覆い隠す
ヨルシカ様より、「アルジャーノン」を、勝手にイメージさせていただきました。
貴女には知られたくないのです。私が貴女を見ると、桜を思い出すこと。
「おはよう」
花漏れ日のような微笑みに、いつも苛まれて、私は自身に嫌気がさすのです。
「おはよう。陽菜実ちゃん」
二月が終わって、桜の蕾は600℃の蓄積を超えようと、太陽の光をその身に浴びています。
私は小心者でありますから、花開く前にこの気持ちは伝えられません。
「そのヘアピン、いいね」
「そ、そう?えへへ、ありがとう」
いいえ。伝えられない理由はそうではなくて、これはつまり、禁止事項のようなものでありますから、もっとわかりやすく言えば、考えてしまってもいけないのです。
「もう、終わりだね」
「……うん、あと、何日だろうね」
呪いが、付き纏うのです。これは、呪いの感情。時雨の爽やかでなく、梅雨のじっとりであり、自分ではどうにもできない力であるということです。
「さあ、でもずっと一緒にいようね」
「うん。よろしく、お願いします」
「あはは、何かしこまってんの」
カッパを着る術を、私は知りません。除湿も排水もできず、今私は溺れて、そのまま終わりを迎えようといているのです。
「おはよう」
「おはよー、陽菜実。今日カラオケ行こー」
「いいね」
ずぅっと、腐れ縁とでもいうんでしょうか、この関係のままなんでしょう。でも、それでも良いんです。壊れるよりもよっぽど。
「あ、麗奈も行く?」
「え、清水さんもくんの?」
メランコリーな感情を、避けるのです。届かぬ高嶺の花、というよりも、別の谷に咲く花に、私はここにいる嶺から、どのようにして登り行けば、その花弁に触れることが許されましょうか。
「わ、私は良いよ、用事あるから……。陽菜実ちゃん、楽しんできてね」
「……そっか。分かった。ごめんね」
「い、いやいや、謝ることじゃないよ」
「何だー、清水さん来ないのかー。残念」
どう転んでも、私は地獄に堕ちます。
思春期なんてものは、消えてなくなればいい。
そうすれば、こんな風に苦悩することも、きっとないはずですから。
「はぁ〜、長かった。麗奈、帰ろ」
「へ?カ、カラオケは?」
「断った」
「……なんで?」
きっと、彼女も嫌がっています。
私のような人間と、幼馴染になんてなってしまったから。
私は、孤独で生きることでしか、みんなを幸せにすることはできないのです。
「麗奈と長くいられるのも、高校行っちゃったらなくなるじゃん」
「え……?そんなことのために……?」
嫌がっているはずなんです。この気持ちには、諦念を持ってして蓋をせねばなりません。そうであるはずなんです。
「そんなこと、って、ひどいなあ麗奈。私、麗奈といるの、楽しいんだよ?」
「そ、そう、なんだ」
「そうだよ」
同じ感情を持ち合わせていれば、なんて考える事は、常です。
デートに行ったり、お風呂に一緒に入ったり、同じ布団で寝たり、ちょっと進んじゃったり。
でも、そんなことを考えても虚しいだけ。
「あと、十日くらいしかないんだって」
「……そっか」
貴女はどうして、側に居てくれるのでしょうか。
「日曜日とか、絶対遊ぼ?」
「うん、もちろん、でも、誘って、いいのかな」
貴女はどうして、帰りを共にしてくれるのでしょうか。
「うん。誘ってくれたら、すっごく嬉しいな〜なんて」
「わかった。絶対、だよね」
貴女はどうして、学校では話しかけてくれないのでしょうか。
「絶対、断んないから。別の用事があっても、それを断ってくる」
「それは、さすがに、別の日にも誘う、から」
貴女はどうして、小学生のとき、話かけてくれたんでしょうか。
「そう?でも、麗奈の方が大事」
「そっか。なんか、恥ずかしいね。嬉しいけど」
貴女はどうして、こんなにも愛らしいのでしょうか。
「ねえ、麗奈?」
「……どうしたの?陽菜実ちゃん」
貴女は、私の進む迷路の先を、共にはしない。
「わたし、私ね」
「うん」
貴女は、私を忘れていくだろう。
「……」
「陽菜実、ちゃん?」
貴女が、好きよ。
「貴女に会えて、良かった」
「……私も、陽菜実ちゃんに会えて良かった」
貴女はゆっくりと走っていく。
それを追いかける資格は、私にはない。
わたしは、ただ迷っている。
「っ……!陽菜実ちゃん……?」
「ごめん、ごめんね?ちょっとだけ」
貴女はとても、温かいのね。
安心して私は、眠ってしまう、ということにしよう。
少しでも。
このままで。
居られるように。