四大天ウリエル
「という訳で、明日の日曜日に僕はさおりちゃんの家に行きます」
〈おお―――〉という家族の拍手喝采を浴びる僕
さおりちゃんの家に行く事を家族の前で報告したのだが
案の定というか何も考えず呑気に拍手する家族の姿に軽く苛立ちを覚えるがもう今更である。
「いよいよだな慎吾。だがウチじゃないのだからくれぐれもスケベ心とか起こすなよ」
「いい慎吾ちゃん、女の子は繊細なのだから劣情の波に押し流されてはダメよ」
「お兄、忠告しておくけれど、さおりちゃんの家で〈今度こそキスしよう〉とか考えてはダメだよ
お兄はヘタレの癖にがっつくところがあるから。
1987年に発表されたハーバード大学のランドル教授の論文によれば
がっつく男は相手のご両親から……」
黙って聞いていれば言いたい放題言いやがって……
アンタらは一体僕を何だと思っているのだ‼︎
いかん、だんだん腹が立ってきた。ここはガツンと言ってやらないと。
「あのねえ、一体誰のせいでこんな事になっているのと思っているのだよ‼」
僕は思わず声を荒げて訴える、我慢の限界だったからだ
忍耐強く温厚な僕でも遂に〈堪忍袋の緒が切れた〉という訳である
どうだ?少しは反省を……
だが家族の反応は僕の思惑とはかけ離れたモノであった
キョトンとした顔で僕を見つめると無感情のまま実にあっさりと答えたのである。
「誰って、慎吾のせいだろ?」
「慎吾ちゃん、〈人のせいにしてはいけません〉とママいつも言っているでしょ」
「自業自得、というか因果応報というか身から出た錆というかツケが回って来たというか
要するにブーメラン現象というヤツでしょう?お兄、何でもかんでも人のせいにしては成長しないよ
アメリカの精神学者スティーヴ・ミラーの学説によれば……」
ダメだ、この人達には言葉が通じない。もういい
そもそもさおりちゃんとの事をこの連中に話した事が間違いだったのだ
これからは僕一人でさおりちゃんを幸せに……
その時である。
〈チンチロチンチンリロリロ~♫〉
ほのぼのとした日常に終わりを告げる聞き覚えのある音楽
父さんのスマホから流れて来る金属的な着信音で家族の空気が一気に重くなる。
「もしもし、ああ、わかった、場所は?うん、わかった、すぐに行かせる……」
例によって例の電話である。
「おじさんだよね?」
「ああ」
「それにしても最近多くない?今年に入って四度目、今月だけでも二度目だよ⁉」
「すまない、慎吾……」
僕はヤレヤレとばかりに大きくため息をついたが、結局引き受けるしか選択肢はない
例の黒装束に身を包み、量販店で買ったちゃちな銀仮面を被って
【シルバーデビル】へと変身した僕は、教えてもらった場所へと急いだ
「全く、いい加減にして欲しいよ、おじさんはどういうつもりで……」
ブツブツと文句を言いながら現地へと到着すると
例によって同胞のヴァンパイア達がハンター共に囲まれて絶体絶命のピンチを迎えていた
だが先日までと違うのはハンター達の数である
ざっと見ただけでも前回の倍近くいる様だ、少し面倒臭いな……
「もう観念しろ、吸血鬼ども。我等の正義の前に灰となるがよい‼」
同胞たちを囲んでいたハンターの一人が例によって例の如くテンプレのセリフを口にしている。
あなた方はNPCですか?と聞きたくなるほど、同じセリフを吐いているハンター達
僕はその前に再びそこに降り立つ。
「で、出たな【シルバーデビル】‼」
はいはい、その呼び名もう驚きませんよ
明日彼女の家に訪問する事で頭が一杯の高校生、そう私が【シルバーデビル】です。
「おお、我らが救世主【シルバーデビル】様‼」
おや?同胞のヴァンパイア達にまで浸透しているのですか、その異名?
