〝他人からの評価を自分自身の評価に反映するな〟と。コイツがどれだけ俺の事を罵ろうが、コイツがどれだけ俺の噂を歪曲して吹聴しようが、どうでも良かった。
…俺は俺だ。他人に自分自身をどうこう言われる筋合いは無い。だからただの戯言として受け取っていた。だからテストでも変わらず満点で学年一位を取り続けた。
…そうする事で、やがて俺に悪態をついていた男も、俺に関わる事は無くなっていた。諦めたのだろう。
──これで良い、これが正しい。自分を押し通し、妬み嫉み、恨み、怒りに怯まずに自分を正当に評価する。そうやって俺は生きてきた。
…その生活が変わったのは、1年の2月某日。
『お前…今日からFクラスな』
『は…?』
突然、そんな事を1年時の担任教師から告げられたのだ。
『お前、赤坂の命令無視して学年一位独占してたらしいじゃねえか…随分偉くなったもんだな?』
『何言って…俺はただ、全力でテストを──』
『手を抜けって言ってんだ!!』
バン!と机を叩く音が響く。相当キレていたのだろう…その理由は言わずもがな、万年学年二位…赤坂の事だ。
『赤坂はな、お偉い様の息子なんだぞ?この高校の校長より立場が上のお方の息子だぞ?そんな息子に恥をかかせるとは何事だ!!』
『そんな…俺はただ…!』
『口答えするな!!』
俺が口を開けば、机をバン!と叩いて黙らせる。俺に反駁の余地は与えられず、一方的な理不尽をぶつけられる。
『お前はやり過ぎたんだよ!ずっと学年一位を取り続けた!その事で赤坂がどれだけ苦しんでたか分かるか!?分からねえよなぁ!?苦労を知らねえクソ人間はよぉ!?』
この時の俺は理論も何も無い中傷をただ受け入れる事しか出来なかった。反論をしようにも取り付く島もなく、俺がFクラスに落ちたという事実だけが突きつけられたから。それ以上言い返す気が起きなかった。
『とにかく!お前は今日からゴミクズのFクラスだ!Fクラスではどれだけ良い点を取っても0点扱いだからなぁ!アハハハハッ!』
…この時俺は初めて、人間の闇を見たんだったな。どれだけ人間として優れていても、どれだけ天才だと思っていても。高貴な血統には屈するしかない。少しでも反抗的な態度を見せれば、徹底的に社会から抹消される。
…この時から、だろうか。
──俺が、何に対しても価値を見出だせなくなったのは。
俺はその後荷物を全てFクラスへと移動させた。荷物を運んでいる途中に…。
『おいおい、Fクラス落ちのゴミが居るぜ』
『さっさとこっから出て行ってくんねーかなー、空気が悪いんだが』
『ってか寧ろ死んだほうが世の為じゃね?』
『それもそうだな!ギャハハハッ!』
…Fクラスに落ちたと聞いただけで、今まで黙っていた奴等が俺に対する侮蔑の言葉を一身に浴びせてきた。
…これがFクラスの生徒。京極高校の影の部分で、落ちてしまったが最後、卒業まで奴隷として扱われる。更に将来でも落ちこぼれとして扱き使われる…将来の分水嶺を、俺は間違えてしまったのだ。
…人生で初めてのミスをした。
…歯を食いしばりながら、その廊下を歩いた気がする。悔しさもそうだが…何より理不尽にFクラスに入れられた事が。
親父の言う事はいつだって間違っていなかった、親父はいつだって正しかった…なのに、こんなの。親父が言っていた事とは真逆じゃないか。
(クソ…!なんでだ…!)
