産まれ月の反対側には異世界に通じる穴があるのかもしれないって思ったこと、ありませんか?
皆さま、こんにちは! あるいはおはよう? こんばんは?
はじめまして。私、このたび『小説家になろう』に投稿をはじめました、琴吹みつ子と申します。
2024年、始まりましたね! 私の目出度い名前とエッセイが皆さまに幸福を運びますように! (私の名字『琴吹』は『寿』と読み方が同じなんです)
ところで皆さま。
皆さまの産まれた季節は春ですか? 夏ですか? 秋ですか? それとも今ぐらいの、冬?
私はね、夏産まれなんですよ。
よく『夏に産まれたひとは、暑さに強い』なんていいますけど、べつにそんなことはないです。特に今年の夏は猛暑だったんで、ふつうにバテてました。
どちらかというと寒さのほうが強いんですよ。今の時期でも雪の中にしばらく佇んでいられるくらいです。
いいことがあった季節といえば、記憶を辿るとなんだか冬にそういうことが一番多くあったような気がしますし……。
逆に、嫌なこと、怖い経験をしたのも、これももう間違いなく冬ばっかりなんですけどね。
私、よく思ってたんですよ。
自分の産まれた季節の反対側には、異世界に通じる穴みたいなものがあるんじゃないかって。
皆さまは思ったことがありませんか?
たとえば冬産まれのひとは、夏によくへんな体験をするとか。
へんな体験……。たとえば幽霊を見るとか、気がついたら知らない場所にいたとか。
私は、よくあったんです。
夏産まれの私は、冬になると不思議な体験をよくしたんです。
たとえば──
一月の寒い日に、誰もいない駐車場でひとり、自動車を洗っていたんです。そこは勤めていた会社の駐車場で、広々とした土の上でした。
土曜日でした。少し離れたところに工場や倉庫がチラホラとはありましたが、どこも休みで、辺りはとても静かでした。
車を洗っていると、ふいに背後から話しかけられたんです。
「ありがとうございましたっ」って。
中年男性の声だと思いました。営業職の方みたいな、愛想のいい、丁寧で爽やかな声でした。
振り返ってみると、誰もいなかったのです。
空耳かな? と思って、洗車を続けました。
すると、映ったんです。
車の白いボディーに、青い作業服のようなものを着た、40歳代ぐらいの男性が、私の背後にお辞儀する姿勢で立って、私のほうをまっすぐ見て、ニコニコと笑っているのが。
急いで振り返ると、やはり誰もいません。
洗車は終わらせないといけないので続けましたが、怖くて怖くて、ヒィヒィいいながら、急いで終わらせて、車に飛び乗るように乗り込んで、飛ぶように帰りました。
あれはなんだったんだろう、とそれ以降ずっと考えていましたが─
その後、同じ駐車場で洗車をしていた時に、また声が聞こえたことがありました。
女性の声で「お世話になりました」と。
その時に気づいたのですが、どうやら駐車場のどこかにパイプのようなものがあるようです。
遠くの声が、そのパイプを通って、私のすぐ後ろでしたように聞こえるのかな? と推測できました。
でも、車に映った中年男性のことは未だに謎なんですけどね。
ちなみに運送会社に勤めているので私も作業服ですが、青とはまったく違うオレンジ色ですし、自分の姿が映っているのを見間違えたということはあり得ません。何より私は中年男性じゃない。
声はパイプを通して聞こえてきたものだったとしても、車に映ったあの中年男性の姿は、やはり季節の裏側に開いた穴からやってきたものだったのでしょうか。
他にも──
あれはとても寒い、凍りつくような夜のことでした。
私は自分の部屋で、羽毛布団にくるまって眠っていました。
気がつくと、なんだか布団がやたら重たい……。
顔を上げてみると、そこに真っ白な顔の、やたらと身体の細長い老婆がいました。
私の顔を、真っ黒な目でじっと見つめて、言うのです。
「三日月に近づくな」
「三日月に近づくな」
何のことだかわからないし、何より独り暮らしの私の部屋になぜそんな白くて細長い老婆がいるのかさっぱりわからず、私は恐ろしさに布団をかぶってしまおうとしました。
でも、かぶれない。
身体の自由が利かなかったのです。
「よいか。三日月に近づくでないぞ」
最後にそう言い残すと、老婆は私の目の前で白い煙のように消えました。
それだけなのですが、やはりあのことからも思ってしまうのです。
霊界──それは異世界といえます。
そこへ通じている穴が、自分の産まれた季節の反対側にはある。
そんなことを、思ってしまうのです。
他にも、枯れた葦の立ち並ぶ湖畔から、冬の湖の上に黒い人影が立っているのを見たり、豪雪地帯の山中で、素っ裸の女の人がニヤニヤしながら木立のあいだからこちらを見ているのに出会ったり、部屋の中を何やら白くて細長い獣のようなものがけむりのように横切って通るのを目撃したりしたことがありました。
でも、何よりも、今まで出遭った最も悪いものといえば──
会社からの帰り道でした。夜も遅くなっていて、ただでさえ寂しい商店街はしんと静まり返っていました。
私はコートの襟を立てて、マフラーをしっかりと巻いて、白い息を吐きながらそこを歩いていました。
すると後をついてくる気配がするのです。
恐ろしくて振り返ることはできませんでした。コートの襟越しに、少しだけ振り向いてみると、おおきな赤い満月が浮かぶその下に、中肉中背の男のひとの黒い影がチラリと見えました。
私が小走りになると、足音が追いかけてきます。
走り出すと、足音がさらに早く、大きくなりました。
助けを求めて叫び声をあげましたが、商店街はひたすらに暗く、静まり返っていて、どこかの窓に明かりがつくこともなく、やがて私は追い詰められ、線路で行く手を塞がれた金網に体を押しつけられて止まりました。
背中から押しつけられたので、男の顔は見えませんでした。
振り返って確かめようにも、その時には男の手に持っていた大きなナイフのようなものが、私の背中からお腹までを貫通していて、私の体は痺れたように動くことができませんでした。
どんどん力が入らなくなっていく体に、男の体温がのしかかっていました。
荒い息を獣のように吐く男の首から、三日月の形をしたプレートのついたネックレスが垂れているのを見ることができただけでした。
あれが何だったのか、今となっては知ることができません。
ただ、冬には異世界へ通じる穴が開くので、こうして皆さまにお会いすることはできるのです。
冬にしか、こちらへ来ることはできません。
今、力を振り絞ってこれを書いています。
血を振り絞って書いています。
私にはこれしかできません。そろそろ力も失われてきました。
誰か、あの男を、殺してください。
誰か、あいつを、殺してぇ
にくり。にくりいい
私たしの、かわりに、誰か、誰か
ぎにに……
ウギギニ……