5話 現象について
「バタフライって蝶っぽくないよね」
スクール水着姿の彼女が、舞島が室内プールのプールサイドに座って足だけ水につけて彼女の泳ぐ姿を見ていた僕に話を振った。
「これまた急だね。泳ぐの飽きたん?」
「ちょっとねだけね。蝶っぽくないなって思ったことないの?」
「平泳ぎだけ捻りなさ過ぎてかわいそうとしか思ったことないんよ」
僕は水に入り軽く腕だけで平泳ぎをした。久しぶりに着た水着越しに触れる水がなんだか心地よかった。
「うーんそれは背泳ぎもじゃないかな」
仰向けになって浮くと僕のほうに泳いできた。
「確かに。そっちの方が直接だわ。それで蝶っぽくないっていうのはなんなんよ」
「うん。あれ上半身激しくない?下半身がひらひらしてるってのはわかるけどさ」
「僕バタフライをちゃんと見たことないからよくわからないんよ。できる?」
「できるよ!昼間から舐めないでもらいたいね」
そう言い放ち自信満々に水中に潜っていった彼女だったが5mも泳がずに立ちあがりまた僕のいるところまで水をかき分け歩いてきた。
「ごめん。やっぱちょっと無理だったわ。とにかく!明らかにあれは蝶の動きじゃないよ」
「ていうかそもそもの話してもいい?」
「なに?」
「蝶って水の中入らなくない?」
「確かに。盲点だわ」
「だとしたら...ヒラメとか?あれもひらひらしてるんよ」
「ヒラメはだめだよ。カレイ派に怒られちゃうから」
カレイ派ってなんだと言いそうになったがあの懐かしい『きのこたけのこ』みたいなことだと思い口に出すのはやめた。
「そうか…じゃあそうだな毒持ってるのが激しい部分ってことでエ」
「ちょっとまってやっぱりバタフライでいいかもしれない」
彼女は僕がエイの2文字を言い切る前に割り込んできた。
「なんでなんよ?」
「ペンギンってさ、水中を飛ぶように泳ぐって言わない?だとしたらさ」
「蝶が水中にいても不思議じゃないんよ!」
彼女は自分が持ってきた話題にだけは頭が切れる。普段からこうであってほしいと思った。
「しかも激しさ部分が毒だっていうんだったら蝶って毒持ってたよね!」
「もってるやついるんよ!」
そしてちゃんと割り込んだ会話の内容も頭に入っていた。本当に普段からこうであってほしいと思った。
「ここまで考えたうえでのバタフライだったんだね!」
「いやそれは考えすぎだと思うんよ」
「…蝶だけに?」
「長考?」
「長考の兆候」
しょうもなと思ったが予想のさらに上をいかれた。そしてギャグ以上なぞかけ未満のなにかを放った彼女はまた泳ぎ始めた。
僕にはそれが『バタフライ』ではなく『ビーナス』のように見えた。