俺は、自分を見失ってしまった。俺の道標である親父の言う事が、分からなくなってしまったから。
俺は、他人からの評価を自身の評価にしてしまった。結局は俺みたいな一般人が足掻いても微風が吹くだけ。他人という暴風に流されてしまうだけなのだ。
──そして、俺はFクラスの教室に辿り着いた。そこに居たのは、18人。俺達は84期生だった筈だから…俺は84期生の中で19番目のFクラスの生徒という事になる。
『『『『『…………』』』』』
初めてFクラスの教室に入ってみた感想は…刑務所。仄暗い教室、やる気が無くあちこちで項垂れている生徒達。
…そう、以前はFクラスは閑散としていた。その理由は確か…この時はまだ担任が居なかったから…一青先生が居なかったからだっけな。一青先生は一応Fクラスの人気者だったからな…イジられキャラ、という意味でだが。
…まあとにかく、この時のFクラスは刑務所みたいだった。
…そして、Fクラスで最初に俺に絡んできたのは。
『あぁ?テメェがFクラスの新入りかぁ?』
…四月一日だったな。今思えば、相当面倒な奴に目をつけられたな、と思っている。
『そうだが』
『ハッ、見るからに陰キャだな…あーあ、出来りゃ女が良かったモンだが…マブけりゃ即行抱くのによぉ…』
(なんなんだ?コイツ…)
二言三言だけで、四月一日の行動理念が分かってしまった。四月一日は性欲を第一に行動している…クズであると。
(成程、これがFクラス…他の奴等もこういう問題児ばかりなのか…)
…そう考えると、頭が痛くなった。
…そして俺は指定された席に座った。 荷物を整理し…そして。
『…何をすれば良いんだ?』
何をすべきか、悩んでしまった。
この教室には何も無い。あるのは机と椅子…それと生徒。それだけの教室では、何をすれば良いか、なんて見つかる筈が無かった。
『──ねえねえ』
『…?』
突如、隣の席から俺に掛けられた声。閑散としているこの場では、その声がとても目立った。
その声のする方向を振り向くと…そこには。
『私は四条霧菜。君は?』
『…神楽坂愁』
そんな自己紹介からが、神楽坂愁と四条霧菜という生徒の出会いだった。
『神楽坂君だね!宜しく!』
この刑務所の中で途轍も無く眩しい笑顔。このクラスで唯一、輝いて見える彼女は、俺の変わった容姿を気にも留めず、俺へ話しかけてくる。
『それで神楽坂君…君はなんでFクラスに送られたの?』
『…いきなりそれを訊くか』
『いや!別に言いたくなかったら言わなくて良いから!』
『…別に良い。俺がFクラスに送られた理由は──』
…そして、俺は大体の経緯を四条に話した。
話している途中、四条は本当に親身になって聴いてくれた。カウンセリングの人ですか?と問いたくなる程に。
…俺が、その経緯を全て話し終えた時。
『──そっか…辛かったね』
『え?』
思ってもみなかった事を言われ、目を見開いた。あまりの衝撃で、一瞬だけ身体が動かなかった事を憶えている。
『本当この世界はおかしいよね…天才とか秀才とか関係無く…血筋で全部決められるなんて…』
『…まるで、実際に経験したかのような言い方だな』
『いや、私は違うよ…ただちょっと、友達が…ね』
『…そうか。余計な事言わせたな』
…四条にも何か辛い過去があったのだろう、と。そう思い、俺はその過去を掘り返すような事はしなかった。
『ま、暗い話はここまで!改めて、宜しくね!神楽坂君!』
四条は俺に向けて、手を差し伸べてきた。
…俺の失言にも寛容で、切り替えが早い。俺なら有り得ない事だ。
…そんな四条の手を…俺は握った。
『ああ、宜しく…四条さん』
…この時点で、俺は四条という存在に惹かれつつあったのだろう。俺と似た境遇、俺と似た思考。関わっていて、本能的に居心地が良いと感じてしまうのだろう。
…恋愛的な意味では無いが…単なる親しい仲、という意味でも無い。曖昧且つ強固な、ちぐはぐさを有する関係…それが俺と四条だ。
…そして2年の4月某日。一青先生がこの教室に来てクラスを彩り始めたくらいの時。
この時、俺と四条は席替えで隣ではなくなっていたが、休憩時間には毎回話すくらいには仲良くなっていた。
…だが、その放課後に起きた事件。
『はぁ…このクラスにも慣れてきたが…やっぱり居心地は良くないな…』
昇降口から靴を履いて出て、帰路を辿ろうとしたその瞬間。
『──て…や、め…』
『…?』
そんな声が校舎裏から聞こえて…俺は気になってそこに向かった。
…向かっていく途中に、近付いていく内に。鈍い音が聞こえ、それが段々と大きくなっていく。それと同時に…その声が鮮明になっていく。
…嫌な音だ。こんな音は…俺は一つしか知らない。
──そして。俺はその光景を見た。
『おらおらぁ!!テメェ等Fクラスは粛清だぁ!』
『やめ…やめ、て…!』
『えぇ?聞こえないわー、もう少し大きな声で言ったら?まあアンタに口開く権利すら無いんだけど、ねっ!』
ドガァッ!
