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第4話 呪杖

「・・・テシテシ」


目の前に白目になって気絶しているクグツを突いてみるが、気付く様子も無い。


「・・・今からなら結構時間あるよね」


魔力切れと言うのは体、というか精神に於いて結構な窮地なのだ。


私はそんな状態の彼の顎と後頭部に手を添えて持ち上げてから、自分の腿に乗っけた。


・・・なんて無防備な姿なのだろう。


この青年とは回数にして475回未来へ挑んだ。


そして未だに常闇の化身まで辿り着けないでいる。


だが私にとってそれは差程重要では無い。


彼の頭を撫でる。


今日のやり取りを通して分かったがクグツは457回分しっかり思い出せていない。


何者かによって阻害されているか、彼の脳か魂の限界が近いのだろう。


当然知らない訳だ。私とクグツがどんな関係になっていた未来があったか。


覚えているならば”リール”と呼んでくれる筈。


これから魔力を使える様になって世界の観測が出来るようになれば違うかもしれないが望みは薄いだろう。


「・・・はぁ」


彼にはこの格好よりもあられもない姿を見せていたと言うのに。


想起される457回分の彼の可愛い所、優しい所、そして格好良い所。


彼の白目を向いている瞼をそっと閉じる。


「・・・思い出せるのなら、思い出してよ。クグツ」


腹が立ったので両頬をウリウリしてやった。


上半身を横に傾け荷物から酒を取り出すとコップに注いで一気に呷ってやる。


私は今年で18歳、彼の元いた世界では酒を禁止される立場にある年齢だが少量なら問題なるまい。


酒の冷たさとサリメラの香の香りが逸る気持ちを抑えてくれたが、アルコールが回り、昂って、不思議な気分になった。


彼にそっとキスをする。


・・・これ以上はいけない。


「・・・後、5周だ。後5周するまでにケリを付けよう」



彼と廻るこの旅を。



彼を魔法で持ち上げ彼の部屋まで運ぶ。



胸の高鳴りが止まらないがこれはきっとアルコールの性だ。決してドキドキしている訳じゃない。


彼の服を脱がせベッドに寝かせる。


この世界の男に比べて遥かに細い体、遥かに白い肌。


ドギマギする気持ちを諌め彼の部屋を出た。


・・・せめて彼が思い出すまでは少し冷ためでいよう。


今この気持ちは私だけのものなのだがら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


目を覚ます。


窓から注ぐ陽の光が心地良く目を覚ましてくれた。


身につけた下着から仄かに香るサリメラの香り。


「・・・えっと、昨日は」


・・・ヴァレリールの部屋で魔力を知覚した所までは覚えている。


意識するとこの世界には魔力が満ち満ちている事がよく分かった。


今なら使えるかもしれない。


「・・・あぁっ!天よ水よ土よっ!無貌の精霊達よっ!我こそは観測者なりっ!汝我が目となり耳となり真の実を伝えたもうっ!」


その途端、世界が拡張された。


世界が視える。空から、地面から、何者かの視界から。


範囲は精々半径25メートル程だろうか。まだ限界は感じ無いからより魔力を使えばより広い範囲が視えるだろう。


丁度扉の前にヴァレリールが歩いて来るのが分かった。


俺はテーブルに畳んであったスウェットとフリースを着込み支度を済ませる。


「クグツ。もう行かないと朝食が無くなるわよ」


「今行くよ」


異世界生活2日目が幕を開けた。




朝食はムニエルの様な魚料理とパンだった。


香辛料が足りず物足りない物かと思っていたが、そんな事は無く、普通に美味しかった。


「はぅ・・・今日は装備と身分証こさえるんで合ってるよな?」


「はぁ・・・喋るなら飲み込んでからにしなさいよ」


ヴァレリールは溜息をつくと、呆れながら答えてくれた。


「そうね。正しいわ。けど未来の記憶が見れるんだから確認する必要無くない?」


「一応口から確認しておきたいんだ。言質取るみたいなものだよ」


「・・・ふぅん」


見つめられながらだと食べずらいな。


・・・それにしても彼女も並行存在だそうだが地球では何処に住んでいたんだろう?


案外地球外生命体だったりして。


「そういえばヴァレリールって地球だと何処に住んでいるんだ?」


「唐突ね・・・そんな事聞いて何になるって言うのよ」


「いや、単に気になっただけだけど・・・」


「・・・ドイツよ」


俺は彼女の言葉を聞いて驚いた。


「答えてくれるなんて思わなかった」


「・・・私だって世間話くらい出来るわよ」


態度が軟化してきたと思ったらそっぽを向かれてしまった。


それ以上は会話も無く時間だけが過ぎて行く。


「さ、食べ終わったのなら行くわよ」


俺が食べ終わると彼女は早々に宿から出て行く。


俺もついて行き、外へ出ると、昨日は時間も無く見れなかった広大な街並みが視界いっぱいに広がった。


所謂港町と言った所か。


様々な格好をした人達が行き交い、どこからか香辛料の香りが香ってくる。


「ここコーウェンの港は貿易の中心地だから、王都で買い物するより物が揃うのよ」


そう呟くヴァレリールの後をつける。


本当に様々な人でごった返しているが、ふと動物の耳を生やした人も見かけた。さすが剣と魔法の世界だ。


「そんなにキョロキョロして、はぐれないでよ」


「あぁ、ごめん」


しばらく人混みと一緒に移動するとヴァレリールに手を引かれ大河を脱す。


「・・・助かったよ」


「ったく。人混み位で迷わないでよね。入るわよ」


ヴァレリールが入って行ったのは・・・”カラブ雑貨店”って書いてあるのか?


昨日も思ったが、金勘定だけじゃなく言葉まで分かるなんて、この世界の俺には感謝せねばなるまい。


中に入るといかにも冒険者という風貌の人達で賑わっていた。


「呪杖を選ぶわよ」


ヴァレリールが指差す先には色々な杖が立て掛けてあった。


曰く魔法の効果を増長してくれるらしい。


「ヴァレリールはどんなの使ってるんだ?」


「私は使ってないわよ。こっちの方が得意だしね」


その言葉と共に捲られたコートの中にはベルトにつけられた短剣とリボルバーの様な銃が収まっているのが見えた。


「なるほど」


「見た事あるでしょ?」


彼女の戦いをって事か。


「まぁね。けど、現物は見ておくに限るさ」


「ふぅん・・・まぁ、私はあなたの服を見繕っとくから好きなの選んどいてよ」


彼女は上の階へ上がって行く。


それを見届けると改めて杖達と向き合った。


どうせなら丈夫で長持ちするやつが良い。


・・・かと言って値が張るのは止した方が良いだろう。


条件に合いそうな杖を探すと1本の金属製の杖が目に写った。


金属製だからと言って重い訳では無く、頑丈そうだ。お値段も比較的リーズナブル。


これにしよう。


心做しか手に馴染む様な感覚がある。


未来の俺は木製の杖を使う場合が多かったが、金属製のを使うのも悪く無いかもしれない。


握っていると魔力が高まる感覚がする。


魔力を増長させるというのは本当らしい。


・・・勝手に動き回るのも不都合だろう。


俺が杖の前でかの有名なワンコに勝らぬとも劣る待てを決め込んでからヴァレリールがこちらに来るまでにそこまで時間はかからなかった。


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