お部屋にご招待
「ウチの階段、少し急だから気をつけて」
「階段ぐらい普通に上がれるよ、慎吾くんは私をどれだけ運動音痴だと思っているの?」
気を遣ったつもりだったが、逆に機嫌を損ねることになってしまったようだ
「いや、そんなつもりはないのだけれど」
「私、こう見えても体育の成績はずっと5なのよ」
「そうなの⁉︎そんなふうには全然見えなかった
てっきり運動音痴かと……あっ、違う、その、何というか……」
「やっぱり、そう思っていたじゃない」
「いやその……ごめん、思っていました」
「いいよ、〈沙織はドン臭そう〉ってよく言われるし
多分足なら慎吾くんと同じくらいで走れると思うわ、今度競走してみようか?」
そう言いながら悪戯っぽく笑うしおりちゃんはとにかく可愛い
さおりちゃんと徒競走か……考えただけでも顔がニヤける
だが勝負となったら話は別だ、もうすでに僕は負ける気満々である
さおりちゃんは自信満々で〈同じくらいで走れるわ〉と言っているが
僕が小学五年生の頃に父さんに測ってもらった100m走のタイムは2秒56である
今ならおそらく2秒を切れるだろう。
「どうぞ、入って、特に何もないけれど」
「お邪魔します」
僕の部屋をマジマジと見つめながら入って来るさおりちゃん
いつも見慣れた僕の部屋に彼女がいるという現象がとても不思議な感じである。
「意外と整頓されているのね、男の子の部屋ってもっと乱雑なモノかと思っていた」
「特に面白味もない部屋でしょ?」
さりげなくそう言った僕だったが今日の日の為に
年末の大掃除を越える室内清掃をおこなったことは言うまでもない
スケベな本も絶対にバレない所に隠したし、さおりちゃんとの写真も一応しまっておいた
許可なくそんなモノを飾っていると嫌な気にさせるかも?という
僕の心遣い(嫌われ防止策)である
そんな時さおりちゃんは僕の部屋にあるミニコンポに興味を盛った様だ。
「何か高そうなコンポ、音楽好きなの?」
「そうでもないけれど、バイトのお金で買ったのだよ
結構ネットとかで調べてスピーカーにこだわったりしてさ
音楽を高音質の大音量で聞きたくて、だから奮発しました」
僕はさおりちゃんの真似をして【頑張るポーズ】を取ってみた
どう、このワードセンスと対応力は……
アレ?何か目を細めて無表情で僕を見つめる彼女
いわゆる〈ジト目〉というやつだ、やばい、スベった?
「ねえ、今のもしかして私の真似?」
「いやその……うん、そうだけれど、怒った?」
「別に怒ってはいないけれど……こうして客観的に見せられると
何か〈あざといな〉って……そんなつもりは無かったのだけれど」
「いや、全然あざとくなんかなかったよ。めちゃくちゃ可愛かったし」
「本当?」
「本当だよ、そんなの思った事も無かったし」
「そう、良かった」
安堵の表情で微笑むさおりちゃん、可愛い‼あざといとかワザとらしいとか、そんな事どうでもいい
全てが吹き飛ぶくらいに可愛いのだ、今すぐさおりちゃんの魅力を動画で撮影してヨーチューブにアップしたいぐらいである
もちろんそんな事はしない、何せ僕は常識人だからだ。
ここは話題を戻して重くなった空気を払拭する事にした。
「でも、せっかくいいスピーカーを買っても、大音量で聞くと家族から〈うるさい‼〉と言われちゃってさ
結局小さな音で聴くかイヤホンで聴くかの二択なのだよ
それだとスピーカーの意味全然無いし、なんだかなって感じだよ……」
僕は大袈裟にため息をついた。
「慎吾君はどんな音楽を聴くの?」
「特に好きなジャンルとかは無いよ、J ―POPも洋楽もアイドルも聴くし……」
するとさおりちゃんは天井に貼ってあるアイドルのポスターに視線を移した
それは国民的アイドルと言われている【お台場坂49】のエース、月島美月のモノであった。
「慎吾君はああいう人が好みなの?」
天井に貼ってあるポスターだったので、はがす事を面倒くさいと思い、放置しておいたのだが……
マズいぞ、ここで対応を間違えると大変な事になる。
僕のヴァンパイアとしての勘がそう告げているのだ。
「そんな事ないよ、あのポスターはCD買った時の特典でついて来ただけで特に好みとかでは……」
「でも私、あんなにスタイル良くないし、胸だって……」
「さおりちゃんは可愛いよ、胸の大きさとか関係ないよ
おっぱいは小さい方が好きっていう男だって結構いるし
僕もあまり大き過ぎるのは好みではないというか……あっ⁉」
さおりちゃんは耳まで真っ赤にして恥ずかしそうにうつむいていた
やってしまった、マズいぞ、早くフォローを‼
「違うのだよ、さおりちゃんはそのままがいいっていうか
例え74cmのAAカップでも僕にとっては……あっ⁉」
一体何を言っているのだ、僕は、フォローのつもりがドンドン深みにはまっていくぞ⁉
取り返しのつかない沼にはまり込んでしまった様だ、どうすれば……
そんな時、さおりちゃんは小さく呟くような声で言葉を発した。
「もう少しあるもん……」
えっ、今何て?もう少しあるって……それってサイズの事?
