領主とご対面
ランさんに案内されてやって来たのは、領主の館です。
陽の樹ではなく、木造の二階建てで、見た目のイメージは時代劇などに出て来る板張り屋根の長屋みたいで、周りの建物から少し浮いています。
「あ、悪いけど、ここで履物を脱いでね」
玄関で靴を脱ぎ、私達は入り口に近い部屋に通されました。
出入り口は襖で仕切られており、部屋の中は畳敷、長方形の座卓には、向かい合せに六つの座布団がセットされています。
そこに皆はあぐらをかき、私は正座をして座ります。
部屋を見回すと、床の間には花が飾ってあり、掛け軸もどきには日本語でそれっぽく【食う寝る遊ぶ】と崩した文字で書いてありますねぇ……。
私がそれをじっと見ていると、お茶を配っていたランさんが、
「それはあの子が考え出した、うちの家訓が書かれているの」
と教えてくださいました。
………食う寝る遊ぶが?
配られた温かい麦茶を飲みながら聴いていますと、
『生きるのに食事は大切だ。
肉ばかり、魚ばかりではなく、野菜も食べないと健康を損ねる。
だからバランスよくしっかり食べること。
睡眠をしっかりとらないと、寿命を縮める事もある。
だからしっかり眠ること。
働いてばかりだと心が疲弊する。
休むときは休んで、気分転換をし、心に余裕を持たせること。
余裕があれば、どんな事態に出くわしてもなんとかなる』
と逢う事を纏めた事が書いてある、と仰るのです。
食う寝る遊ぶが?
「立派な事ですね。
しかし見たことのない文字?模様なのですね」
尋ねたアインへの、ランさんの答えは、
「天のお告げで授かった神界の文字なのよ」
だそうです。
いや、日本語だろう。
突っ込みたい気持ちをグッと抑えてお茶を飲んでいると、コンコンコンと襖がノックされました。
どうやら一見襖ですけど、木にそれっぽく紙を貼っているだけの様ですね。
「失礼します、領主様がお呼びですので、詳しい話のわかる方、お越しいただけますか?」
「それでは私が伺います」
アインが立ち上がろうとすると、ランさんに止められました。
「あー、貴方が一番話し合いなんかは上手そうだけど、悪いけどそっちのあんたが行ってくれるかい。
弟が会いたいのはあんただろうから」
先方は私がご指名ですね。
予想はつきますよ。
きっと弟さんも私と同じ日本から来た方で、周りの人達には秘密にしているのでしょう。
そこに日本食を知る私が来たと、お姉さんから聞いて、まずは二人だけで話を……と言う事でしょう。
心配そうに見る皆に、大丈夫だと頷き、私は農家の息子さんこと、領主様の部屋へ通されました。
部屋の中央の掘り炬燵に座っている金髪に青い瞳の外国人青年……違和感がありますね。
その青年がこちらを見て、日本語で話しかけて来ました。
「お、日本人!
うわー、久々に見ると懐かし〜。
見た目が日本人のままって事は転生じゃなくて転移者?
神様に移動させられたバージョン?
それとも気付いたらこっちに来てたパターン?」
半分程意味がわからずに、答えられずにいると、
「まずはそっちに座りなよ。
久々に日本人見たからテンション上がっちゃったね。
いきなりでごめんね、先ずは自己紹介からだよね。
俺の名前は 佐藤 耕太………」
そこから始まる怒涛の自己紹介。
口を挟む暇もなく、私は黙って聞いていました。
「…………ようこそ、俺の領地、ダイズスキーへ!!
で、君の話を聞かせてくれるかい?」
アイン達にはあまり人に話さない様にと言われていますけど、この場合は、多少言っても大丈夫でしょう。
私は妻に先立たれた事、死後に出会った黒服の二人からいくつか便利なものを頂き、いずれ妻と再会する為に、家族を増やしながら永住できる土地を探している事を話しました。
「うわー、随分年上なんだ……ですね。
絶対年下だと思って『君』とか言っちゃいましたよ」
「気にしなくて結構ですよ。
実際今の体は19歳なので、年下ですから。
言葉遣いも普段通りでどうぞ。
私はこの話し方が一番使い慣れていますから、このままで」
感情が昂りますと、ヤンチャ時代の言葉になってしまいますけど、そこは話す必要もないですよね。
「そう?じゃあ普通で。
勿論改まった話し方もできるよ?
これでも王様にも会った事あるんだからね」
王様ですか。
アインもコニーも王様なのですけど、これも言う必要は無いですよね。
「しかし料理スキルと四属性魔法だけじゃなくて、転送魔法と鑑定と念話とナビゲーションとか、チート過ぎて羨まし過ぎる!」
ポイントの事は言わない方がいいと思い、話していません。
ただこの世界の知識を知る為にティちゃんが…ナビゲーションがある事と、いつ使うか分からない物、鑑定と念話、後は普段頻繁に使っている転送魔法に付いては話しました。
それはほら、取り引きするかもしれないのですからね。
それ以上は今言う必要は無いと思いますからね。
……いえ、決して日本のワカゾーは信用できないとか思っているわけでは無いですよ?
以前新入社員に散々手を焼かされて振り回されて、上司から受けたとばっちりを忘れられない、というわけでは無いですよ?
出会ってすぐ信用するのは無防備過ぎますからね。
チャック達家族は別ですよ?
ほら、アインにも注意されていますしね。
「奥さん蘇えさせるって事は、死者蘇生?それとも召喚?」
ワクワク顔で聞いて来ますけど、これも誤魔化しておいた方がいい案件だと思います。
「詳しいことは時が成ればわかるそうですので、今はなんとも……」
「そっかー、下手な知識は目をつけられてヤバイからね」
何から目をつけられるのかわかりませんが、うんうんと頷き納得してくれます。
どうやら日本の若者の間では、異世界へ行く話は漫画や小説などでよくある事で、その先にどんな出来事があるかも、手を替え品を替え、幾つものパターンが綴られていたそうです。
飯テロとか、内政チート、モフモフとスローライフ、異世界知識で世界を変えるなどなど、色々詳しく話してくれています。
いくつか黒服の方からも伺った言葉ですね。
一生懸命話す彼の話しを私はずっと相槌を打ちながら聞いていました。
この世界に来て良い人とばかり出会っていたジョニーにも、ホルノーンの存在で、今更ですけどどの世界にも悪意はあると、警戒心を思い出したようです。
きっとこれからは初対面の人との会話には。少しばかり注意をすることになります。
………やっとアインのしつ…教えが理解できたとも言う。
それともただ単に、「最近の若者』と言う生き物を、訝しく思う中年のおっさん心理なのかもしれない。