数こそ多いがいつもの様にすぐには仕掛けてこないハンター達
今まで僕に散々やられてきたからだろう、本当は戦わずにこのまま逃がしてくれると嬉しいのだけれど……
そんな考えが通用するほど現実は甘くなかった。
一定の距離を開け取り囲む様に包囲しているハンター達の群れからかき分ける様に前に出て来た人物がいた。
「ほう、お前が噂の【シルバーデビル】か」
その男は他のハンター達とは明らかに雰囲気が違っていた。
通常ハンター達は白い修道服で統一されているのに対し
一人だけ漆黒の衣装を身に纏っている謎の男。
右手には細長い剣を持ち、瞬きもせずにジッとこちらを見つめながらゆっくりと近付いて来た。
「初めまして、そしてさようならだ【シルバーデビル】」
自信満々の余裕の態度、〈コイツはただ者ではない〉と一目でわかる独特のオーラを纏っていた
黒い長髪に切れ長の目、ハンターにしては珍しい東洋人
しかしその目の奥からは冷徹で残忍さがにじみ出ていた。
「お気を付けください【ウリエル】様、コイツはただ者ではありません‼」
その男に向かってハンター達が声を掛けるが、その名前を聞いて同胞たちの間で戦慄が走った。
「【ウリエル】だと⁉こんな極東の島国に【四大天】が……」
僕も聞いたことがある。ヴァンパイアハンターはロマネ法王庁直轄の戦闘部隊である
その中でも特に優れた腕の持ち主、凄腕のハンターが四人いると……
その連中は【四大天】と呼ばれ、かの四大天使の称号を与えられていると聞く。
ならばコイツが【四大天】の一人【ウリエル】か、厄介だな……
「お気を付けください【ウリエル】様、この【シルバーデビル】には
なぜか我々の攻撃が効かないのです、理由は全くわかりませんが……」
すると【ウリエル】はフッと笑い、静かに口を開いた。
「我等の攻撃が効かないというのなら答えは簡単だ
この【シルバーデビル】はまだ覚醒前だという事だろう
ヴァンパイアになりきっていない未成熟の体だという事だ」
うわ~い、簡単に言い当てられてしまいました、さすが【四大天】
ついでに言えば僕は未成熟の上に未成年なのでこのまま見逃してくれないでしょうか?
だが、【ウリエル】の言葉を聞いたハンター共は信じられないといった表情を浮かべる。
「馬鹿な、あれ程の身体能力を持つ【シルバーデビル】が覚醒前の未成熟体ですと⁉
有り得ない……いえ、そんな事が有り得るのですか⁉」
「わかっていないな、君達は。ヴァンパイアの力というのは〈血の力〉だ
王家の血を引いているのであればそれ相応の能力があるのは当然だろう
しかし、〈王家の末裔がこの日本にいる〉という情報を聞いた時は半信半疑であったが
どうやら本当の事だったようだな……」
そう言った後、ギロリと鋭い視線を僕に向ける【ウリエル】さん
その瞳からは強い決意のようなモノが伝わってきて一切の慈悲を感じさせない。
う~ん、これは良くない流れだ。もうこの人、僕を殺す気満々ですよ
謝ったぐらいでは許してくれそうもないな、どうしよう……
「では、この者がもし覚醒したら……」
「ああ、とんでもないヴァンパイアになるだろう
我ら人間にとって脅威以外の何者でも無い、間違いなく歴史に残る吸血鬼王となるだろうな……」
その言葉に驚愕の表情を浮かべ息を飲むハンター達
逆にヴァンパイアの同胞達は希望に満ちた顔を浮かべ、僕に羨望の眼差しを向けてきたのだ。
いや、勘弁してください。僕の将来設計に〈ヴァンパイア王〉という選択肢はありません
僕の将来の夢は安定した公務員なのです。
さおりちゃんと共にささやかな家庭を築くことが唯一無二の目標なのですから
今更そんな夢も希望もない未来図を勝手に描かれても迷惑なだけです。
「だが、そんなことにはさせない、なぜなら私がここでコイツを倒すからな」
冷徹な目で僕を見つめ、凄まじい殺気を放つヴァンパイアハンター【ウリエル】
この人完全に一人で盛り上がってしまっているな、どうしよう?
僕の考えがまとまらない内に【ウリエル】の放った剣戟が僕の顔をかすめる
空気を切り裂く一撃は真っ直ぐに急所を狙ってきていた
僕はそれを紙一重でかわすが剣先が後ろ髪に触れたのか
数本の髪の毛が宙に舞う
流石に速い、そして鋭い、やはり他のハンター達とは桁が違う‼︎
しかしこれだけで攻撃が終わるはずもなく、容赦ない連続攻撃が次々と僕を襲った
ちょっと待ってよ。コッチは丸腰で戦う意思もない
明日のさおりちゃんの家に訪問することで頭がいっぱいの高校生にあまりの仕打ちだろ⁉︎
そんな僕の意思が通じるわけもなくドンドンと鋭さを増していく【ウリエル】の攻撃
それを何とか避ける僕。他のハンター達やヴァンパイアの同胞達も固唾を飲んで見守っている
常人には目で追う事も困難な攻防が続く中で色々な情報を頭の中で整理していた。
このヴァンパイアハンター【ウリエル】は同胞達に対して、苛烈な弾圧をしてきた事は噂で聞いていた
ヴァンパイアと見れば例えそれが女子供であっても皆殺し
コイツにかかって殺された同胞は三桁をゆうに越えているらしい
その姿は差し詰め【破壊の天使】と呼ばれる〈大天使ウリエル〉の姿に酷似しているとも言えよう。
「どうした【シルバーデビル】反撃してみろ‼︎」
怒りと憎悪に満ちた言葉と視線を容赦なく僕に向けてくるウリエル
好き勝手なことをおっしゃるお方だ、とりあえずその敵意と殺意に満ちた目はどうにかなりませんか?