それともカップ?そこのところもう少し詳しく‼……じゃなくて。
「ごめん、何かテンパってしまって、でもさおりちゃんが一番と思っている事に嘘は無いよ
僕はさおりちゃんが、さおりちゃんが……」
くそっ、上手く言葉が出てこない。
伝えたい思いと伝えるべき手段にこれほどの開きが出来てしまっている事に苛立ちすら覚える
もどかしい、歯がゆい、どうした僕の口と頭、もっと頑張れよ
そんな自分に腹を立てていると、さおりちゃんがフッと笑った。
「そんな顔しないで、もうわかったから……」
その後、信じられない展開が訪れた。
僕に微笑みかけた直後、何とさおりちゃんがゆっくり目を閉じたのである。
こ、これは⁉突然発生した一大イベントに戸惑う僕
パニックになってしまったといってもいい
さおりちゃんが、あのさおりちゃんが僕の目の前で目を閉じているのである
これはどう考えてもキスですよね?やってもいいのですよね?
僕たちはまだキスもしていない健全な関係であった
もちろん僕にとってもこれがファーストキスである。
あのおしとやかなさおりちゃんの方からのお誘い、心臓はバクバクと高鳴りやたら喉が渇く
【据え膳食わぬは男の恥】という言葉を残したのはソクラテスだったか?
いや今そんな事どうでもいいだろ⁉あまりの事に頭の思考が追い付かない
しかしここは行くしかない、もちろん僕だってこの日を待ちわびていたのだから……
僕はさおりちゃんの細い両肩に手を乗せグッと顔を近づける
一瞬さおりちゃんの体が強張ったのがわかったが
もう後戻りなどできない、できるはずがない、もうさおりちゃんを気遣う余裕すらないのだ
二人の唇が近づき運命の時が訪れようとしていた……
その瞬間、僕は何か嫌な気配を感じ取った。
背中に感じるおぞましい気配、そうだ間違いない。
父さんと母さんが下の階で聞き耳を立てているのだ
普通の人間には二階にいる僕たちの事を一階で聞くなどという事は不可能だが
何度でも言おう、僕の一家はヴァンパイアであり強大な力を持つ王家の血筋を引いている一族である。
聴力を強化すれば二階にいる僕たちの心臓の音を聞き分ける事もできるし
そこでどのような事がおこなわれているかを知ることなど造作もない
そして重ねていうが僕の両親は普通ではないのだ。
僕の心に沸々と怒りが込み上げて来てさおりちゃんの両肩に乗せた手が怒りにより小刻みに震え始めた
それに気づいたさおりちゃんがそっと薄目を開ける
僕はさおりちゃんに向かって右手の人差し指を口に当て〈静かに〉というゼスチャーで伝える
何が起こったのかわからないさおりちゃんはキョトンとした表情を浮かべていたが
僕はかまわず静かにミニコンポの方へと移動した
僕の行動を不思議そうに見つめているさおりちゃんを尻目に
僕はコンポの音量ボリュームを最大まで上げ音楽の再生ボタンを押した。
「食らえ‼」
もの凄い大音量の音楽が僕の部屋に響き渡る
それと同時に下の階で〈ぎゃああああ〉という両親の叫び声が聞こえた
聴力を強化していたところにこの大音量を浴びせればひとたまりもあるまい
しばらくは耳が馬鹿になってしまうはずだ。
もちろん僕に罪悪感など微塵もない
これ以上に【自業自得】という言葉が当てはまる事も無いだろうからだ。
「何、今の……何か下の階で叫び声が聞こえたけれど……」
「さあ?ネズミでも出たのじゃないかな?」
僕はあっけらかんと答えた。せっかく盛り上がっていた気分が両親のせいで台無しである
完全に白けてしまった僕は軽くため息をつき、さおりちゃんに話しかけた。
「もう遅くなってきたし、駅まで送るよ」
僕とさおりちゃんは部屋を出て階段を下り玄関で靴を履いていると
奥の居間から両親がいそいそと出て来た。
「おや、もうお帰りかい?」
「何のお構いもできなくて、またきて頂戴ね」
何をいけしゃあしゃあと、この出歯亀夫婦が⁉アンタらのせいで僕の大事な……
まあいい。その事はさおりちゃんを駅まで送った後にじっくりと説教してやるからな
長い話になるだろうから覚悟しておいてよ、父さん母さん‼
「は、はあ……」
父さんと母さんの見送りに対してさおりちゃんが不思議そうな顔で返事をする
それもそのはずで玄関までさおりちゃんを見送りに来た僕の両親は
何故か完全に真横を向いてしまっているのである
もちろん僕にはその理由はわかっていた。
父さんと母さんは右耳の聴力を上げて聞き耳を立てていたせいで
今は右耳が馬鹿になっていて聞こえないのだろう
だから左の耳を僕たちの方へ向け真横を向くような形で挨拶をしているのである
いやそうだとしてもおかしいだろ、その体勢は?
