プロ棋士の夢
俺は若手底辺プロ棋士である。
たまたま1×歳でなれてしまったが、マジで全然才能ないのに偶然勝ち星が重なることが何度か起き、マジのマジで奇跡的になれてしまった。
ゆえに万年C級2組は確定している。が、そんなことは今はどうでもいい。
問題は幼馴染のAだ。
Aは男子顔負けに将棋ができ、俺も子供の頃から(悔しいが現在に至るまで)盛大に負け越しまくっている相手だったりするのだが。
なんか本人曰く俺の姿を見て「なりたくなった」らしいので、「お前今からなろうなんて甘い世界じゃねえぞ」(プロには年齢制限があるのだ)とは思いつつも、うちの師匠を頼ってみることにした。
とりあえず来なさいということになったので、本日弟子入りの仮試験という運びだ。
高校生からなんて志があまりにも遅い気はするが、こいつのことだ。ちゃっかり女性初のプロ棋士になれそうな気がしなくもない。
で、問題のヤツはというと。
ぐでー。
その言葉が似合いそうなほど足をぐにゃぐにゃして、舐め切った態度で。なぜか髪にサングラスを引っかけてきやがった!
何だそのコンセプト。いつももっと真面目っ子だろ。何キャラだお前!?
「じゅうきゅー、にじゅー」
しかも自分で秒読みして、超適当だし。
「よんじゅー、ごじゅー」
うわ。途中で秒すっ飛ばしやがったこいつ! せこ。
「こいつ将棋舐めてるだろ。わしゃもうやらんぞ。帰りなさい」
ほら、師匠怒っちゃったじゃん! やる気なくしちゃったじゃん!
俺は絶賛悪ぶってるAにずいと近づき、容赦なくデコピンを放った。
「った!」
「真面目にやれ!」
「いやぁ~。普通にやったら埋もれちゃうかなぁーって思って」
「お前なんの面接だと思って来たんだよ!」
これじゃあせっかく頭を下げて紹介した俺の顔も立たない。何より誤解されて終わったらお前が一番不幸だろう。
ためを思って強めに叱ると、Aもさすがに狼狽えたらしい。
「だ、だってぇ。プロの人ってみんな個性的だしぃ。この方が目立つかなって……そう思ったんだもん……」
最後の方顔真っ赤に背けて、声ちっちゃくなってんじゃねえかよ。可愛いなおい!
そうだった。こいつ将棋も勉強もできるけど、死ぬほどアホだからな。
なんか色々ずれてんだよな。そのせいでいつも浮いて、一人遊びばっかしてて。見かねて。
「ったく。慣れないことするんじゃねえよ。普通にやればいいんだよ普通に」
そうすりゃお前の将棋は指し手だけで勝手に輝くんだから、とはこっちも恥ずかしくて口が裂けても言えなかった。
「マジすか」
「マジよ」
「なーんだ。そんな簡単なことだったの」
しゅびっと正座に居直ったAは、威勢よく頭を叩きつけそうな勢いで下げた。
「ししょー。調子乗ってすんませんでした! おねしゃす!」
「……ま、わかればよろしい」
師匠も何やら察したのか、苦笑い程度で許してくれた。よかったぜ。
この後将棋は再開され、無事師匠をボコボコに打ち負かしたAは得意げだった。
「良い才能だな」
「でしょう」
後方理解者面で、つい鼻の穴も膨らんでしまう俺。
「これだったら間に合うかもしれんな」
師匠の太鼓判を頂き、奨励会を受ける運びになった。
Aが嬉しそうに飛びついてきた。
「やったよぉ○○!」
「お前なぁ。これからが大変なんだからさあ、こんなことで喜んでんじゃねえよ」
「ところで、お前たち。随分仲良さそうだな。幼馴染だったか」
「まあ……腐れ縁ってやつですかね」
「トイレットペーパー競争のときからねー」
「あー。あったなそんなの」
位置についてよーいドンし。公衆トイレのトイレットペーパーを先に持ち出してきてから、また元の位置に返すという、それだけのよくわからない遊びだ。
そんなことが最初のきっかけだったか。思えばあの頃からほとんど勝てた試しがない。
「なっつかしいね。久々にやる?」
「ふふ。ではよーいドンだ」
唐突に始める師匠。唐突に部屋から駆け出すA。
わけがわからず、俺はきょとんとしていた。
「え、あれ。なんで始まったんですか?」
「いやあ面白いかなと思って」
「このくだり今要ります!? ってはや!」
「うおりゃあああああーーーーーー!」
お前恥じらいとかないのか。てか他人の家でドタドタ全力疾走すな。
「若者は元気でいいねえ」
師匠も微笑ましい顔するな。なんかキモいわ!
「布団敷いておきましたので」
そしておい。そこの急に生えてきた師匠の娘。
布団二枚敷くなあ! なんだこれ! なんだこれはあああああ! そ、そんなんじゃねえし!
「はい。私の勝ち~」
肩で息を切らしながら戻ってきたAは。
トイレットペーパーを頬にすり当て、弾けるような勝ち誇った笑顔を見せたのだった。
ちなみにこの後めちゃくちゃ指した。