…本当に、偶然だった。俺がこの現場を見る可能性なんて、ほぼ無かった。だけど…見てしまった。
『四、条…?』
四条が、男三人と女二人に集団リンチに遭っていた。殴り、蹴りが主…で、あれば良かったのだが。
(角材にバット…鉄、パイプ…?)
おかしいだろ…殺す気か…?
明らかに致死を齎す程の虐め。まるで虫を殺すかのように、悪気の無い虐めだ。
…但し…憎悪と殺意はある。
『Fクラスな上にお前は貧民街の出身なんてなぁ!汚えから武器使ってボコしてんだよ!やめろもクソもねえ!』
(四条が…?)
…確かに四条は言っていた。〝友達が俺と似たような事を経験した〟と。
…でも、今の会話。それはその友達とかではなく…自分自身の事なのではないか?
…つまり、俺に一瞬だけしたあの話…アレは、自分の実体験。四条が実際にされた出来事。
『アンタみたいな穢らわしいクソはこの世に存在しちゃいけないのよ!さっさと殺しましょう!』
『アハハ!そうだな!死ねぇ!』
『い、たっ…!?やめ…ッ…!?』
…巫山戯るな…巫山戯るなよ。
『──へぶぅっ!?』
…気付けば、身体が動いていた。四条に鉄パイプを振り回す男を蹴り飛ばしていた。男は錐揉み回転しながら見事に吹き飛ばされる。
『──な、なんだテメェ…!』
『か、神楽坂…君…?』
『──静かにしとけ、四条…傷が開くだろ』
四条の身体はボロボロだった。頭から血が流れ、顔の一部は腫れ、擦り傷や切り傷もある。
…ここまで酷い虐めを、俺は知らなかった。Fクラスの人間だからと言って…何故ここまで虐められなければならない?
『──巫山戯るなよ』
自分でも人生で一番低くて重い声が出たと思っている。それ程、この光景が気に入らなかった。
女を虐めている事が、じゃない。出身の差別で虐めている事が、じゃない。
…善人が虐められている事が、だ。その事に、心底腹が立った。
何故善人が虐められなければならない?何故誰よりも正しい奴が地獄を見なければならない?
…その事が、何より苛立って、憤怒した。
『はぁ?何言ってんだ!お前等ゴミクラスの生徒はこうなって当然なんだよ!』
『………』
『それになぁ!コイツはお前なんかより余っ程汚くて惨めな女だ!貧民街で育ち、クソみたいな生活を送って、そして何を考えたのか神聖な京極高校まで来やがったクソ女だ!』
『………』
『ほらクソ女!お前みたいな襤褸餓鬼が居るだけで京極高校の質が落ちるのに、Fクラスの生徒ってんだもんなぁ!だから俺達がお前を殺すのは罪じゃねえ!これは立派な虫殺しなんだ──』
ドゴォオオッ!!
『──もう黙れよ、お前』
呆れた、心底呆れた。コイツ等に何か感情を抱く事すらしたくなかった。
『ひっ…!?』
ドゴォッ!