「え~、もう帰っちゃうの、さおりちゃん⁉」
さおりちゃんが帰る事に気が付いた美香は、二階の自分の部屋から慌てて駆け降りて来たのだ
こんな非常識な家族の中でコイツだけが唯一マトモで……えっ?
「また、来てね、さおりちゃん、待っているから‼」
「え、ええ……」
何と妹までも真横を向いてさおりちゃんに挨拶をしているのだ、美香、お前もかよ……
家族三人が真横を向いて見送るというシュールなコントの様なシュチュエーションを経て駅へと向かう僕たち
どうやら困惑気味のさおりちゃん、当然といえば当然であるが。
「あの、慎吾君、さっきの……」
ほら来た、さて、どう誤魔化すか。
「ああ、さっきの挨拶だよね?実は僕の一家に先祖代々伝わる習慣でね
〈客人を見送る時は東の方角を向いて送り出せ〉というモノがあって……
ほら、太陽って東から昇るじゃないか
だから〈再び客人が来てくれますように〉という願いが込められているらしい
ちょっと変わった風習だけれど気にしないでよ」
う~ん、ちょっと苦しいか?でも即興としてはマズマズのいい訳だとは思うが……
「そうなの?じゃあまた来てもいいって事なのだね、嬉しいな」
よし、通った‼何とか切りぬけたぞ。
「父さんも母さんもさおりちゃんの事を気に入ったみたいだし
美香なんかもうさおりちゃん大好きモード全開だったよね
やっぱり僕の言った通りだったでしょう?さおりちゃんなら大丈夫だって」
「うん、嬉しい。それに素敵なご家族ね」
「素敵は言い過ぎだと思うけどなあ、かなり特殊な家族だと思うし」
「ううん、そんな事ないよ、でもご家族を見たら何か納得した
〈ああ、慎吾君はこんな素敵な家族環境で育ったからこんな性格になったのだなあ……〉って」
「そう?何か恥ずかしいな」
それから僕たちはそんな話をしながら駅への道のりを歩いた。
「じゃあさおりちゃん、また明日学校で
ウチの家族もまた来て欲しいって言っているし、是非もう一度来てよ」
「ありがとう慎吾君、またお邪魔させてもらうわ、本当にご家族は素敵だったわ」
ん?ご家族〈は〉?何だろう、その引っ掛かる言い方は?
「ねえさおりちゃん、ご家族〈は〉って、何か気になる事でもあったの?」
するとさおりちゃんはうつむいて小さく頷いた。
「何?何が気になったの、それとも気に入らない事でもあった?」
僕が質問するとさおりちゃんは少し顔を上げ上目遣いでジッと僕を見た
何だ、もしかして原因は僕か⁉一体僕が何を……するとさおりちゃんは僕の顔を見て静かに言い放つ。
「意気地なし……」
僕の脳天に稲妻が落ちた。あまりの衝撃で言葉も出ない
しかしさおりちゃんはそんな僕を気遣う事も無くクルリと背を向け駅の方へと歩いて行った
人々の雑踏に消えていく愛しの彼女。僕はそれを呆然と見送る事しかできなかった。
間違いない、さおりちゃんが言った〈意気地なし〉という言葉の意味
彼女は勇気を振り縛ってキスをしようと目を閉じたにもかかわらず僕は何もできなかったのだ……
彼女にしてみれば〈このヘタレ野郎‼〉と言いたかったに違いない
でも違うのだよ、聞いて欲しい、さおりちゃん‼僕の話を……
でも言えるはずもない
〈家族がヴァンパイアの能力を使って聞き耳を立てていたから〉って説明を誰が信じる?
頭がおかしくなったと思われるのがオチである……もう許さない
こうなったら一晩中でも説教してやるぞ、待っていろよ、父さん、母さん‼
僕は燃え盛る思いを胸に心を鬼にして家路へと向かった。
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