【新約聖書】によれば〈大天使ウリエル〉は神を冒涜する者を永久の業火で焼き
不敬者を舌で吊り上げて火で炙り、地獄の罪人達を散々苦しめるという
僕そこまでされるほど悪いことをした覚えはないですよ、ましてや神を冒涜とか……
まあ、母の実家がお寺なのでウチは仏教徒ではありますが。
まるでマシンガンのような連続攻撃を繰り出す【ウリエル】だったが
こちらに反撃の隙を一切与えてはくれない。
〈反撃してみろ‼︎〉と言った割にはサービス提供が不十分だと思うが
その辺をもう少しご考慮くださると……
そんなことを考えながら何とか【ウリエル】の攻撃を凌ぐがこちらは防戦一方である。
人類の平和の為に己の信念で戦うヴァンパイアハンターと
単に父さんに頼まれて仕方がなく時給1200円で戦う僕では
そもそものモチベーションが違うのだ。
一方的に攻め続ける【ウリエル】の姿に他のハンター達は異様に盛り上がり
ヴァンパイアの同胞達は不安げな目でこちらを見つめている
う〜ん、これは完全アウェイの雰囲気だな、どうしたものか……
その時、あることを思い出した。そういえば妹の美香から
〈いざとなったらコレを使って〉と手渡されていた物があったのだ、よしここで使うか‼︎
僕はすかさずポケットからテニスボール程の球体を取り出す。
「何をする気だ⁉︎」
【ウリエル】が問いかけてきたが、それに答えたら意味がないでしょう?
僕は無言のまま思い切りその球体を地面に叩きつけた。
〈パン‼〉という破裂音とともに球体の中から白い煙が出てきて辺り一面を真っ白な世界へと変えていく。
「何だ、これは⁉︎」
「見えない、前が見えないぞ‼︎」
状況を把握できずにパニックを起こすハンター達。
「慌てるな、単なる目くらましだ、慌てず行動しろ‼︎」
さすが【ウリエル】、冷静に状況分析しているな、【四大天】の称号は伊達ではないということか?
よし、これで何とか逃げ切れそうだ……少し安堵したその瞬間である
目の前の煙から剣先が飛び出してきて僕の顔面をかすめたのである
何とか紙一重でかわせたものの間一髪のところであった。
あぶね〜この視界の効かない中で、よくもまあこれ程の正確な攻撃ができるものだ。
気配だけを頼りに攻撃を仕掛けてきたのか?とんでもない手練だな
でも感心ばかりしていられない、ここは気配を消して煙に紛れるとするか
元々僕には殺気もなければ闘志もないし、気配を消すのはヴァンパイアの得意芸である
それならばどうやっても僕を見つけられまい、こう見えても僕は忙しいのだ、アンタと遊んでいる暇は……
だが次の瞬間、再び僕の目の前に剣先がかすめた
何だ、こりゃあ⁉︎どうやって僕の正確な位置を……もしかして勘ですか?
そんな、漫画の主人公じゃあるまいし勘だけでこれほど正確な攻撃ってありえないでしょ⁉︎
こうなったら仕方がない、この煙に乗じてハンター共の群れに紛れよう
それならば同士討ちを恐れて迂闊に攻撃できないだろう、悪く思わないでくださいよ。
僕はそそくさと混乱しているハンターたちの群れに紛れ込む
そのことに気づいた【ウリエル】は歯軋りしながら叫んだ。
「おのれ、卑怯なり【シルバーデビル】、正々堂々と勝負しろ‼︎」
白い煙の向こうから苛立ち交じりの怒号が聞こえたが、もちろんそんなのはガン無視である
しかしヴァンパイアの弱点を徹底的に突き、大人数をもって吸血鬼退治を生業とするヴァンパイアハンターが
どの口で卑怯とか正々堂々とか言うのでしょうか?
まあ、彼らには彼らの言い分があるのでしょうが、それは永遠に理解できないだろうな……
色々ありながらもウリエルの攻撃を凌いだ僕は何とか同胞達を逃がすことに成功し
無事に家に着くことができた。こうしてこの嵐のような一夜は過ぎ去った。
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