第7話 900年の檻
連日更新7日目。当初の予定通り連日の投稿は今日で一旦終わりますが、今後も散発的に更新致しますので応援の程宜しく御願い致します。
「で、勇者達どうするのよ」
ウィーランドの王都へ向かう列車の中でヴァレリールが菓子を摘みながら聞いてきた。
「そろそろ絞らなきゃな」
勇者達に対する監視の方法は大まかに3つある。
”俺”をもう1人召喚して送り込む方法と、この先ウィーランドで出会う間諜を使う方法、そして俺とギュスタで旅人を装い勇者達に気取られる事無く物理的に監視する方法だ。
「私は付いて行けなくてごめんなさいね」
ヴァレリールはこの世界に鉄道や火器を齎した人物だ、国は余程の事が無い限り手放そうとしないだろう。
「なぁ、勇者だ何だって・・・最近召喚されたっつー黒の1団の事か?」
隣で居眠りをこいていたギュスタが額を掻きながら聞いてきた。
「あぁ」
「黒の1団を監視たぁ、奴らは正義の味方って話だが・・・もしかしてクグツ達は何処かの間諜だったりするのか?」
「違うよ」
そこまで聞くとギュスタは再び瞼を閉じた。
どうやら列車の振動で寝てしまうタイプらしい。
「で、結局どうするつもり?」
「・・・”俺”を送り込むつもりだ」
「そう。2人いる事を気取られないようにね」
「・・・あぁ」
特に伊鈴には気をつけなければ。
この方法を取って失敗するパターンは大体2人いる事を気付かれ、力による精神汚染を受けた伊鈴に”俺”が殺され、その後俺も殺されるのだ。
だが、失敗するリスクに見合う確実性がある。
「ギュスタを連れて行ったら?」
・・・今までに無いパターンだ。
今までは俺のいざと言う時の戦力として”俺”について行かせるという事は無かった。
それから俺はヴァレリールとこれからのスケジュールについて話し合った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ギュスタも連れて行けと提案するとクグツは片眉を上げた。
クグツにとって意外な事だった時の表情だ。
・・・やはり思い出せていない。
召喚した彼を送り込むという方法は今まで1番試してきた方法だが確実に失敗している。
まぁ、今までどうやっても常闇の化身まで辿り着けていないのだから関係無いかもしれないが。
ともかく、勇者達は必ず何処からかクグツが2人いるという情報を仕入れてくる。
なら暴走したイスズを止められるだけの力を付ければ良いのだが、言うは易しだ。
暴走した勇者の実力はギュスタでも勝率が五割を下回る程に強大、しかしいつかは攻略する方法や実力を身につけなければならない。
「・・・はぁ」
憂鬱だ。
2年程のループを475回、詰まる所約950年の結果の見えない試行錯誤。
とうにやる気は消滅したがクグツには諦める事が許されないのだ。
いつか聞いた事がある。勇者達が常闇の化身の討伐という目的から離反した場合は処理する様に神から言われていると。
今まで彼の精神が耐えきれず記憶を抹消したものだと考えていたが、彼が諦めた事でその神とやらに介入され記憶を消されたと考えれば合点がいく。
彼と爛れていたい。
爛れて、腐って、一緒に骨になりたい。
彼とこの900年の檻から解放されたい。
その為には常闇の化身を倒さなければ。
「・・・今度こそ全力よ」
「ん?何?」
「なんでも無いわ」
今回は未来に無い事を沢山しよう。
目の前にいる彼を助ける為に。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「へぇー、貴族家の次男誘拐も、傭兵が事件を解決ねぇ。この世界でもやっぱこういうのあるんだな」
「寧ろこの世界、監視カメラとか無いし多いんじゃない?」
「ははは、確かにな」
隣に座る工藤と美穂が新聞を読んでキャッキャッしている。
羨ましい。
