EP4-2(はーあ。)
黙々と東館へと向かう早瀬に、俺はただ一定の距離をあけて着いて行くことしかできなかった。
2人きりになってから事務的な会話以外言葉を交わすことはしていない。というか彼女がそれをさせなかった。正確には「話しかけないで!!」という無言のオーラを背後に放つ彼女に話しかける勇気がおれにはなかったのだった。
(このままじゃまずいよな、さすがに。せっかくあいつらがくれたチャンスを無駄にするのもあれだしダメ元で…)
「えっと、あのさ早瀬…」
「よぉ、もしかして早瀬か?」
俺の声に被さってもう一つ彼女を呼び止める声。これまでペースを崩さずに歩いていた彼女が慌てた様子でこちらを振り返る。明らかに反応したのは俺ではないもう一人の声だった。
「やっぱりそうかよ。お前こんなとこで何してんの?」
「石川君…。別に関係ないでしょ!?じゃあね。」
「久しぶりに会ったのに冷てぇな、おい。ちょっと向こうで話しでもしてこうぜ。」
「話すことなんてないから。私急いでるの。」
「嘘つくなよ。いいから来いって。」
彼女の肩に伸びた男の右手がそこに触れる前に、俺が男の右手をつかんでいた。バスケ部で鍛えた瞬発力がたまには役に立つもんだ。
「なんだよ、お前。早瀬の男か?」
「そうだけど。」
「ちょっと、何勝手に…」
早瀬が俺との関係を否定する間も与えず、男はおれの手を振り払って続けた。
「なんだ男いんのかよ。この彼氏さんはお前のこと全部知ってて付き合ってんのか?どうせ秘密にしてんだろ?」
「だから、彼氏とかじゃなくて…」
「まぁ、どっちでもいいけど。そこのあんた、この女とあんま関わんない方がいいぜ。だってこいつ、犯罪者の娘だからさ。」
「…」
早瀬は何も言わずに必死で何かをこらえているように男の方を見つめていた。男は続ける。
「こいつの親父が中学ん時警察に捕まったんだよ。新聞にも載るようなでかい事件だったからあんたも知ってるかもな。そうだよな、早瀬?」
「…」
「無視してんじゃねえよ。まぁ、マジな話だから反論できねぇだけか。そういう事だからこいつと関わるとあんたも変な事件に巻き込まれるぜ。」
「話はそれだけ?はーあ。せっかくのデートなんだから邪魔すんなよ。行こうぜ結羽。」
B級映画の台詞にも採用されないような捨て台詞を吐いた俺は、早瀬の手を引いて目的の東館の方へ進んだ。男は追ってくることもなく俺たちの後姿をにやにやとした目つきで見送っていた。