コイツ等は四条をゴミ扱いして、殺そうとした。その事に殺意すら芽生えたが…コイツ等と同類にはなりたくなかった。
四条よりコイツ等の方が低俗で、下賤で…そんな奴と同じ穴の狢だなんて。そんな事にはなりたくなかった。
…でも、それでもコイツ等を赦せなかった。だからそんな下らない矜持は捨てた。
…分かってる。俺はとんだクソ野郎になってしまった。
『あ、アンタ…お、女に手を出すなんて事したらどうなるか──』
『知るかよ、その女に手を出してたのは何処のどいつ等だ?』
バゴォッ!
『ひ…ひぃっ…!?やめ、て…!』
『お前等は四条のその頼みを聞いたのか?聞いてないよな?』
ゴォオッ!
『──ッチ、最悪の気分だ』
この時の俺は、多分今の神崎のようだっただろう。力の使い方を間違えた、クソ餓鬼。傲慢で自分勝手で…そして、容赦無い。寧ろ神崎より質が悪い。
『ぁ…ぁあ…』
最初に蹴り飛ばした男が、怯えていた。その時の表情は…底知れぬ恐怖。身体もブルブルと震え、放尿し、本当に惨めだった。
『──まだ素手で一発殴っただけだぞ?お前等は四条に対して武器で何発殴った?何回傷付けた?…その分は殴らせて貰うぞ』
自分でも歯止めが効かなくなっていたのは理解していた…だが、俺はその衝動を抑えようとはしなかった。暴虐に支配されてしまっても、良いと思ったから。
コイツ等に罪を贖ってもらう…なんて理由も無い。寧ろ下手に反省の態度を取られた方が殺してしまいたくなっただろう。だからこそ、二度と逆らえないようにしてやろうと思った。コイツ等を、恐怖で支配してやろうと思ったのだ。
『──ふ、ふざけるな…な、なんでコイツ如きに──』
『黙れ』
ドゴォッ!!
『がはっ…!?』
…その一撃で、男は気絶した。完全に意識を刈り取った。
…だが。
ドゴォッ!ドガァッ!
俺の暴力衝動は、全く以て収まっていなかった。コイツ等には、四条が味わった分の苦しみを、そっくりそのまま返してやろう、と。そう思考しているだけで、身体は自然と動いていた。
ドゴォッ!ガァッ!ズドォッ!
途轍も無い量の返り血を浴び、それでも殴り続ける俺は…まるで悪魔だった。暴力衝動に駆られた俺は、制御が効かなかったようだ。
…そして、やがて。
『──止めて!神楽坂君ッ…!』
──それを止めたのが、四条だった。
『…離せ、四条』
『駄目…!絶対、離さない…!』
四条の力は弱かった。その時の俺が強過ぎたのもあるかもしれないが…それでも弱かった。
…だけど、俺の腕はそのか弱い身体で食い止められたんだ。
グググググ…
いくら力を入れても…引き剥がせなかった。俺の身体が抑制されていくのが分かった。
『──もう、良いんだよ、神楽坂君』
『ッ…』
…四条がその言葉を発した時…俺の腕は下りた。
…俺は何をしようとしていたのか。コイツ等よりずっとクズで、救いようが無い事をしようとしていたのではないか。
…そんな思考になった瞬間、俺の力はふっと抜けた。
『ありがとう…助けて、くれて…』
こんなクズな俺を見て。こんな怖い俺を見て。四条は…こんな奴に、感謝したんだ。
『──何、言ってんだ…俺はコイツ等を殺そうと──』
『それでも、私を助けてくれたのには変わらないからさ…ごめんね、こんな事させちゃって…』
『なんで、お前が謝って…』
『だって私の所為で、神楽坂君がこんな事…』
『違うッ!』
俺は四条の考えを、否定した。
…この事に、四条は関係無かった。俺が暴力を振るった事に、四条が責任を負う必要は全く無い筈なのに…それでも、四条は自分を責めた。
…だから、否定したのだ。
──自身の感情を、事実を歪曲してでも。
『俺は元からこういう奴だった!昔から人を殴って、嫌われて…!』
自分でも何を言えば良いのか分からなかった。咄嗟の嘘が、全く頭の中から思い浮かばなかった。
『…だから…俺はいつかお前も、コイツ等みたいに──』
『なんで、そんな嘘吐くの…?』
『え…?』
でもやっぱり、付け焼き刃の嘘では、それなりに長い付き合いの四条を騙す事なんて出来なかったんだ。
…四条の目は…酷い悲しみに染まっていた。俺に向けるべきでないのに、その双眸は俺を真っ直ぐ射抜いていた。
『君がそんな事する人じゃないなんて、私は良く知ってる!君は優しくて、人を思い遣れる人で…今も私を助けてくれた!』
『ッ…!』
…助けた。この言葉を言われた時、俺は何を思った…?何を、した…?