『到着しますはグスト、グストで御座います。お降りのお客様はお忘れ物の無きよう準備をお願い申し上げます』
「次だな。今度はヒグマみたいな魔獣だっけか?」
「えぇ。そうみたいね」
私は改めて依頼書に目を通す。
初めての大型と言える魔獣の討伐、実力を認められているのを感じた。
「今回もパパッと終わらそうぜ」
私達は汽車を降りた。この後起こる大事件も知らずに。
魔獣が出るという森へ入ると何処からか争いの音が聞こえた。
「おらぁっ!」
「ギュスタッ!3秒後左っ!」
「分かってらぁっ!」
見ると、工藤程の背丈の大男が身の丈程の大剣を振り回して私達が相手取る筈だったヒグマみたいな魔獣を立て続けに切り飛ばしているのが分かる。
「後ろで指揮してる人、黒髪なんて珍しいねっ!」
美穂の言葉で気がついた。
私達に似た黒髪で、少し曲がった背中、そして見間違える筈も無い顔。
「久沓っ!」
体が勝手に駆け出す。
途中あのギュスタとやらを背後から狙っていた魔獣を軽く叩き潰してやる。
私と彼の再開を妨げるなんて許されざる罪だ。
返り血を浴びてしまったが関係無い。
「伊鈴?・・・ひょわぁぁぁぁぁっ!」
久沓は腰を抜かしてしまった。
ナンデ?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「どうしたっ!クグツッ!」
心配したギュスタがこちらに寄ってきた。
そりゃビビるだろう。
たとえ索敵魔法で伊鈴が来ると分かっていても、道中魔獣を瞬く間に叩き潰したとしても。
至る所に返り血を浴び、血塗れの女性が現れれば腰を抜かしてしまうのは当然の摂理だ。
何とか立ち上がると血濡れの少女もとい伊鈴が頬を膨らませた。
「・・・もうっ!そんなに驚かなくたって良いじゃないっ!」
「おぉっ!ほんとに久沓じゃんかっ!こんな所で会えるなんてっ!」
「へぇー、キミが久沓君なんだね」
後から工藤と恐く鷺浦さんが姿を現す。
「なんだ?坊主達、クグツの知り合いか?」
「そうですが、あなたは?」
社交性の高い工藤が聞き返した。
「あぁ、俺はクグツの・・・」
「ギュスタさんには色々と助けて貰ったんだよっ!」
ギュスタに話を合わせろと念じる。
護衛なんて言われたら雇うのにかかった金はどうしだのと色々言い訳を考えなければならなくなるのだ。
ギュスタは察してくれたのか咳払いをした。
「そうそう。俺は1人で旅をしていたんだが何分1人じゃ限界を感じてな。1人切れ者の魔法使いが欲しいと思っていたんだが、そこで浮浪者みてぇになってたクグツを見つけてな。魔法が使えるってんで拾った訳よ」
ナイスッ!
・・・浮浪者は流石に酷いとは思うが。
そこで伊鈴が何故か立ち上がった。
「そうですか。久沓がお世話になりました。それではこれで」
そうして俺の手を掴んだまま去ろうとする。
まてまてまてまて。
「ちょっ・・・伊鈴っ!ギュスタには恩があるんだっ!そんな連れ去りみたいな事しなくても・・・」
「そうだぜ、嬢ちゃん。そいつにゃ美味い汁吸わせてもらう予定なんだ。おいそれと渡せねぇよ」
可笑しい、俺の知っている伊鈴はこんな感じでは無い。
脳裏に精神汚染の言葉が浮かぶ。
穏便に済ませねば。
「伊鈴っ!君達見た所伊鈴がアタッカーで鷺浦さんが魔法使い、工藤はその盾役って所だろ?バランスは良いけど些か3人じゃ数が少ないんじゃ無いかな?数は力だ。ギュスタも連れて行ったらどう?」
「・・・戦力は間に合ってる」
「ギュスタは強い。居て損はしないんだし良いじゃないかっ!」
「・・・そこまで言うならテストしよう」
伊鈴は俺を背後に回すとギュスタに向かって鈍鎚を振り抜いた。
「ギュスタだっけ?今から私と戦って一度でも危険を感じさせたら私達についてくるのを許してあげる」
「へっ、大した自信だなっ!その言葉後悔するなよっ!」
そんな2人の対決はお互いの全力の踏み込みによる爆音と共に始まった。