思い出せ…。
…そうだ…俺は。
『──だからお願い…自分を責めないで…』
…そう言う四条に、俺は。
『──馬鹿』
優しく、そう言った。
『自分を責めてるのはどっちだよ…本当、人の事言えないな、四条も』
『ッ…!あははっ…!まあね…!』
…いつの間にか俺達は笑っていた。こんな血が四散している場だというのに…この状況が、妙に心地良かった。
…俺と四条はそこから暫く笑い合った。どのくらいだっただろうか…辺りが暗くなるまで、笑った気がする。
…そして、笑い終えた後。俺は四条に…。
『──なあ、少し口約束しないか?』
と、言った。
『え…?』
当然四条は素っ頓狂な反応をした。そんな四条に、俺は続けた。
『もしも、お前がまた傷付くような事があれば──俺はお前を必ず助ける』
『えっ…!?そ、それ、本当…!?』
『ああ…但し、条件がある』
『条件…?』
…その、条件とは。
『──絶対に、生きる事を諦めるな』
「ッ!」
そうだ。俺は四条との口約束を守るんじゃなかったのかよ。四条が生きる事を諦めない限り、助けてやるんじゃなかったのかよ。
…【瞬間千里眼】で四条を一秒だけ見た時…四条の口からは、とある言葉が漏れていた…『助けて』と。
その言葉が漏れるという事は…まだ生きる事を諦めていないという事だ。だったら、俺はその口約束通り、四条を助けなければならない。
…義務でもなんでもない。これはただの口約束だというのも分かっている…だが。
(──この口約束だけは…破りたくないッ…!)
ドガァン!!
俺は瓦礫を払い除け、立ち上がる。
…シャイガイモドキの能力は不明。勝てる道理は全く以て無い、勝率は1%以下。
…だが…それがなんだ。なんだって言うんだ…そんなの関係無い。俺は…。
「京極高校随一の天才…神楽坂愁だ…!」
…さあ…第二ラウンドといこう。ここで死んだら、四条も死ぬ。四条の命を背負ったバトル…それをこの場で、繰り広げるのだ。
…さあ、全身全霊だ。コイツを捻じ伏せる事に…極限集中だ。
「〝能力確認〟」
神楽坂愁 クラス【一秒使い】
レベル95
生命力51/475 攻撃475 防御475
魔攻475 魔防475 魔力量472/475
敏捷475 隠密475 知覚108000
巧緻475 幸運475 使役475
(総合値113225)
状態:極限集中(知覚値上昇)
所持スキル
【言語理解】【一秒停止】【瞬間睡眠】【拡縮する秒針】【瞬間千里眼】【瞬刻の回帰】【瞬間鑑定】
【一秒鈍化】【一秒経過】【瞬間冷凍】【瞬間生成】
「お前に構ってる暇ねえんだ…だから」
俺はシャイガイモドキの方へと手を翳しながら。
「──【瞬刻の回帰】」




